5-4
当日を迎えるのはあっという間で、その日は夏至祭にふさわしい快晴だった。雲一つない空の青は色濃く、夏を存分に味わえる天気であった。
アナは、祭りがあるとはいえ、朝の見回りだけはきちんとこなさなければと、結界を見回りに行った。
村落がある辺りに差し掛かると、道端で何かを探している素振りをしている村の婦人方がいた。それを不思議に思っていると、婦人方が振り向いてアナに気づいた途端、一斉に駆け寄って来た。
「ああっ、聖女さま! こちらにいらしたんですね!」
「おはようございます、皆さま。あら、その服がお祭りの衣装ですか?」
アナはご婦人方の衣装に気づいて、笑みを浮かべた。麻の生地で作られた半袖のパフスリーブワンピースの胸元には、草木染めの糸で草花の刺繍が施されていて、素朴で可愛らしい衣装だった。
「とても素敵ですね。刺繍も細かくて、素晴らしい仕事です」
「ありがとうございます! 聖女さまのもございますので、今からお着替えに向かいましょう!」
「えっ、ですが私はまだ見回りがありますので……!」
「そんなもの、お着替えなさってからいくらでも見回ればいいじゃないですか! とりあえず、行きましょう!」
「ちょ、ちょっと……!」
全てを強引に進められ、アナは戸惑いと既視感を覚えながらも、ご婦人方の圧に負けて、されるがままに家に引き摺られていった。
「……完璧!」
婦人の家にて着替えを終えたアナを見た婦人は、自身の仕事とアナの美しい姿に、うっとりと呟いた。
「そうですか……?」
気恥ずかしそうに言うと、アナは自身の姿を確認するように、その場でくるりと回った。
村人たちと同じ麻の生地で、同じ刺繍を施してあるワンピースだが、袖はゆったりとした長袖で露出を抑え、同じ生地のシンプルなコルセットで腰を引き締めて、美しくも気品のあるシルエットになっていた。
髪はゆるく三つ編みにして季節の花をあしらい、ワンピースよりも繊細な刺繍を施したヴェールを頭に付けると、その場にいたご婦人方が全員目をうっとりさせた。
「やっぱり、とてもお似合いですわ!」
「普段は威厳のある礼服を着ていらっしゃるから、軽さのある麻のワンピースがとっても新鮮で素敵です!」
「ありがとうございます。なんだか照れてしまいますね」
こんな風にお洒落にしてもらった経験が無く、まるで自分が自分でないような違和感がアナの胸に降りたが、村人が喜んでくれたのならこれでいいのだろうと、照れた笑みを浮かべた。
「さあ、皆に見せてやってくださいな! きっと注目の的ですわよ」
そういって、ご機嫌な婦人方はアナと共に家を出ると、その場で解散した。やはり嵐のようだと内心思いながら、アナは落ち着きなさげに自身の格好を見た。
「なんだか落ち着かないわ……とりあえず見回りを終えて、二人と合流しなくちゃ」
従者の二人とは聖堂前で待ち合わせているので、彼らを待たせないために、途中で切り上げた見回りを、早足で再開した。
程なくして見回りを終え、聖堂に向かっていると、遠くから、普段の鈍い音とは違う、甲高い鐘の音が聞こえて、アナは振り返った。
「もしかして、お祭りが始まった合図かしら?」
鐘が鳴った方を見ていると、聖堂に続く道の方から声がして、アナは向き直った。遠くから、同じく伝統衣装に身を包んだニィナとウェインが、こちらに向かってきていた。
「アナ様~……って、わぁ! 凄い、素敵じゃないですか! ワンピースもヴェールもお似合いですよ!」
「あはは、ありがとう……」
傍に来るなり、ニィナはアナの普段とかけ離れた姿に驚いて、自分のことのように喜んで褒めてくれた。少し大袈裟なくらいで、アナは恥ずかしくて顔が熱くなった。
「もしかして、ちょっとお化粧もしてもらいました? 奥様方も、こんなに機会滅多に無いからって、ここぞとばかりにおめかしさせていますねぇ」
「あ、わかる? 実は、ちょっとだけ紅をさしてもらったの。私、こんなにおしゃれにしてもらったこと無いから、なんだか落ち着かないわ」
「ははは、でもとってもお似合いですよ。……ほらっ、そこの朴念仁! 黙ってないで、あんたもなんか言いなよ!」
そういって、ニィナは隣で物言わぬ石のようになっているウェインを肘で小突いた。
その威力が思ったより強かったのか、ウェインは若干弾き飛ばされたあと、戸惑ったようにアナを見た。
暫くの間、重い沈黙が降りる。その間ずっと困った顔のウェインに見つめられて、アナはなんだか胸の辺りが落ち着かなくなった。
すると、ウェインは気まずそうに目を逸らして、消え入りそうな声で言った。
「……お綺麗かと」
「ウェイン、別に無理しなくていいのよ……?」
あまりにも重い口調で、アナがついそう言うと、ウェインは更に困ったような顔をした。
「……いえ、本心です」
「あんたさぁ、そんな深刻そうな顔で綺麗だって言われて喜ぶ女がどこに居んのよ。折角顔は整っているのに、そんなこの世の終わりみたいにしていたら、アナ様だって喜べるもんも喜べないでしょ!」
ニィナが野次を入れると、ウェインは何も言い返せないのか、ぐっと口を引き結んで睨みつけるだけに留めた。
「いいのよ、ウェインがこういう事を言うのが苦手だって知っているもの。それでも、そう言ってくれて嬉しかったわ」
「ったく、お小言だけは口が回る癖にさぁ。もう行きましょう」
悪態を吐いて、ニィナは前を向くと、アナは苦笑しながらそのあとを付いていく。そして、更にそのあとを、納得がいかない顔をしたウェインが付いていった。
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