5-3
その日の晩、従者二人と夕食を共にしていたアナは、ふと夏至祭のことを話題に出した。
「そういえば、もうすぐこの村で、夏至祭というお祭りが開かれるらしいのだけど、二人も聞いているかしら?」
黒パンを千切って食べていたニィナが、咀嚼しながら頷くと、飲み込んでから話した。
「そういえば、広場で男衆が忙しそうにしていましたね。そんなお祭りがあるんですね」
「俺も、買い物の時に見かけたので、何かあるのだな、とは思っていました」
すると、アナは話が早いとばかりに、手を合わせた。
「じゃあ、その日は二人に暇を出すから、気分転換に行って来たらどう? 出店も色々出るみたいだし、二人も楽しめるんじゃないかしら?」
そんなアナの粋な計らいに、ニィナは目を輝かせた。
「えっ、いいんですか。ありがとうございます!」
遠慮など一切することなく、ニィナは感謝したが、一報のウェインは、厳しい表情で首を横に振った。
「いいえ、それはなりません。祭りは人々を楽しい気分にさせますが、その反面、楽しさに浮かれて気が大きくなり、治安の悪化につながります。そういう時こそ、我々従者がアナ様をお守りしなくてはなりません」
淡々というと、ウェインはニィナを睨みつけた。ニィナは途端につまらなさそうな表情を浮かべて、背もたれに体重を預けると、皮肉めいた口調で言った。
「全く、頭カッチカチだよねぇ。せっかくアナ様が気遣ってくれたのに、そんな仏頂面で無下にするなんて、失礼だと思わないの?」
「お前が考え無しだから、こんな言い方をしなければならないんだ。お前が断っていれば、俺もそれなりに言葉を選べた」
いつの間にか二人の間に火花が散り始め、喧嘩が勃発寸前となり、アナは慌てて二人を叱りつけた。
「二人共、喧嘩はやめなさい! ウェイン、そもそもこのお祭りは村人しか参加しないのだから、あなたが想定するような治安の悪化は起こらないわよ。それに、私はお祭りの時も、いつも通り聖堂に居るつもりだから、心配する必要は無いわ。村人たちも、お祭りのときは聖堂に用事など無いでしょうし、この村に来て、普段からあなた達を傍に置いて居なくても、危険な目に遭ったことなど一度も無いでしょう?」
そう諭すが、ウェインはなおも反論があるようで、毅然とした態度で返した。
「お言葉を返すようですが、俺は、村人を委縮させると言って、公務中に我々を傍に置かないと決めたアナ様の判断には否定的です。いくら村人たちが見知った顔とはいえ、何かがあってからでは遅いんですよ」
「そ、それは……」
反論されるとは思わず、アナは委縮するように顎を引いた。
ウェインとニィナはとても頼りになる従者だが、同時に一定の威圧感を持っていて、アナは初対面の時に少し怯んだ覚えがあったので、見回りなどの外出の際には、出来るだけ二人を連れないようにしているのだ。
それを告げた時もウェインはかなり抵抗していたが、ここまで根に持たれているとは思わず、アナは意外に思った。
すると、今度はニィナが口を挟んだ。
「ていうか、アナ様! お祭りの時まで聖堂に引きこもるなんて、そんなの駄目ですよ! 折角、村人に特別な衣装を作ってもらえるんですから、村の皆に見せてあげないと勿体ないですって!」
「な、なんでそれを知っているのよ⁉」
伝統衣装を着ることは、ニィナどころか、あの場にいた人以外、誰にも言っていないはずで、アナは驚愕する。
「なんでって、夕方頃、買い物をしている時に居合わせたご婦人方から聞いたんですよ。従者たちの衣装も作りたいと言っていただけたので、その場で快諾しました」
「……!」
アナは胸中で拙い、と呟いた。衣装に関しては、聖導院の規則を曲げるものなので、二人には、特にそういう所に厳しいウェインに知られるのを恐れていた。だから、お祭りの時も、自分は聖堂に一人でいることを選んだのだ。
アナは、咄嗟にウェインを見る。どきどきと嫌な鼓動が鳴り響くが、ウェインは厳しい表情を崩さないまま、一拍置いて返した。
「……まあ、村人との付き合いもあるので、それくらいで聖導院に咎めを受けることはないでしょう」
「本当?」
返って来たのは意外な言葉で、拍子抜けしたアナは、つい聞き返した。
すると、ウェインは、珍しく仏頂面を崩し、ほんの少しだけだが、表情を柔らかくした。
「村人も喜ぶでしょうし、アナ様もお召しになりたいのでしょう?」
「……ええ!」
ウェインからの許しに満面の笑みを浮かべると、ニィナが良い事を思いついたとばかりに手を叩いた。
「そうだ、じゃあ三人で出掛けましょうよ。そうすれば、ウェインはアナ様の傍にずっと居られますし、私は出店を回れて楽しいですし、アナ様は村人たちに作ってもらった衣装をお披露目出来る。これで全員の願いを叶られるじゃないですか!」
「おい、誤解を招くような言い回しをやめろ!」
ウェインは嫌味のある言い回しに噛みついていたが、アナはそれに呆れつつ、手で制しながら、はっきりと言った。
「わかった、それでいきましょう。ウェインも、それでいいわね?」
「やった、そうこなくっちゃ!」
「俺は構いませんが……アナ様はそれでいいのですか?」
「勿論よ。ニィナの言う通り、折角村人たちが作った衣装を着させてもらうのに、聖堂にこもりきりじゃ失礼に当たるもの。……それに」
「それに?」
アナは照れくさそうに眉を下げた。
「実は、とても行ってみたかったの……」
浮かべた笑みは年相応の少女らしいもので、従者二人は目を合わせると、ニィナは可笑しそうに笑った。
「なぁんだ、先に言ってくださいよ!」
「んむっ! だ、だって、そんな大っぴらに楽しみにしているなんて、聖女らしくないじゃない!」
ニィナに頬を突かれて、アナは頬を膨らませた。ウェインも何か思うことがありそうだが、
(……まあいいか)
と、心の中で呟くと、ウェインは表情を綻ばせた。
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