第13話 野菜の立場
「野菜なんか食うなよお前らー」
逸脱しすぎて逆に論理的なことを言い出す飛騨。
「肉食えって肉! 野菜で筋肉なんてつかねぇぞ」
バーベキューで自ら野菜を食べるのがかえって悪行だとでも言うように主張する飛騨。反論できない後輩たちの体裁を守るために一応、
「いやいや、野菜も大事だろ」
と俺はツッコまざるを得ない。。
「いいんだよ俺らは野菜食っても。でもお前らはダメだ!」
飛騨はトングを一年生に向け、カチカチカチ、と素早く鳴らした。網の上のこの野菜たちにとっても、こう変な形で立場を追われるのはきっと初めてだろう。え、僕たち悪者ですか。
「野菜にタンパク質なんてねえんだぞ」
栄養学なんてよく知らないが、植物性タンパク質がこの世に存在することくらいは俺も知っている。が、とりあえずここは飛騨部長の職権乱用という形で、後輩たちは肉しか食ってはいけないことになった。もちろん、体育会系のそういうノリでもあった。
「食え食えー」
とどんどん焼けた肉を後輩の紙皿に上げて行く飛騨。これまた、危険人物三隈がふざけて馬鹿みたいな量を買ってきた安い肉だが、それが仇となって三隈も含めた後輩たちの腹をどんどん満たしていくようだ。持ってきていたおにぎりはもうなくなって、ただ大量に余った肉を喰らい続けるという食べ放題の終盤戦みたいな状況になっている。
後先考えない馬鹿。でもそれを責めもせずに楽しそうに乗っかる同胞。本当に、可愛い後輩たちだなと思う。
ようやくもうあと一周、コンロの網全面に肉を焼けばとりあえず全ての肉パックが空になるという頃だった。
少々面倒臭いことが起こった。
それに関わったのは、水筒に飲み水を汲みに、水道場へ行っていた基山である。
「あれ、何か基山」
長田が遠くを見ながら、よく分からないことを言い出した。相変わらず、長田は細かいことによく気付く。
飛騨がトングで網に肉を並べ、皆がその間に必死に肉を喰らっているときだった。中々戻らない基山の紙皿には、四センチくらいにうず高く肉が重ねられている。
「どうした長田?」
まず一番最初に口を開いたのは飛騨だ。冷静だが、飛騨のその問いかけは変に緊張感があった。
「あそこ、です。基山が、何か」
長田が文章にならない言葉を口にしながら指さす先にいるのは、基山と、あとは金髪とか茶髪の、いかにも中高で道を踏み外した面倒臭そうなチンピラ三人組である。
「ああ」
飛騨はそう、状況は理解した、という短い一言を言って、
「裕也、こっちは任せた」
飛騨はそう言って俺にトングを渡して、自分のリュックを引っ掴んで、颯爽とそこへ向かって行った。
……。
あまりにも早い飛騨の行動の後ろに残された俺らは、飛騨の筋骨隆々とした背中が向こうに走って行くのを、黙って見守っている。特に後輩四人は、飛騨のその行動にちょっとおかしな気がしただろう。颯爽と走って行ったことについて、ではない。
俺は純粋に、後輩を守る本能にいち早く従った飛騨を感心した。しかし、飛騨が右手に持って上下させているそのリュックをじーっと眺めてもいた。俺は今日、やたら変なことを考えている。余計なことを。無駄な思考を。
よせ。
そう、俺は自制して事を眺めることにする。
飛騨の走って行く先にいる基山は、困ったような、しかしどこか怯えたような表情をしていて、三人組はそこをニヤニヤ突いて逃すまいとしていた。正直言ってあんな見せかけだけの、肋骨の見え透いた色白の連中など、身体の成長が遅れ気味の基山でもその気になれば骨まで砕けるだろう。でも、基山はまだ自分の力に気付けていないし、まだ気づいてしまうべき時ではない。変な段階で己の力に気づいてしまったら、そこから自分でも気づかない間に傲慢になってしまって、成長は止まってしまう。だからいまはまだ、先輩の俺らが守ってやる番だ。
飛騨が基山のところに行きついて何かを話しかけ、色白の連中三人組は少々面食らった。ニヤニヤしていた三つの顔は、飛騨の肉体を見た瞬間に一気に現実味を持って、連中は割とすぐに離れていった。
基山はピンチの際に現れたヒーローでも見るかのような目で飛騨を見ていた。
飛騨は、俺たちにずっと背を向けた状態だった。
「おーさすが飛騨さん。さすがにやり合おうなんて思わないっすよね」
と調子よく中本。あまりにも簡単に終わってしまって、正直なところ、何の緊迫感もなかった。
さすが飛騨。やはりお前は、凄い。尊敬される人間だ。
こっちへ基山とともに戻ってくるヒーローの足取りを見ながら、こっちの場には、ちょっとした沈黙が流れた。
ふすると、飛騨はこっちに向かって勝利の右拳を上げた。こっちは何となくノリで、それに対してパチパチパチ——、と緩い拍手をすてみた。どこか、空気がぎこちなかった。
「にしても、なんでリュック持って行ったんですかね。飛騨さん」
ようやく長田が、他の三人の代わりにそう疑問を言った。気になっていたところだろう。おかしな部分だった。あそこでリュックを持って行く意味が分からなかった。
パチパチ……と拍手が止む。
俺は、
「武器になるって思ったんじゃないか? あれが。とっさだったし」
と言った。
その意味をたぶん知っている俺には、それは自然な行動だった。なぜならあのリュックの中には、たぶんいつも学校指定のカバンに入れてある物が、わざわざ移し入れてあるのだろうから。
「ああ、確かに。そうっすね」
俺の説明を聞いた一年生四人は、普通にそう反応する。リュック自体が武器になるものだ、と思ったのだろう。そう捉えてしまうように意図して言ったつもりだが、真意は違う。
俺は、黙って肉を焼き始めた。トングを操作しながら、考え事をしていた。
説明するか。……まあ、別にいいか。
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