3-2
日曜の午前中は、聖堂が一番賑わう日だ。
浄化晶石は、民の祈りを糧にして力を維持しているので、日曜の集会は、村存続の為に大きな意義を持っている、大事な儀式であった。
村人が総出で礼拝室に集まり、アナを主導に、神に祈りを捧げると、講壇に立ち、簡単な挨拶と言葉を掛けて、解散するのが大体の流れだ。
聖堂の玄関先で、アナはお祈りに来てくれた村人たちに挨拶を交わしながら、パメラとダリウスの姿を探していた。
(確か、二人共日曜の集会には毎回来ていたはず。でも、その時は特に一緒に居なかったし、恋仲のようには見えなかったけれど……)
程なくすると、遠くにパメラの姿が見えた。傍にはダリウスの姿は無かったが、その代わりに、パメラの父親のセルディスが、仏頂面で歩いていた。
(そうよね、パメラは毎回、お父さんと一緒に来ている印象があるわ。じゃあ、ダリウスは……?)
背伸びをして、人の波の奥の方を覗き込むと、少し離れた所にダリウスが居た。
(居たわ。よし、これで二人揃った)
そろそろお祈りの時間が始まるので、アナはきりの良い所で出迎えを止めると、講壇の前に立った。全員が席に着いたのを見届けると、まずは聖女としての務めを果たそうと、表情を引き締めた。
「皆さん、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。皆さまと共に、神に感謝を伝えられる喜びを胸に、浄化晶石がより強い輝きを放つように、祈っていただければと思います」
アナが目を瞑り、手を組むと、村人もばらばらに手を組む。そして、アナと共に聖呪を唱えた。
聖呪は開祖アーヴェルナの出身地である、亡国ジェリニエの言語を使っていて、複雑な抑揚と発音があり、どの国の言葉ともつかない、まるで歌のような言葉だった。
意味を完全に知る者は最早この世に居ないが、聖導院の者曰く、これは神に祈りを捧げ、浄化晶石を与えて下さったことに対する感謝の念を表したものだと言われていた。
聖呪を読み終えると、アナは目を開けて、村人全体を注意深く観察した。
(パメラとダリウスは、少し遠い所に座っているわね。目も合わさないし……あら?)
ダリウスは右側の前から二番目、パメラとセルディスは左側の前から三番目の席に座っていて、二人共、最初はお互い目もくれないかと思っていたが、ふと、ダリウスの方が、ちらりと後ろを見て、パメラに視線を送った。
すると、パメラはそれに目敏く気づいて、同じように視線を送ると、小さく微笑んだ。
(これは……やっぱり、二人は恋仲なのね)
小さい頃から聖導院に居て、恋愛には疎いアナでも、それくらいはわかった。何故なら、ダリウスを映すパメラの瞳は、太陽の輝きを盗んだかのようにキラキラと眩しく、明らかに恋をしている娘の目をしていた。
(二人が恋仲なのは分かったけれど、どうして隠すのかしら。村人の中には、交際しているのを公にしている若い男女が何人か居たし、というかその子たちに恋愛相談をされたこともあったし……隠す意味っていったい何?)
訝しみながら観察していると、同じように微笑んでいたダリウスの表情が、一変して焦ったようになり、アナは不思議に思ってパメラの方を見た。
(ああ、なるほどね……)
パメラの隣に居た父親のセルディスが、娘と見つめ合っていたダリウスに、尋常でない怒りを孕んだ眼差しを向けていたのだ。
(きっと、セルディスさんは、パメラとダリウスの交際を良く思っていないんだわ。だから、おおっぴらには会っていなかったのね)
ようやく合点がいき、アナは気を取り直すように咳払いを一つすると、聖女としての自分を取り戻して、お言葉を話し始めた。
聖女のお言葉が終われば集会は解散になり、帰り際に、ウェイン特製の焼き菓子が配られると、皆清々しい表情で聖堂を後にしていった。
パメラとセルディスも、焼き菓子を貰って帰ろうとしていたが、それを、アナが止めた。
「パメラ、こんにちは」
振り向いたパメラは、アナに呼び留められて驚いていたが、やがて微笑を浮かべてお辞儀をした。
「聖女さま。先程は素敵なお言葉をありがとうございます。心が洗われるようでした」
「いいえ、それが仕事ですから。あと、少し話したいことがあるから、執務室まで来てもらえるかしら?」
「話したい事?」
不思議そうに首を傾げると、黙って待っていたセルディスが口を挟んだ。
「あの、娘が何か良くない事でもしてしまったんでしょうか」
娘が何か粗相をしたのかと心配そうな表情を浮かべるセルディスに、アナは慌てて否定した。
「いいえそんな、パメラは毎週欠かさず日曜の集会に来てくださいますし、とても素晴らしい信徒ですよ。今回お話したいのは、とても私的な話なので、ご安心ください」
「はぁ……それならいいんですが」
未だ不安は払拭されていないようだが、パメラはそんな父親を鬱陶しがるような声色で言った。
「お父さん、聖女さまがそう言っているんだから。先に帰っててよ」
「……わかった。お話が終わったら、すぐ帰って来いよ」
ぶっきらぼうに言い残すと、セルディスは時折娘の方を振り向きながら、聖堂を後にしていった。
「……すみません、うちのお父さん、口うるさくて」
「気にしていないから大丈夫ですよ。どこの親も、子供はいくつになっても心配なものだもの」
そういうと、パメラは何故か、悲しそうに笑った。
執務室に入ると、その奥にある小さな応接間に、パメラを通した。
応接間は一人掛けのソファが二つと、丸いテーブルが一つ置かれていて、真ん中には、ウェインが庭で育てた薄桃色の花が生けられた花瓶が置かれていた。
アナはソファに腰かけた後、パメラに座るよう促す。
パメラは少し世間話をするだけで終わると思っていたのか、わざわざ応接間に連れてこられた理由が分からないようで、落ち着きなさげに腰かけた。
「ええっと……どういった御用でしょうか? ごめんなさい、何も見当が付かなくて……」
緊張している様子のパメラに、アナは微笑んだ。
「まずは、そんなに緊張しないでちょうだい。あなたも、私のあだ名を知っていると思うけど、元々そんな大層な人間じゃないのよ。歳は同じくらいなんだし、普通に接してくれると嬉しいわ」
「は……はい!」
自虐めいて話すと、パメラはアナのあだ名を思い出して少し緊張をほぐした様子で、肩の力を抜いた。
アナは小さく息を吐くと、二人から与えられた助言を思い出していた。
『アナ様は日頃から沢山の方の悩みを聞き、村人の言葉に耳を傾けてきたお方です。そんなお方だからこそ、何か悩みがあるのかと問いかければ、全てを悟られていると思い、聞き出す前に、パメラの方から話してくれるかもしれません』
『その時、あくまで何か悩んでいるように見えた、という態度の方がいいと思います。関係を隠している以上、下手にダリウスの名前を出したら、慌てて否定されてしまうかもしれませんからね』
二人の言葉を思い出しながら、アナは笑みを作ると、パメラは何故か、動揺したかのように瞳が揺らいだ。
「パメラ、最近何か悩んでいることはありませんか? もし何かあれば、私が力になれるかもしれませんよ」
すると、パメラは心を見透かされたと思ったのか、驚いた様子で口元に手を当てた。
「ど、どうしてわかるのですか?」
「え? ええっと……」
理由を問われるとは思わず、アナは狼狽えた。
まさか、「あなたが世を儚んで入水自殺する未来を視たからです」などとは、口が裂けても言えないと思い、なんと返したらいいのか考えていると、ふとパメラが、視線を下げた。
「……聖女さまはやっぱり、神のご加護付いている凄い方なんですね。私の悩みなんか、きっとお見通しなんだわ」
アナが何も言わないのを都合よく解釈したのか、パメラは静かに言った。
(よ、良かったー!)
アナは心の中でホッとしつつも、表情には一切出さず、まるでパメラの言う通りかの様に振舞った。
「悩みを心の中に溜め込んでおくと、身体にもよくありませんよ。話してみませんか?」
促されて、パメラは暫く黙っていたが、やがて重そうに口を開いた。
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