第6話 硬派の伝統

「どっか行くか、明後日辺り」

 と言って、飛騨が冷めたチキン南蛮に噛みつく。美味そうだったので訊けば、昨日の晩ご飯だったらしい。さっき俺の冷凍唐揚げと一つ交換してもらった。実際、美味しかった。

「海とか?」

 適当に言ってみる。言ってみて海を想像して、ああ夏だな、と思ってみる。

 午前中だけある課外授業も今日で終わって、明日からは正味全休の、本格的な夏休みになる。夏の大会へ向けたハードな練習をする他の部活と、ひたすら鍛錬を積んでいくだけの俺たち空手部。夏の大会? そんなものはいらない。俺たちはただただ、鍛錬を積んでいくだけ。

 練習メニューも練習日程も自分たちで決めるのだが、武人が楽な方向へ逃げるはずもない。平日は朝から夕方まで、土曜は午前中いっぱい、休みは一週間の中で日曜日のみとなっている。無論、練習試合も遠征も無いから、ただただひたすらに、このハードな稽古が続いていくだけだ。

 伝統的に硬派でハードなこの稽古に耐えられなかった同級生はもう四人辞め、いまとなっては、部を牽引する二年生は俺と飛騨の二人だけとなっているという状態。正直なことを言えば、この体制はかなりキツイ。

「海か。いいな。なんならバーベキューでもすっか。親父そういうの色々持ってるし。一年も誘ってさ」

「いいねぇ」

 弁当を食べながらそんな話をしていると一年の長田が部室に「お願いします!」と言って入ってくる。現状として、顧問のいない部の中では俺と飛騨の二人が指導員みたいになっているため、自動的にそういう挨拶ができた。もっとも、自分が指導員として挨拶を受けるというのには、若干まだ、慣れていないのだが。

「おう」と頷く俺たち二人。「遅かったな」と飛騨が言うと、「学年集会が長引いちゃって」と長田。本格的な夏休みに入る前の学年集会、らしい。

 普通科で全部で七組あるうち、長田は一年六組だが、一年六組に空手部員は長田しかいないみたいだ。「揃ってから話すか」と飛騨が俺を向いて小さく言うと、「そうだな」と俺は小さく返す。その、明後日海へ遊びに行く件についてだ。

 そのやり取りが耳に聞こえている長田は、「何の話だ?」とでも言うように、頭上に分かりやすいハテナマークを浮かべていた。後輩としてその姿は、可愛く見えた。

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