第23話 やりたいこと:畑が欲しい

第23話 やりたいこと:畑が欲しい


 ミカに召喚された地母神マーヤと言葉を交わし、マーヤが女神ではなく大精霊という存在であることを知った俺は、彼女にアリスたちの守護を頼んだ。

 信仰の対象であったマーヤの実物に接したアリスとノアが。感動に打ち震え、嬉しそうに満面の笑顔を見せる姿を見ると、胸の中がほっこり温まってくる。


(良かったな、アリス)


 『創世教会』の聖女として力を持たない民たちのために力を尽くしながらも、『創世教会』に裏切られてしまったアリスたちにとって、マーヤとの邂逅は傷ついた心を癒やす良い機会となっただろう。


「さて。理想の土地もできたし、屋敷も創れた……って言っても全部『神』スキルのおかげだけど」

「『神』スキルはご主人様の力の一端なのですから、『神』スキルのお陰ではなくてご主人様のお陰で理想の環境が構築できたってことですよ♪」

「ミカの言う通り。で、主様、次はどうするの?」

「次か。次は畑を作りたいなーって考えてるんだけど」

「畑、ですか?」

「ああ。『ミカとルーの二人に美味しいものを食べさせてあげたい』って言うのが俺の目標の一つだからな。その目標を達成するためにも『神』スキルで創ったものじゃなくて自分の手で作った料理を食べさせてあげたいんだ」


 『神』スキルで創った料理は、頭では美味しいと感じているのに、なぜか心の満足がない。

 食べれば満腹感を覚えるが、実体を持たないかすみでも食べているような感覚に陥るのだ。

 そんな虚無感を覚える食べ物を、生まれたばかりのミカたちは美味しいと言って食べるのだ。

 俺はその事実がどうにも受け入れがたかった。

 満腹になるのと同じぐらい心が満たされるものを食べさせてあげたいのだ。


「だから畑を作りたい。畑を作って作物を育てて、その作物を料理したものを二人に食べさせてあげたいんだ」

「ご主人様……っ!」

「ルーたちのためにそこまでしてくれるの……?」

「当然だろ。だってミカもルーも、俺にとっては大切な女の子なんだから」

「ご主人様ぁ……!」

「ルーたちのこと、大切って言ってくれてルーはすごく嬉しい……えへへ」

「なになに? カミト様、次は畑を作りたいの?」

「ああ。だけど畑ってどうやって作るんだろう……」

「あなたならスキルでやれば良いでしょ? 『神』スキルなんていう反則スキルを持っているんだから」

「さっきも言っただろう? 『神』スキルは便利だけど、それに依存するのはいやだって。畑ぐらいは自分の手で作りたいよ」

「なら私が力になれると思う♪」

「アリスが?」

「うん。私は農家の娘として生まれたんだよ。子供の頃はお父さんとお母さんの農作業を手伝っていたから、少しなら分かるよ。ねっ、ノアちゃん」

「そうね。懐かしいわ」

「ノアもできるんだ?」

「アリスもあたしも農民の娘だったから子供の頃は親に手伝わされたのよ」

「そっか。じゃあ俺に教えてくれるか?」

「いいわよ。じゃあ鍬を持ってきて……って鍬なんてあるの、ここ」

「鍬、か。無いな」

「それじゃ畑を耕すことができないよぅ……」

「畑を耕すのに鍬など必要ないですよ! ご主人様、ミカにお任せです!」

「ルーもやる……!」


 そう言った二人の足下に魔法陣が浮かび上がった。


「ちょ、二人とも一体何をする気で――!」

「出でよ、モグモグ!」

「おいで、小妖精スプライトたち。主様のために最高の畑を作るからルーを手伝った」


 ミカが全長七メートルはある巨大モグラを召喚した横で、ルーは人差し指ほどの大きさの妖精らしき存在を召喚した。


「さぁモグモグ! ご主人様のために地面を耕して畑を作りなさい! GO! GO! GO A HEAD!」


 ミカに命じられたモグラが大きな爪で大地をザックザックと掘り始めると、アッという間に地中に姿を消した。

 足下に軽い振動が走ると同時に地面が隆起し、固い地面が適度に耕されてふんわりとした土に変化していく。


「むぅ。ミカには負けない。小妖精たち、畑に豊穣の魔法を掛けて」


 ルーに召喚された小妖精たちは、召喚主の命令に恭しく頭を下げると、モグラの耕した大地の上に何やら魔法を掛けていく。


「では私もお手伝いを。代行者様がお作りになるこの畑に地の大精霊マーヤの加護を授けましょう。恵みの力よ、大地に宿れ」


 天使メイドたちに追随するようにマーヤは畑に加護を授けた。

 こうしてアッという真に水はけが良く、地力の高い最高の畑が完成した。

 完成してしまった。


(Oh……自分の力で大地を切り開いていくつもりだったんだけど……)

「ご主人様! お望みの畑が完成しましたよ!」

「これでたくさんお野菜作れるね」


 己の仕事に満足したのか二人はフンスフンスと鼻息荒く報告してくる。

 そんな二人の顔を見ればそんな不平を零すのも憚られた。


「……こんなに大きな畑ができるなんて。二人ともありがとうな」

「えへへ……♪」

「ご主人様の下僕として当然のことです♪」


 褒められて嬉しそうに破顔はがん(にこやかに笑うこと)する二人。

 そんな二人にお礼を伝えながら、俺は『神』スキルで鍬を創り出した。


「あれ? 鍬を創ってどうするんですかご主人様?」

「もう畑はできてるよ?」

「うん。ミカたちの耕してくれた畑ならきっとたくさん収穫できて、多くの人がお腹いっぱい食べることができそうだ。それはそれですごく嬉しい。だからという訳じゃないんだけど……俺もさ、自分の力で畑を耕してみたいんだ」


 ミカたちの疑問に答えながら、創り出した鍬を大地に振り下ろす。


「ミカやルーはいつも俺の願いを叶えてくれる。すごく嬉しいって思う。いつも感謝の気持ちで心の中はいっぱいだ。だけどさ。俺は弱い人間だから。ミカやルーたちに支えられていると、どうしても勘違いしそうになるんだ」


 自分は大きな力を持っていて何でもできるんだって。

 ミカやルーが俺のために何かをやってくれるのは当然なんだって。

 だけどそれは全て創世神から与えられただけのものなんだ。

 自分が勝ち取ったものでもなく、頑張って身に付けたものでもないんだ。


「だから自分の力で畑を耕して野菜を育てたい。試行錯誤を繰り返して、成功したり失敗したりして。自分一人じゃ大した力はないんだってことを確認しながら」


 自分には才能があり、ハイスペックな能力を持っていて世の中の何もかもが自分の都合の良いように進む――そんな勘違いをしないように。

 代行者だろうと『神』スキルを持っていようと、一人の人間として地に足を着けて一歩一歩、前に進んでいけるように。


「そんなことを考えていらっしゃったのですね、ご主人様は……」

「主様、もしかしてルーたち、余計なことしちゃった……?」

「余計なことなんかじゃないよ! ミカたちが耕してくれた畑はきっとたくさんの人の空腹を癒やすことになると思う。この場所に街を作るなら絶対に必要な、最高の畑だと思うよ。だからこうやって俺が鍬を振るうのは単にワガママなんだ」

「そんなの……そんなことないですよご主人様! ご立派な心掛けです! ミカは改めてご主人様に惚れ直しちゃいました♪」

「主様、しっかり考えててすごいと思う」

「……ありがとう。受け入れて貰えて嬉しい」


 二人が想いを受け止めてくれたことに安堵と感謝の念を抱きながら、俺は二人に頭を下げた。


「俺は、俺の畑で野菜作りに挑戦してみるよ。もちろんミカたちが作ってくれた畑もちゃんと手伝うから安心して。一緒に美味い野菜を作ろうな!」

「はい!」

「ん!」

「あー……主従揃って気合いを入れているところ悪いんだけど。もうちょっと目の前の現実を見つめたほうが良いんじゃない?」

「へっ? 何か不都合でもあったか?」

「不都合という訳じゃないけど、さすがにこれだけ広い畑を管理するのは、私たちだけじゃ手が足りないと思うわよ?」


 ミカたちが作った畑は軽く見積もっても一キロメートル四方。

 つまり十haヘクタールはあるだろう。

 つぼ数で言えば三万坪。

 これは東京ドーム二つ分の面積に相当する。

 その広さの畑を管理するのに俺たち六人では無理だ。

 圧倒的に人手が足りていない。


「人手が足りない? ならば増やせば良いのですよ!」

「確かにそうだけど、でもどうやって?」


 俺たちが今いるこの島――アルカディア――は、野性の生き物の楽園ではあるが俺たち以外に人は居ないはずだ。


「そんなの簡単。世界中から主様の役に立つ者たちをスカウトしてくれば良い」

「ルーの言う通りです! 畑を管理させるなら、そうですね……北大陸に居るエルフとドワーフを連れてきましょう!」

「ん。それがいい。主様、行こう」

「行こうと言ってもどうやって……あ、転移すれば良いのか」

「その通りです!」

「じゃあ馬車とかも調達し直さないといけないなぁ」


 アイウェオ王国までの旅の途中、スタッドの街で調達した馬車と馬は宿屋に放置したままだ。


「それならばご安心を。こんなこともあろうかと! ミカとルーの二人が全身全霊を籠めて作り上げた最強馬車がありますから!」

「ん!」


 ドヤッと鼻を天に向けた二人が『無限収納インベントリ』から真新しい馬車を取り出した。


「車輪には高性能サスペンションを装備! 車内は空間魔法を駆使して見た目よりも大幅に広くして居住性をアップ!」

「車内で料理ができる高性能キッチンを備え、三人プラス一匹でも余裕でイチャイチャできるキングサイズのベッドを標準装備」

「バスルームもトイレも備えた最高級最強馬車! その名も『ご主人様とメイドたちのめくるめくラブルーム』ここに爆誕ですよ!」

「いやその名前はやめて」

「えー……!」

「ルーは反対した。ミカはちょっと己の欲望に忠実すぎ」

「ご主人様の欲望を受け止めるのはミカたち天使の役目ですよルー!」

「待って待ってそれは語弊がありすぎる。アリスたちの前なんだから勘弁して」

「あ、あはは……ミカ様とルー様がカミト様のことになると暴走しがちなのはなんとなく分かってるから大丈夫だよ」

「あたしから一つ要望があるわ。もしアリスがこの馬車に乗ることがあったとして、アリスの前で不埒な真似をしようものなら神様みたいな存在だとしてもあたしの剣でその粗末なのを叩き切ってやるんだからね?」

「はっ? ご主人様のは粗末どころか豪華絢爛ですが? それにメイドとの蜜月の時間を邪魔するとか本気ですか? ミカはいつでもラッパを吹いてやりますよ!?」

「しないしない。っていうかミカも一足飛びで最終戦争を始めようとしないで」

「むぅ。ご主人様がそう仰るなら控えますけどぉ……」

「そんなことよりミカ。さっさと馬を召喚する」

「分かりましたよぅ。眷属召喚!」

「眷属召喚。出でよルーのお馬さん」


 二人の声に呼応するように魔法陣が展開し、目の前に馬が二頭出現した。

 一頭は白馬だ。

 額に特徴的な一本の角がそびえ立つ、いわゆる一角獣ユニコーンだ。

 もう一頭は黒馬で、額に二本の角がそびえ立っていた。

 ユニコーンの対極に位置する馬、二角獣バイコーンという馬だろう。


「ご主人様のためにしっかり働くのですよ?」

「主様のために頑張って」


 召喚主である二人から声を掛けられると、ユニコーンとバイコーンは任せろとばかりに大きくいなないた――。



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