第16話 勝負の競争
男子校で行われる体育祭ということもあって、例年、家族や親戚以外にも、OBや近隣の住人、ひいては、
「男子校の体育祭」
というものを一目見ようと割と遠くからやってくる物好きの姿も、珍しくはない。
午前の競技は終わった。昼休みを挟んで、一番最初に行われるのが部活動紹介と部活動対抗リレーだ。
部活動対抗リレー。各々のユニフォームや活動着を着て、部活動の紹介のアナウンスがされているのと共に四〇〇メートルトラックをゆっくりと一周する、そのあとに、それぞれ部活動対抗でリレー対決をする、よくあるプログラムだ。
「空手部」と書かれた白いプラカードは飛騨が持つ。
真っ白な道着を着たまま砂ぼこり舞うこの黄色いグラウンドを裸足で行進するのは大変な違和感であると、さっき基山が感想を漏らしていた。
確かにそうだ。俺たちは板の間でしか道着を着ることはないのだから。道着の繊維にミクロの砂ぼこりが付着してしまうのを想像すると、なんだか、嫌な気分。
現空手部部長の飛騨が少し離れた先頭でプラカードを持って行進する。その後ろに引退した三年生四名、二年の俺一人、そして一年生四名が続く。行進は、言うまでもないが、滅茶苦茶綺麗だ。
「一年、大きくなったな」
と先ほど武道場で道着に着替えているときに、元部長である山中さんがそう言った。一年生を山中さんは褒めたのにもかかわらず、尊敬する先輩からそう言われると、それを指導してきた指導員である側も嬉しくなるものだと、そのとき初めて知った。
「お前ら二年は二人だけだからな。ちょっと心配してたんだけど、うまくやってるみたいでよかったよ」
そう言って大きな手のひらをサッと前に差し出されて、山中さんと握手をした。これまで悩んだりしたこととか、不甲斐なかったりしてきたこととかが、幾分か、救われた気持ちになった。いまの一年生が俺たちを慕うのと同じように、俺達も先輩のことを、この上なく慕っているのだ。
「じゃあリレーメンバーは、飛騨、川越、磯貝、俺、でいいな?」
山中さんの話を、新旧部員全員で聞く。懐かしい感覚と共に、二年が二人と三年が二人……と俺は、聞こえてきた名前を頭の中で整理した。三年生は四人しかいないのだからその四人が出場すればいいのに、なんて思っていると、山中さんから、
「まあ、これから部を引っ張っていくお前ら二人を、全校生徒に見せつける良い機会だよ。試合も大会も無いし、俺らがやっているのは本来は部活としてたぶん成り立たないものなんだろうけど、でもちゃんと、日々、凄い活動をしてるってことをさ」
現にお前ら足早いだろ? とニヤリと笑いながら聞かれて、俺と飛騨は、頷くしかなかった。飛騨も俺も、五十メートル五秒台の俊足だ。身体能力は多分、学年の中でも飛び抜けて良い。
想像してみる。
真っ白な道着を着た空手部員が、初っ端からロケットスタートを切る対抗リレー。
大きな袖口から見える、腕と足に溝を掘るまでの鍛われた大きな筋肉が、素足のまま異様なスピードで駆け抜けていく……。
——大会に出られない部活なんて、やってて意味なくね?
なんて分かったような言葉など、金輪際言わせない。俺たちは日々、フラフラになるまで稽古を重ねて、そしてこの身体能力、強靭な肉体を、現に手に入れているのだ。
「目にもの見せてやれ!」
はいっ! と俺たち二人は返事をした。同時に、もうこれで空手部員としての先輩たちとの絡みも最後になるのだなと思うと、名残惜しい気もした。この十人が白い道着姿で集まることは、もうないのだ。
ゆっくりと、綺麗な、行進が終わって、いよいよ対抗リレー。アナウンスが行われている中で、出場選手が移動し始める。
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