第4話 冗談の戦慄
飛騨と俺は、二年生でも同じクラスになったというわけだ。なぜかいま学年で格闘技が流行っているのは、ここが男子校だからだろうか。ボクシングの世界戦がこの前あって、それからみんなの話題は格闘技が多い。
シュシュぅ シュシュぅ
なんて、見せかけのファイティングポーズから繰り出すのろまなジャブが、見ていてつい、俺にはイラっと来てしまう。移動教室のために廊下を歩いていると、そうやって誰かの眼前を的にミット打ちの真似事をしている連中の間を、飛騨という男は颯爽と通る。「邪魔、どけ」とでも言わんばかりに。
でも、
「ああすまんすまん」
少しぶっきらぼうに言って、通り過ぎた飛騨は後ろに会釈の含意を込めた左手をサッと挙げる。連中の反感を買うような態度と行動も、飛騨のその、どこまでも常温で平生なニュアンスが、不思議とそれを打ち消している。
ミット打ちの連中は飛騨誠司という男に対して「ああ、いや」みたいにして、寧ろこっちが悪かったとでも言いだしそうに、同じようにサッと左手を挙げるものだ。
「知ってたっけ?」
一応俺が訊くと、「いいや?」と飛騨。「全然なってないしな。ちょっと邪魔してみた。てかそもそも廊下の邪魔だったし」
ああいうエセ格闘技を見ているとついイラっと来てしまうのは、飛騨も同じらしい。お前らラグビー部だろ、と。本物の格闘技は違うんだぞ、と。
「なんならやっちまうか。一発」
飛騨が冗談のつもりで笑って言うが、俺にはほんの一瞬だけ、それが本気に聞こえる。空手の技を日常で人に見せることはないし、そもそも武人が暴力行為に及ぶなんて論外だ。飛騨もそれを重々分かっていて、その文脈の上で成り立つジョークを言っているに過ぎない、そう、俺は理解しているつもりだが。理解しているつもりだが、でも、やはりあのカバンの中に隠れていた本物の、あの大きなナイフを思い出すと、俺は、本気で恐れることがある。
「一発KOやん」
ジョークで俺も返してみる。「はは」と飛騨が笑う。水色の混じったカッターシャツの袖口が、膨れ上がった上腕の筋肉によって小さく見える。飛騨の力と技ならきっと、三割も出さずに失神させるのだろう。
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