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広場に近づくにつれて、小気味のいい弦楽器の音と、村人たちの楽しげな声が耳に入ってきて、お祭りへの期待を高まらせた。
林道を抜けて角を曲がると一気に道が開け、アナは思わず瞳を輝かせた。
「わあ……!」
普段は何もない広場の周りが、沢山の出店によって囲まれ、出店の前やテーブル席には、村中の人々でひしめき合っていた。
「凄い人だかり! この村ってこんなに人が居たんですねぇ」
ニィナは会場内を覗き込んで、感心したように呟いた。
奥には、以前見た大きな営火台があり、その周りにはちょっとしたステージが作られていて、そこに村の音楽自慢たちが立ち、楽器と歌を奏でていた。
「皆笑顔で、とっても楽しそうね。それに、とってもいい匂い……!」
遠くから見ただけでも、肉の串焼きや腸詰め、じゃがいものチーズ掛け、ポディアム牧場のアイスクリーム、果実水や酒など、様々なものが振舞われていて、昼間だというのに、顔を真っ赤にして出来上がっている者も居た。
「アナ様、行きましょう」
ウェインに促されて、アナたちが高揚感を胸に会場へ入ると、村人の目にすぐ止まり、周りが一気にざわついた。
「あれ、聖女さま……だよな?」
「いつもの礼服と違うが……でもあの髪の色は、聖女さまだよな?」
「しかも、俺らの伝統衣装を着て下さっとるんじゃないか?」
「まあ、綺麗……!」
「聖女さまきれーい!」
通るたびに口々に囁かれ、アナは気恥ずかしくなりながらも、村人に一礼して会場内に入っていった。
「なんだか、いつもより見られている気がするわ……」
「そりゃあ、聖女さまがこんなにおめかししていたら、目立つでしょう」
人の波を掻き分け、広場中央のテーブル席辺りに出ると、また村人の視線が一斉にアナに集まり、皆が驚いた表情で近づいて来た。
「聖女さま、その衣装! リーンドルの伝統衣装じゃありませんか!」
「まさか聖女さまに着てもらえるなんてなぁ! いやぁ、お似合いです!」
「聖女さまかわいい! ねぇそのヴェール見せてー!」
大人から子供まで、アナを取り囲んでは嬉しそうに笑っていて、自身もつられて照れ笑いを浮かべた。
「あ、ありがとうございます……。実は、村のご婦人方が、わざわざ私の為に作ってくださったんです」
「ああ、そうなんですか。女衆もいい仕事したなぁ!」
「まさか、こんな若い聖女さまが、うちの村の伝統衣装を着ている所を見られるなんて、いやぁありがたや、ありがたや……」
「そんな、拝んでいただくほどのものではありませんから!」
年寄りに拝まれて、アナは慌てて制止する。すると、近くのテーブルで骨の抜けたような姿になった酔っぱらいたちが、アナに気づくと、酒が入った杯を片手に、おぼつかない足取りで、無遠慮に近づいて来た。
「ああっ、こりゃ、聖女さまかぁ? ひっく、今日はめでたい日なんですから、ほらぁ、今日くらい飲み明かしましょうや!」
そういって、ふらふらとした手つきで杯を掲げると、中の酒を零しかけながら、一気に飲み干した。
「もう、飲み過ぎは身体に良くありませんよ。ちゃんとほどほどにしてくださいね」
「なぁにをおっしゃる、夏至祭は昼から飲んで飲んで飲みまくって、ぶっつぶれるのが作法ってもんですよ! ほらっ、聖女さまも飲んで!」
「いえ、私は飲めませんので。お気持ちだけいただくので、皆さんで楽しんでください」
「そんな遠慮なさらないで、聖導院の聖女さまでも、酒を飲んじゃいかんってことは無いでしょうっ?」
「そういうことでは無く、そもそも私は未成年なので、お酒を飲んではいけないんです!」
「別に良いじゃないですか、自分なんて十五の頃から飲んでいますよ!」
この男は、酔うとどうやっても他人に飲ませたいたちのようで、酔っぱらいはアナの肩を掴んで杯を押し付けようとする。
口元に笑みを張り付けながら、うまく躱せないかと考えていると、二人の間に誰かの腕が割って入って、押し付けられていた杯をひょいっと取ってしまった。
「アナ様の代わりに、私が付き合いますよ。旦那!」
「ニィナ!」
振り向くと、腕の主はニィナで、杯に口を付けると、先ほどの男性よりも速いスピードで、豪快に酒を飲み干した。
「……くっ、ふはぁ。美味しいですね、このワイン。どこで作られたんですか?」
「おお、いい飲みっぷりだねぇ姉ちゃん! これはねぇ、山を越えた所にあるワイナリーのオーナーが、うちの村長と知り合いでね。この日の為の特別な酒として、毎年買い付けてんのさ。いつも飲んでいる隣村の蒸留酒も悪くはないが、やっぱりここのワインを飲むと、夏が来たって感じがするもんさ」
「ほう、蒸留酒ですか。是非それもいただきたいですね!」
「わはは、姉ちゃんイケる口だな! 酒は向こうだ、行こうぜ!」
酒を交わしてすっかり仲良くなったのか、ニィナは酔っぱらいと肩を組むと、意気揚々と酒の出店へ向かって行ってしまった。
「あいつ……全く」
「まあ、酔っぱらいから助けてくれたし……今日は大目に見ましょう? ほら、出店がいっぱあるわよ。見てみましょう!」
呆れた様子のウェインを宥めて、アナは出店の方へ目を向ける。
食欲をそそる香ばしい匂いや、何かを煮込んだほっとする匂いが混じり合い、昼食を取っておらず、食欲が限界に達していたアナの腹の虫が、ぐうと鳴った。
「っあ。……聞こえた?」
「……いいえ?」
その返答は明らかに聞こえた者の反応で、アナは恥ずかしそうにお腹を押さえた。
「もうっ、見え透いた嘘はやめなさい! しょうがないじゃない、朝から見回りをしてから、何も食べずに来たんだから!」
すると、ウェインは珍しく口の端に笑みを浮かべると、それを誤魔化すように手を当てた。
「……ふ。では、俺がいくつか見繕って、食事を持ってきます。アナ様は空いている席でお待ちください」
「分かったわ。……串焼きは絶対買ってきてちょうだいね!」
「御意に」
ウェインは深々と頭を下げると、出店の方へ行ってしまった。
若干からかわれたような気がしたが、ウェインの様子も普段と違うように見えて、何だかんだこの夏至祭を楽しんでくれているように感じて、アナは嬉しかった。
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