5-2

 子供たちにせがまれたアナは、セロイエルムの事について話していると、執務室の扉が遠慮がちに叩かれた。

「はい、どうぞ」

 声を掛けると、やって来たのは子供の母親たちで、アナは不思議そうに首を傾げた。

「あら、もうお迎えの時間ですか?」

 いつもは、晩の鐘が鳴る夕方頃に迎えに来るが、今はまだ日が高く、迎えに来る時間でもない。

 それに、母親たちが皆嬉々とした表情をしているのが、何か嫌な予感を覚えさせた。

「失礼します。聖女さま、もうすぐ夏至祭が訪れるのはご存じですか?」

「ええ、先ほど子供たちに色々と教えてもらいました。私も楽しみにしていますが、それがどうかしたのですか?」

「なら、話は早いですね。この夏至祭は、村の皆が特別な伝統衣装を着て迎えるのですが、もしよろしければ、聖女さまにも、その衣装を仕立てさせていただけないかと、私達で話していたんですよ!」

「私が衣装を着るのですか?」

 アナは突然の提案に目を見開いた。母親たちはお互いの顔を見合わせて頷き合うと、口々に言った。

「きっと聖女さまにも似合いますわ。折角の夏ですし、そんな厚手の生地のローブを着ていてはお身体に良くありません。勿論、責任持って針を入れさせていただきますので!」

「そ、そんなことを言われましても、民の前に出る時は、常にこの礼服を着るようにと、聖導院の規則で決まっていますので……!」

「一日くらい大丈夫ですわよ、聖導院だってこんな田舎にまで目を配っているわけはないでしょうから! それに、村伝統の衣装に身を包む聖女さまを、是非拝見したいんです!」

「ですが……」

 輝く瞳を向けられて、アナはたじろいだ。村の連帯を表すものとして用意された伝統衣装を、規則を曲げられないという理由で自分だけが着るのを拒むのは、いい選択とは思えなかったが、それだけで規則を曲げてもいいものかと、自問自答する。

 すると、話を聞いていた子供たちがアナの膝元に着て、大人に同調するように言った。

「あたしも、聖女さまが宴の衣装着ている所、見たい!」

「わたしもー!」

「ぼ、僕も……」

 特に女の子たちが大人たちに賛成していて、その中には、恥ずかしそうなエドワーズが、小さな声で混じっていた。

(どうしよう、困ったわ。でも、聖導院の規則に対して、臨機応変にこなさなければならない時もあるって授業で言っていたし……それに、どんな衣装か気になるし……一日くらいなら平気かしら……?)

 双肩に圧し掛かる期待の圧と、自身の好奇心が抑えきれず、アナはどちらか考えた結果、ついに折れて困ったように笑った。

「……わかりました。せっかく村の皆さんが作ってくださるというのなら、断ることはできません。是非、着させてください」

 その瞬間、婦人方は一気に色めいて、嬉々とした表情を浮かべると、どこから取り出した採寸道具を片手に、アナの両腕を掴んだ。

「本当ですか! では、まずは採寸をしなければ! 奥の応接間をお借りしますね!」

「ええっ、ちょっと……!」

「聖女さまばいばーい!」

 アナが抵抗する間も無く、隣の応接間に引き摺られていき、子供たちはそれに手を振って見送った。


「まずはこのローブをお脱ぎになってください。そうしたら採寸を始めますね」

「はあ……わかりました」

 もうどうにでもなれと思ったアナは、観念して頭の装飾品と黒紫色のローブを脱いで、ロングのキャミソール姿になった。

 婦人たちは肩幅や腕の長さ、ウエストなどを図りながら、口々に言った。

「やっぱり、聖女さまはスタイルがとてもいいから、このシルエットを全面に出した方がいいんじゃないかしら?」

「駄目よ、いくらお若くても聖女さまなんだから、あまり身体のラインを出すのは良くないわ」

「あの、出来るだけ、露出やボディラインを強調する服装は、控えていただけると助かります……」

 アナの身体を見ながら、真剣な表情でデザインの相談をしている婦人方に、アナは念を押すように言うと、身体のラインを生かしたい派閥の婦人が、残念そうな顔をした。

「そうですか、仕方ありませんね。お似合いになると思ったんですが……」

「……ちなみに、私が許していたらどんな服装にする予定だったんですか?」

「それはもう、こんな綺麗なお肌を隠しておくのは勿体無いですから、ノースリーブで胸元も少し開けた、夏にぴったりな解放感溢れる服装に……!」

「そ、そんなの絶対に許可できませんっ!」

 思ってもいなかった刺激的な服装に、アナは顔を赤くして、首を横に激しく振った。

「そうですか? でも、ノースリーブくらいなら……あら」

 まだ食い下がろうとする婦人が、アナの腕を取って持ち上げようとすると、あるものに目がいった。

「聖女さま、この腕の傷痕はどうなされたんですか?」

「ああ、これですか?」

 アナの白く細い右腕には似つかわしくないような、亀裂のような傷痕が走っていた。

 婦人方は心配そうに見ていたが、アナは特に気にすることなく、傷痕を見せると、照れくさそうに笑った。

「私は覚えていないんですけど、父親曰く、子供の時の私があまりにもわんぱくで、家のガラスを不注意で割ってしまって、それで怪我した時の傷痕らしいんです」

「あら、聖女さまはお父様に育てられたんですね」

「はい、母は遠い地で、聖女として人生を捧げているので、父が面倒を見てくれました。この傷跡もそうですが、母が居ないのが寂しくて泣いたり、最初は聖女になることを反対されていたのに、無理やり押し切ったりして、沢山迷惑を掛けてしまったけど、本当に大好きな父です」

 アナは、昔を懐かしむようにどこか遠くを眺めた。セロイエルムに残した父は元気にしているだろうかと、思いを馳せていたが、村人はアナの母も聖女をやっているのを初めて知って驚いていた。

「お母様も聖女さまなんですか、母子揃ってなんて、素晴らしいですわ」

「それに、聖女さまの幼少期がやんちゃだったのは、なんというか……想像通りというか、ねぇ?」

「あはは……」

 そんなにも想像通りだったのか、微笑ましげに笑みを零す婦人方に、アナは恥ずかしそうに笑みを零した。

「よし、採寸はこれで終わりです。お疲れさまでした、聖女さま。では、早速制作に取り掛かりますので!」

「失礼します、聖女さま!」

 一通りの採寸を終えると、婦人方はそそくさと応接間を後にした。アナはそれを見送ると、

「嵐のような人たちだわ……」

 と、ローブを着直しながら、苦笑を浮かべた。

  

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