第10話 危険の三隈
まず何よりせねばならんのは火熾しだ。と買い出しチームも全員揃ってから、飛騨は言った。人も疎らな小さいビーチに、大量の荷物がなんとなく宮殿のように積まれている。砂漠の中に建つ宮殿。よく人力で運んできたものだな、と振り返る。
「スピーディな火熾し、火力の維持、それと何より安全確認。アウトドアで一人必要なのが、そういう火の番ができる奴な。はい、やりたい人」
興味津々にまず手を挙げたのは危険人物三隈だった。だろうな、と思って俺は微笑ましい気持ちになる。
「却下」
飛騨が即答すると、後輩たちが笑った。中学一年生の頃、課された夏休みの自由研究に意気揚々と手製ダイナマイトを引っ提げて来て教師から本気で怒られたという三隈のマッド伝説は、同級生の長田曰はく、
「まだ序章なんすよ。これが」
らしい。
知らぬが仏、という諺もある。それ以上を訊くには、もうその「序章」の時点で既に腹いっぱいだった。言い換えれば三隈には遊び心があってそれはそれでいいのだが、目を離した隙にしれっと盛大なことをやらかしてそうで、しかも本人はそれを滅茶苦茶面白がっていそうで、まさか火の番を三隈に任せるなど言語道断。飛騨の即答も必然だった。
「基山だな。これは」
えっ、と基山は実際にそう弱々しく口に出して言った。
「何かこういうこと得意そうだもんな。基山は。教えるからやってみ」
「あ、はいっ」
と驚いたように、でも。純粋に嬉しそうに。そう言う基山。やはり昨日のことをずっと気にしていたのだろう、と俺は思った。当の飛騨にそう声をかけられるというだけで、救われる何かがきっとある。
基山にレクチャーしながらの飛騨の指示で俺らはタープを広げたり、それをペグというもので地面に固定させたりしていく。
「コンロからあんまり近くないほうがいいな、タープは。火の粉飛んでくるぞ」
「固い? 貸してみ。ほら。こういうのって、そういうもんだぜ」
「炎を上げるっていうか、炭を焚いていく感じだ基山。ある程度炭が白くなってきたら砕いて広げるんだ。直火じゃなくても赤外線で肉は焼けるんだぜ」
まともなアドバイスを次々に繰り出す飛騨に、なかなかそれに対する疑問を言えないでいる後輩の心の内を汲んで、
「やけに詳しいな」
とちょっとしたときに俺が訊いてみた。
「ああ」
と言って、飛騨は続ける。
「よく行ってたんだ。キャンプとかバーベキューとかさ。いまは学校で忙しくて行けないけど、小中の頃とかさ、親父がそういうの好きで」
そうだったんすね、と何人かが反応する。
さすが飛騨だな。と俺は思った。飛騨は何でもできる。頼りになる。そういう男。——……。
「よし、あともう少し炭を足せば、放っといても大丈夫だな」
炭に内輪をパタパタとさせている基山。すると呼吸する怪獣のように、白い炭は赤く光る。
もう既に手慣れたようで、やはり基山には、繊細で器用な一面がある。いまはまだ、それに身体と精神の発達がまだ追いつき切れていないだけだ、と俺は思う。伸びるのはまだまだ、これからだ。
ちょうどタープも完成してテーブルも椅子もセットし終わって、あとテントがあればもうこのまま寝泊まりキャンプさえできそうな状態になった。
こうして高校生だけでもうこんなに本格的なことまでできるようになったのかと思うと、いまこの瞬間だけでも大人の階段を上っている気になる。昔はせいぜい、公園の遊具を秘密基地に仕立ててただのごっこ遊びをしていたに過ぎないのに、感慨だ。
「食ってから遊ぶか? それともちょっと腹空かしてから食うか?」
飛騨が言うと後輩たちは「え、どうする」と互いに目を合わせるばかりで、そこからまともな返事が返ってくるようには見えなかった。もう一人の先輩のこの俺に遠慮して、決断を委ねているという節もあるのだろう。
「腹空かすか。先に」
と俺。
早く水着に着替えたいと思っていたところでもあるし、そもそも海を近くにして、泳ぎたいという心はもうずっとそっちに行ってしまっている。
「よし、じゃあ貴重品は、そうだな」
と言って飛騨は、キョロキョロと近くを見回して、やがて俺の持ってきたクーラーボックスに目を止めた。
「裕也のクーラーボックスに隠しておこうか」
飛騨がそう言うと、
はいっ、
と、各々、リュックやポケットの中から財布やスマホなどを取り出して、クーラーボックスの底に入れていく。二年生二人、一年生五人。七つの色んな形の財布に、七つの色んな機種のスマホ。それに、いくつかの腕時計。
総額何十万だ、なんて思っていると、飛騨がその上に、貴重品を入れるために一旦外に出しておいた食材やらドライアイスやらを入れていった。まだ誰も気づいていないが、危険人物三隈がしれっと買っておいたロケット花火もその袋の中のどれかにひっそり入っていて、後で考えてみれば、それはロケット花火という爆発物を貴重品の入った金庫の中に入れるという、矛盾した行為だった。
「よし、まあたまにこっちの様子でも気にかけてれば大丈夫だろう。変な奴が俺らの陣地に侵入してるのを見かけたらまずは速やかに俺か裕也に報告することな。追い払いに行くからよ」
な、と俺に同意を求めてくる飛騨。「おう」と俺は無駄な思考から帰って来て、そう返す。
——貴重品の中に、飛騨のナイフは入っていない。そもそも持ってきているのかどうか。わざわざ学校指定のカバンから移し入れてまで。よく考えればこんな楽しい日に本物のナイフを隠し持って来る必要も無いわけだ。……。
そう、そんなことをいま考える必要も無いわけだ。無駄な思考はよせ、俺。
誰も見ていないことを計らって、水着を履いてきていなかった俺と一年生五人は素早く水着に着替える。ほんの数秒だけだが、全裸になったとき変な感慨があった。「外で全裸になってる俺」みたいな。青春かもしれない。
「よし、行こうか」
飛騨が言った。
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