第7話 休日の予定
割とすぐ一年生五人、全員来て、部室は定員オーバーとなる。弁当の甘酸っぱい匂いと汗臭さが既に立ち籠っている。今日も気温は三十五℃を超えるらしい。
「いいっすね!」
明後日に海でバーベキューをするという話を飛騨がすると、一年生たちはそういう反応を見せた。揃いも揃って、可愛い後輩たちだと思う。
「じゃあコンロとタープは俺が持ってくるから、椅子とか机とか簡単なやつ、家にあったら分担して持ってこい。炭、食料とかは当日に調達だな。また明日練習後、連絡するわ」
よっしゃー、と床で弁当を食べながら静かな歓喜を上げる一年生。俺はボロボロの椅子に座って、黙ってそれを見ている。飛騨が弁当を食べ終わって容器を布にくるんで、カバンの中にそれを直す。いまもそのカバンの中に本物のナイフが入っている、なんて思うと、俺は、
——やっぱりあれは幻だったのではないか。
そう思えてくる。
いや、あれが現実だったとしても、今日はさすがに入っていないのではないか。後輩を連れて海へ遊びに行こうと提案した、今日の飛騨誠司は。いまのいま、そのカバンの中に本物のナイフを潜ませているはずがないだろう。
「よし、ちょっと散歩行ってくるわ」
飛騨は部室を出て、そのままスリッパを履いてどこかへ歩いて行く。一年生の弁当を食べるスピードが、心なしか、速まる。飛騨が同じ空間に居ると、一年生としてはやはりちょっとした緊張感があるのだろうか。それは決して、飛騨に対する嫌味ではない。嫌味ではないのだが。
俺は、あの大きなナイフを想像してしまう。
あの本物の大きなナイフの殺気が飛騨に乗り移って、それが知らず知らずのうちに、後輩たちに緊張感を与える結果となっているのだろうか。
無自覚の殺気が後輩たちを威圧しているのだろうか。
「お前らも食ったら散歩行けよ。稽古、吐くぞ」
俺がそう言うと、はいっ、と咀嚼している口の隙間から返事が返ってくる。実際にこの前の稽古中に吐いた中本を皆が見て、「なんだよ」と中本は調子よく切り返す。後輩たちの間で、笑いが起こる。
笑い声がしている中で俺は、弁当をカバンの中に直す。そのとき、隣のボロボロの椅子の下に置いてある飛騨のカバンを、チラリと見てみた。毎度のことながら口はきちんと閉められていた。
自分の手でその口を開けて、中身をまさぐってみる勇気は、ない。俺は、散歩しに部室を出た。
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