第14話 閃光の結論

……別にいいか?


 この瞬間、俺はとても恐ろしいことに気が付いた。ある思考が閃光のように走り出して、それが結論に結び付くまでにはコンマ一秒とかからなかった。本当に、たった一瞬間のことだった。

 それはつまり……

「ま、こんなもんよ」

 凱旋するかのように帰還する飛騨、と助けられた基山。飛騨は適当にドサッとリュックを下ろす。

 何された? 何言われた? ビビった? 

 基山にいろいろと質問をしていく一年生たちを尻目に、先輩二人はゴツンと大きな拳を交わす。

「ナイス。凄いマジで」

 と俺。

「いやいや、どっちが行っても同じだったよ。二人で行けばもっと瞬殺だったんだろうけど。でもこっちも見守ってなくちゃいけないからな。何もなかったか?」

 ああ、と返すと、良かった良かった、と頷く飛騨。代わるよ、と左手をパッと俺のトングを持つ右手の方に差し出すので、俺はそのままトングを渡す。

「基山、早く食べないと冷めちまうぞ」

 カチカチカチカチとトングで音を鳴らしながら飛騨がそう基山に言うと、

「マジすか……」

 と基山は腹をさする。あまり膨れてなどいないが本人的には結構腹いっぱいのところまで来ているのだろう。

「また昨日みたいに倒れるぞ。食え! 強くなりたかったら食え!」

 飛騨が昨日の稽古での出来事をうまく茶化し、一年生が笑う。

 基山は嬉しそうに、

「はい!」

 と言って、ちょっと気合を入れて、紙皿の上に何枚も重ねられている肉をガツガツと口に入れていく。

 もう一度言うぞ。下がれ。死にたいか。

 昨日の飛騨の物凄い剣幕を思い出す。俺以外の人間にとっては、それはただの、飛騨という男がなせる凄まじい迫力に圧倒させられる言葉。でも俺にとっては、それは飛騨という男が隠し持っている本物のナイフの殺意に、圧倒させられる言葉。

 俺以外の人間にとっては、本当は持っているナイフが隠されているから、そのナイフ分の殺気が持ち主の気迫と化して、相手を強く打つ。

 でも俺には、それは、隠されたナイフによるものにしか見えない。飛騨の持っているものではなくて、それらは隠れたナイフが持っているものにしか、もう、見えない。飛騨がナイフを隠し持っているということを知った瞬間に、飛騨が持っていると思われた威厳、迫力、力は、あの大きなナイフに吸収された。そして、なぜだか俺は腑に落ちた。

 ああ、だからこいつは、強いんだと。

 それらは全て、大きな力が宿るナイフのものなのだから。

 そして……。

「食ったら散歩行くか。どっか適当に」

 いきなり泳いだら沈むぞこりゃ、と腹をさする飛騨に、後輩たちは、

「そっすね」

 とさらに笑う。俺は、網の上の肉を割りばしで持ち上げながら、人知れず飛騨のリュックにチラと目をやる。

 飛騨よ。お前がリュックの中に隠しているそのナイフは、いま、俺が握っているのだよ。

 俺がその存在を明かしてしまえば、いまのいま、この瞬間にでも、お前は全てを失うのだよ。

 後輩たちがお前に抱く尊敬も、鍛え上げられたその肉体も、全てはナイフの力なのだよ。そしてたったこの一指しのこの王手だけで、お前は全てを失うのだよ。

 それを言うか、言わないか。お前のナイフを暴露するか、しないか。

 俺はそんな最大の王手を、いまこの手に、握り締めているのだよ。

 心の中でそう言ってみる。がしかし飛騨は何も気づくことなく、ただひたすらこの時間を愉しむように、網の上の肉をトングでジュージューひっくり返している。

 ……。

 俺は、紙皿に広げたタレに付けて、焼けた肉を静かに口へ運ぶ。肉の味というよりは、タレの味の方を強く感じている。

 トングで追加の肉を俺の紙皿に乗せながら、

「塩もイケるぜ」

 と言ってくる飛騨。

 俺は、

「マジ?」

 とニヤつきながら返す。飛騨の皿にある塩に付けて食べてみる。

「イケるな」

 口いっぱいに肉の味を感じながら我に返る。たった数秒前の自分の思考を、俺は振り返る。

 ……。

 やっぱり、変だ。今日の俺は。

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