2-2

 いざ出掛けようとした時、ウェインは二人を呼び留めると、すぐ戻ると言ってどこかへ行ってしまった。

「どこ行ったんでしょうかね、トイレ?」

「さあ、でもすぐ戻ってくるみたいだから、待っていましょう」

 そんなことを話しながら十分ほど待っていると、バスケットを腕に提げたウェインが、こちらに小走りでやってきた。

「お待たせしました」

「おかえりなさい、そのバスケットはどうしたの?」

「いえ、もうすぐ昼食の時間ですので、作っていたサンドウィッチと飲み物を持ってきました。どこか座れる所で食べましょう」

「……あんた、やっぱりけっこう楽しみにしてる?」

「……」


 外出といっても、回れるのは村の中だけだが、アナは、見回り以外で外出するのは初めてで、少し浮かれた様子で村の中心部を見まわしていた。

「私、何軒かお店があるのは知っていたけど、中に入ったことは無いの。どんなお店なのかしら?」

 ふと疑問に思うと、ウェインがすぐさま説明してくれた。

「この道を真っすぐ行った所には雑貨屋があります。そしてその先にある分かれ道を右に行けば酒場が、左に行けば村の婦人が営む洋服店があります」

「あとは、不定期で農家や牧場の人が露店を出して、自分の所で作った農作物や加工品を売ったりしていますね。やっているのは大体昼間なので、アナ様は見たことないと思いますけど」

 続いてニィナも説明してくれて、アナは興味深そうにそれを聞いていた。

「へぇ、そうなの。いつか露店も見てみたいわ」

「さぁ、どうします? 今日はアナ様が見に行きたいものを見に行く日なんですから、何でもおっしゃってくださいよ!」

「ええっと、じゃあ、雑貨屋から見に行こうかしら?」

「あら、洋服店じゃなくていいんですか?」

「まあそちらも気になるけれど、どうせ私は家の中以外、聖導院の礼服を着ないといけないから。でも、雑貨なら家の外でも楽しめるものがあるかもしれないじゃない?」

「ああ、なるほど。では行きましょうか!」

「ええ!」

 雑貨屋は歩いてすぐの所にあり、こじんまりとした店内に三人が入ると、入口のすぐにあるカウンターで煙草をくゆらせている店主らしき老年の男が、アナを見るなり目を剥いた。

「せ、聖女さま⁉ あれっ、今は聖堂にいらっしゃる時間のはずでは……?」

「ごめんなさい、驚かせてしまって。今日は休暇にしようと思ったから、少しこの店に寄ってみたんです。ご迷惑でしたか?」

「いやっ、いやいや! そんな滅相もございません! どうぞ、見てってください!」

 店主は先日の騒動で付けられたあだ名を知らないのか、恐縮し通しで、アナは苦笑いを浮かべた。

 店内を見渡すと、異国のものらしき置物や背表紙が日焼けで色あせた本、木の食器や茶葉など、ジャンル問わず様々なものが雑多にあった。

「あっ、アナ様。ちょっと来てください!」

 アナが物珍しげに店内を見渡していると、ニィナが声を掛けた。

「なぁに?」

「ほら、見てください。この髪飾り、とても素敵ですよ!」

 そういって見せて来たのは、羽をモチーフにした真鍮のバレッタだった。アナは、そのシンプルでいて繊細なデザインに、目を奪われたようだった。

「わぁ、素敵……!」

「髪飾りなら普段も使えますし、アナ様の髪にも、きっと似合いますよ。……ほら、やっぱり綺麗!」

 ニィナはアナに背を向けさせると、頭の後ろにかざして、満足そうに頷いた。

「……」

「そこの従者の方、女の買い物に付き合うにゃあ、忍耐が必要ですよ」

 そして、カウンター前で所在無さげに待機していたウェインは、店主に慰められていた。

 

 その後、バレッタをいたく気に入ったアナは購入することを決めて、ほくほくとした表情で店を出た。

「気に入るものがあって良かったですね」

「ええ、こういうのは久々だったから、とても楽しかったわ」

「今、お付けしましょうか?」

「あっ、じゃあお願いしようかしら」

 紙袋にしまったバレッタを取り出すと、ニィナに渡して後ろを向く。ニィナはアナの長いプラチナブロンドを一束取り、バレッタを付けると、満面の笑みを浮かべた。

「うんうん、お似合いです!」

「ふふ、ありがとう。……あのね、実は二人に似合いそうなものも買ってみたんだけれど、いいかしら?」

「えっ、いつの間に?」

 ニィナは目を丸くする。アナは子供っぽく笑った。

「目を盗んだ隙に、ちょっとね。ほら、ウェインも近くに寄ってちょうだい」

「はい」

 遠巻きに見ていたウェインもアナに近づく。ニィナとウェインが自身に近づくと、それぞれの掌に買ったものを乗せた。

「私のは……耳飾り?」

「……これは、カフスですか?」

「ええ。ニィナのは、私と同じ真鍮のもので、雫型の耳飾りよ。偶に耳飾りを付けているから、好きなのかなと思って買ってみたの。ウェインのは、変に飾り気のあるものじゃない方がいいかと思って、木彫りのものにしてみたわ。……どうかしら?」

 様子を伺うように、二人の顔を覗き込む。すると、真っ先にニィナが嬉しそうに言った。

「うわぁ、嬉しいです! ありがとうございます、アナ様! すごい、素敵!」

 ご機嫌に耳飾りを受け取ると、ニィナはさっそく耳に着けていた。

「どうですか、に合ってます?」

「ええ、とても似合っているわ! 良かった、気に入ってもらえて」

 アナはほっとした表情を浮かべると、何も言わないウェインをちらっと見た。

「えっと……ウェインはどうかしら? 気に入らないなら、返品しても構わないけれど」

 そう問いかけると、表情を崩さないまま、深々とお辞儀をした。

「いいえ、身に余る光栄です。ありがとうございます、大事にしまっておきます」

「いや、大事にしまうんじゃなくて、使ってほしいのだけれど……?」

「そうだよ、こんなもの使ってなんぼでしょ」

「では、そのようにします」

(……これは、喜んでくれたのかしら?)

 普段から、ウェインは表情が豊かではないので、いまいち読み取りづらいが、少なくとも嫌そうには見えなかったので、アナは喜んでもらえたと思うことにした。


 三人が雑貨屋の前で楽しげに話している時。

「……なぁ、あそこに聖女さまがいるぜ」

 雑貨屋の近くの道で、若い男が数人たむろしていた。

「あれ、本当だ。今って聖堂にいる時間だよな?」

「しかも、珍しく従者付きだぜ」

 最初はアナを物珍しげに見ていたが、やがて、ひとりの男が、見惚れたようにぽつりと呟いた。

「……聖女さまって、綺麗な方だよな」

「おい、不敬だぞ」

 一人が諫めるように男に言ったが、もう一人の男は、その意見に同調するように熱い視線をアナに注いだ。

「いや……でもさぁ、村の女には居ない感じだよな。なんか上品っていうかさ……」

「そ、そりゃあ……聖女さまなんだから、気品はあるだろ……」

 そう言われて、諫めていた男も少し気になり始めたのか、従者たちと談笑を楽しむアナの横顔を、ぼんやりと見つめた。

「……俺、ちょっといってみようかな」

「はぁ? お前なんかが聖女さまの眼差しを受けられるわけないだろ。目を覚ませ」

「はっ、そうやって諦めさせて、後で出し抜こうったってそうはいかないからな」

「なっ……!」

 男たちがアナを巡る言い争いを始めようとした時、ふと、男たちは背中に強烈な視線を感じた。

 思わず振り返ると、アナの周りに居た従者二人が、こちらに視線を送っていた。

 彼らは男らがこちらを見た瞬間、軽くお辞儀をして、一応友好的な態度を見せたが、その眼差しはまさに獲物を前にした獣のように獰猛で、男たちの背筋に寒気が走った。

「い……行こうぜ……」

「そ、そうだな……」

  

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