聖女と夏の宴

5-1

 最近、気温が高まりつつあり、皆が嬉しそうに太陽を見上げることが増えた。

 冬から春に着ていた服では、全身が汗ばむほどの日差しで、草木は青々と茂り、全ての生き物が生き生きと活気を放っている。

 山間にある小さな村、リーンドル村に、皆が待ち望んだ短い夏がやってきた。


「最近暑いわね……」

 いつものように、袖の長い黒紫色のローブを着ているアナは、外に照り付ける日差しを仰いで、眩しそうに目を細めた。

(この暑さ、故郷を思い出す。なんだか懐かしいわ)

 アナの故郷である聖都セロイエルムは、四季の寒暖差があまり無い荒野にあり、一年を通して乾燥していて、年中暑い土地だ。

 この村に来るまで、そこで過ごしていたことを思えば、リーンドル村の夏など、アナからすれば生ぬるかったが、それでも、肌に感じる熱気は、懐かしさを覚えるには十分だった。

 村落の中心にある広場に差し掛かると、何か木のようなものを打つ音が聞こえて、アナは不思議に思い、音が鳴る方向へ顔を向けた。

(あれは……村人たちが何かを作っているわ。あれは出店かしら。それに、テーブルと椅子が沢山……あと、中央のあれは営火台のようだけど、何かあるのかしら?)

 音の正体は、村人たちが木材に槌を打つ音で、広場には村の男衆が大勢集まり、何かの設営をしているようだった。

「あ、聖女さま。丁度いい所に!」

 すると、背後から声を掛けられて、振り向くと、猟師のホランド親子が、弓と箙を背負ってこちらに向かっていた。

「あら、ホランドさん。こんにちは」

「こんにちは。今、丁度聖女さまを探していたんですよ。猟をしに結界の外に出るので、許可とお祈りを頂きたくて」

 息子のホランド・ジュニアは朗らかに笑った。

「分かりました、許可しましょう。それにしても、最近は、皆さんこぞって、結界の外へ猟に行かれますね」

 アナにとってはこれが初めてでは無く、気温が高まってからの数日間、こうして猟による結界の外に出る許可と、魔獣の被害に遭わないようにするお祈りを求めてやってくる猟師が増えたのを、ずっと不思議に思っていた。

 普段は殆ど結界内の森で狩りを行っていたというのに、どういう吹き回しなのかと思っていたが、ホランド・ジュニアは事もなげに返した。

「そりゃあ、祭りの開催がもうすぐですから、俺たち猟師も、村の皆に美味しい肉を食わせてやりたいので、結界の外まで出て頑張っていますよ!」

「お祭り?」

「はい。ほら、広場で皆設営を始めているでしょう? いやぁ楽しみだなぁ」

 すると、父親のホランド・シニアがジュニアの頭を小突いた。

「こら、べらべら喋っていたら、聖女さまのお仕事に障るだろう」

「いてっ。ああ、ごめんなさい聖女さま。俺ってばつい喋り過ぎちゃって」

 照れた笑みを浮かべて、ホランド・ジュニアは懐からお守りを出した。アナはそれを手に取って、もう片方の手をかざすと、目を瞑って念じた。

「はい、これでもう大丈夫。ではお父さんの方もお祈りします」

「お願いします」

 体の大きいホランド・シニアは、アナが触れやすいように屈んでくれて、同じように目を瞑って一緒に祈っているようだった。

 アナは先ほどと同じようにお祈りをすると、二人はほっとしたように表情を柔らかくした。

「ありがとうございます、聖女さま!」

「どういたしまして。それと、お祈りはしましたが、これだけで身を守れる保証はありませんから、過信せずに、瘴気の濃い所には絶対に近づかないでくださいね。それと、魔獣に出くわしたら、全ての未練を捨てて、逃げることを最優先にしてください。いいですね?」

「わかりました、では行ってきます!」

 ホランド・ジュニアは敬礼をすると、親子揃って森の方へと歩いていった。

 アナは手を振って見送ると、当初の疑問に立ち戻った。

「……それで結局、何のお祭り開催されるのかしら?」

 結局ホランド親子から聞きそびれてしまい、アナは首を傾げた。汗水流して、一生懸命設営を行っている男衆を邪魔するのも少し気が引けて、どうするか考えていた。

「ああ、そうだ。子供たちに聞けばいいじゃない」

 その時、毎日顔を合わせる子供たちのことを思い出して、アナはぽんと手を打つと、聖堂への帰路を急いだ。


「えー! 聖女さま知らないのー⁉」

 子供たちに、広場である催し物のことを聞いてみると、皆に有り得ないとばかりの反応をされた。

「聖女さま、最近来たから知らないんだね。村の人ならみーんな知ってるのに!」

「そうなのよ、だから何があるのか教えてくれない?」

 すると、物知りのエドワーズが我先にと答えてくれた。

「えっとねぇ、もうすぐ、夏が来てくれたことをお祝いする夏至祭があるんだよ。夏至祭は、色んなお祭りの中で一番大好きなお祭りなんだ!」

「へえ、そんなに楽しいお祭りなのね」

「うん、ここは夏がすぐ終わっちゃうから、皆でいっぱい楽しむんだよ。楽器を弾いて踊ったり歌ったり、出店の美味しいご飯を食べたり、お父さんたちは昼からお酒飲んで、とにかく楽しいんだ!」

 エドワーズはよほど夏至祭が好きなのか、早口で詰まりながらしゃべる。アナはその姿が可愛くて、頭を撫でながら返した。

「そうなの、聞くだけで楽しそうね。なんだか私も楽しみになって来たわ」

「だからねぇ、大人は皆大忙しなんだよ。お母さんも、衣装づくりでずっと忙しそうだもん」

「あー、僕のお母さんも!」

「あたしのお母さんもー」

「わざわざ衣装も作るの? 凄い気合の入りようね」

 そういえば、最近井戸端会議をする婦人方の姿がめっきり見えなくなったと思っていたが、そういうからくりだったかと、アナは一人納得した。

「聖女さまの故郷では、夏至祭はやらないの?」

 エドワーズに問われ、アナは思い出しながら答えた。

「えーっと、私の故郷セロイエルムは、一年中暑い所だったから、季節を祝うお祭りは特になかったわね。どちらかといえば、アーヴェルナ様の生誕祭や聖導院の立教日など、聖導院に関連するお祭りの方が多かったかしら?」

 すると、子供たちの瞳が一斉に輝きだした。

「聖女さま、聖都出身なの? 凄ーい!」

「ねぇねぇ、聖都ってどんな所? ここよりもずっと広くて、建物もおっきくて、人はこーんなにいるんでしょ?」

 小さな腕を広げて見せたエドワーズに、微笑ましい笑みを浮かべながらアナは答えた。。

「うーん、そうねぇ。確かに巡礼者用の宿屋や、食事処、お土産屋があるし、その他にも建物は沢山あるわ。中でも、総本山である聖導院の本部は、ずっと昔に建てられたものとは思えないくらい、とっても大きくて綺麗なのよ」

「へー、いいなぁ。僕も見に行ってみたいなぁ。大きくなったら巡礼の旅に出てみようかな……」

「でも、この村もとっても素敵だと思うわよ? セロイエルムには緑が無いから、緑豊かなリーンドル村も十分素晴らしいわ」

「だって、この村で過ごしてたってつまらないんだもん! ねぇねえ聖女さま、聖都の事をもっと教えて!」

 きらきらとした瞳を向けられ、断るわけにもいかず、アナは少し考えたのちに行った。

「うーん、そうねぇ。特徴といったら、様々な国から巡礼者が来るから、色んな言語が飛び交っている事かしら。リーンドル村があるテワル王国と、山脈を挟んだ向こうにあるランブル王国は、聖導院が直接再建に関わった影響でセロイエルム語を話すから、他の国の言葉に馴染みが無いかもしれないけど、他のナド、ミューンスカヤ、アデリンはそれぞれ別の言語を話すから、繁華街に行くと色んな言葉が飛び交うし、文化がごちゃ混ぜになっているから、色々と楽しいわよ」

「じゃあ、聖女さまは他の言葉もわかるの?」

「そうね、どこの国に行けるように、私達聖女は皆学校で勉強するの。私は言語学が一番苦手だったのだけど、元々他言語に触れて来た土台があるから、それで日常会話程度なら四言語を話せるようになったわ」

 すると、子供たちは丸い目を更にまんまるにした。

「そんなに喋れるんだ! 聖女さまって実は凄い人なんだね!」

「へえ、聖女さまってそんな凄い人だったんだぁ。見えなーい」

「えっと、褒めてくれているのよねっ?」

 子供たちに褒められているのか馬鹿にされているのか微妙な返答をされ、アナは複雑な表情を浮かべた。

  

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