第22話 やりたいこと:屋敷を建てたい
朝食後。
「さあ家を創ろうか」
寝食を過ごすだけならば『神』スキルで創ったアパートでも良いと言えば良いのだが、あのアパートはワンルームサイズのアパートだ。
俺だけならいざ知らず、ミカとルーを筆頭に今は仲間が増えたからさすがにワンルームサイズでは生活に支障が出る。
元々俺は大きな家を『神』スキルで創るときに、実物を見てイメージをしっかりと固めるためアイウェオ王国まで旅をしたのだ。
その旅の成果を見せる時が来た。
「むむむっ……」
頭の中で屋敷のイメージを思い浮かべる。
「ご主人様、頑張ってください♪」
「主様ふぁいとぉ~」
「ワンワンッ!」
仲間たちの声援を背中に受けながら、俺は頭の中でどんな屋敷を創りたいのかを一所懸命に思い浮かべてイメージを固めていく。
(特殊なものじゃなくて良いんだ。一般的な大きいお屋敷……全体の建築様式は洋式で、周りを塀で囲まれていて大きな庭があって)
玄関の扉は大きな木製のもので、家の中に入ったら二階に向けたらせん階段があって、赤い絨毯が敷かれていて――。
どこにでもある洋館の中に俺の部屋があり、ミカたちの部屋があり、アリスとノアの部屋がある。
調理器具の充実した厨房。
広い湯船のある浴場。
地下室には食料貯蔵庫や倉庫があり、二階のバルコニーはみんなでのんびりとお茶ができるような広さがあって――。
こんな家だといいな、という夢や希望をこれでもかと詰め込んでイメージしながらいつものように声を上げた。
「『神』スキル!」
俺の声に反応して現実が変容していく。
まずイメージした屋敷のサイズに合わせて地面に大きくて四角い穴が空いた。
その穴には建築の基礎となる鉄柱が何本も打ち付けられており、やがてその上に床や壁が創られていく。
壁や窓、扉が出現したかと思う内にあっという間に一階部分が完成し、次は二階の壁や窓が現出して屋敷が出来上がっていく。
やがて二階に広いバルコニーが現れ、屋敷の左右と中央に周囲を見渡すための望楼が建ち上がり――一分も経たないうちにイメージ通りの洋館がその姿を現した。
「……自分でやっておいてなんだけど、現実味のない光景だなぁ」
建築の進捗動画を三倍速で視聴しているような光景が目の前で繰り広げられたのだ。
呆れもするし、我ながら恐怖も感じてしまう。
「あっという間に完成しましたね! さすがご主人様です!」
「ん。さす主様。ちょっと中の様子を確認してくる。ミカ、シロ、来て」
「もちろんです!」
「ワンワンッ!」
出来たてホヤホヤの屋敷の中に突撃したミカたちを見送りながら、俺は自分の手を見つめていた。
「相変わらずすごいな、『神』スキル。だけどこれを俺の力と言って良いのか?」
「そのスキルを持っているのはカミト様だけなんだし、私はカミト様の力だって思うよ? だから自信を持って良いと思う」
「正直、気持ち悪い光景でしたけどね」
「それな。俺も同感だよ」
なんというか、このメンツの中で唯一、常識的な反応を返してくれたノアの言葉が心に染みる。
自分で使ったスキルだがぶっちゃけ気持ち悪い。
「『神』スキル、便利すぎて頼り切りになってしまいそうで怖い」
「おや? そうなのですか?」
「そりゃそうだよ。何でも思い通りのものが苦労もせずあっという間に手に入るなんて全ての否定じゃないか」
労働の否定。
努力の否定。
工夫の否定。
意欲の否定。
いつでも、どんなときでも何でも手に入ることの行き着く先は、結局はそういうところだ。
偶になら良いかもしれないが、頼り切りになってしまえばそれはもう生きているとは言えないのではないか?
そんな思いが頭をよぎる。
そして俺は特別に意志が強い――なんて男じゃない。
人並みの意志の強さは備えているかもしれないが、じゃあ便利なものに手を出さないで不便を貫く、なんて強い意志はない。
『神』スキルの便利さと、その便利さが持っている危険性を常に意識しておかなければ俺はきっとどこまでも怠惰に堕ちていくだろう。
「だから必要最低限に抑えたい気持ちはあるんだ。だけど今の俺には何の力もないからこの力に頼るしかないんだよなぁ」
「それがイヤだとでも?」
「気が乗らないって言葉のほうが正しいかな。俺はもっとちゃんと”生きたい”」
「ふぅん。……どうやら貴方のこと、少しは信用できそうよ」
「今まで信用なかったんだ、俺?」
「神の如き力を持つ得体の知れない男を簡単に信用するなんて、聖女を守護する聖騎士としては失格でしょ」
「それもそうか。なら俺は合格?」
「まだまだ及第点ってところよ」
「厳しい判定だ。それでも少し嬉しいよ」
「あたしにもっと信用して欲しいのなら、それだけの姿勢を見せてよね」
「どんな姿を見せりゃ良いのか分からないけど最善は尽くすさ」
「むぅ。なんだかノアちゃん、カミト様と仲良し……。いつのまにそんなに仲良くなったの?」
「べ、別に仲良くなんて! そ、それよりアリス。家の他にもう一つ、お願いしたいことがあるって言ってなかった?」
「お願いしたいこと? 俺に?」
「うん。あのねカミト様に教会を建てて欲しいんだよ」
「教会っていうとアリスが所属していた『創世教会』の?」
「ううん。私たちを見守ってくださる地母神マーヤ様の像を祀って礼拝するための教会なんだけど……ダメ、かな?」
コテンッと首を傾げ、上目遣いで俺の顔を覗き込むアリス。
世の男の大半が美少女と認めるであろう、整った容姿でそんな可愛らしい仕草をされたら選択肢は一つしか選べない。
「わ、分かったよ。だけど『神』スキルは頭の中のイメージを具現化するスキルだから教会を創ることはできるけど女神様の像を創ることはできないぞ?」
「頭の中のイメージ……じゃあカミト様がマーヤ様の姿絵を見ればそれ通りに創ることができるってこと?」
「それなら姿絵の描かれた聖書を持っているわ」
そう言うとノアが懐から文庫サイズの本を取り出した。
質素な厚紙と紐で装丁されたもので、ところどころ破けたり、角が丸くなっているところを見ればノアが大切にしているものだと分かる。
「見せて貰って良いのか?」
「あたしの大切なものだから大事に扱ってよ」
「当然だよ。じゃあ拝見する」
手渡された聖書を慎重に開いてパラパラとページをめくった。
そこには『創世教会』の教義から歴代の聖人の名と残した偉業などが記されていて、最後の最後にやっと信仰の対象である地母神マーヤの姿絵があった。
そこには美しく長い髪を後ろに結わえた美しい女性が、豊作を象徴する麦穂を右手に掲げ、繁栄を象徴する一房の葡萄を左手に抱えて天を見上げている姿が描かれていた。
「これがマーヤ様?」
「うん。私たちがお仕えする女神様だよ。カミト様、これでマーヤ様の像を創ることができそう?」
「うーん……」
やはりというか当然というか。
姿絵は抽象的な描写が多く、現代世界の絵画とは技術的にかなり開きがある。
この絵だけではどこまでイメージを固められるかは未知数だった。
「アリスたちが欲してる女神像を創ることができるかは分からないかな」
「そっかぁ……残念」
俺の答えにアリスはがっくりと項垂れた。
そんなアリスの背後から、屋敷の中の様子を確認していたミカたちが戻ってくるのが見えた。
「おや? 何かあったのですかご主人様?」
「ああ。教会に飾る地母神マーヤの女神像をどうやって創ろうかなってアリスと相談してたんだけど。俺が地母神マーヤのイメージをうまく固められなくて創るのは難しそうなんだ」
「なるほど。ですがわざわざ『神』スキルを使って創らなくても良いのでは?」
「ん? どういうこと?」
「その地母神って子を
「ええっ!? 女神様を呼びつけるってこと?」
「自称女神なんですから、代行者であるご主人様がこの世界に降臨なされたときに
挨拶に来るのが礼儀です。それをしていないのですからここに喚びつけてやったら良いのです!」
「ミカの言う通り。女神を自称してても、この世界では主様の下僕だから。遠慮無く喚びつけてやればいい。やっちゃえミカ」
「そうしましょう!」
「え、いや、ちょ、待っ……!」
何やら暴走を始めた二人を止めようと声を掛けるも一足遅かったらしく。
ミカが足下に魔法陣を展開させた。
「なっ……なにこの魔法陣……! こんなにも濃密で濃厚な魔力を編み込まれた魔法陣なんて見たことない……!」
「うん。こんな魔法陣、人じゃ展開できないよ……!」
「ルーたちは主様の守護天使。これぐらい当然。ルーは、ドヤッと自信に満ちた笑顔でマウントを取る」
相棒への賞賛を聞いて、ルーが嬉しそうに鼻先を天に向けた。
やがて地面に描かれた魔法陣が眩い光を放ち――気が付けば魔法陣の中央に一人の女性が立っていた。
女性は二十代半ばの年頃で、スタイルの良い肢体を白い羽衣のような薄衣で包みこんでいた。
身に纏う雰囲気は楚々として清々しく、見る者全てを優しく包み込むような佇まいに目を奪われる。
そんな女性がゆっくりと瞼を開くと――。
「え」
唖然とした表情で短く声を漏らした。
「さ、ご主人様! マーヤとやらを喚びだしましたよ! 褒めてください!」
「え、あ、う、うん。すごいなミカは」
「えへへ♪ ミカはご主人様のメイドですから♪」
褒められたことが嬉しいのか、ミカは笑顔満開で俺に抱きついてきた。
その身体を抱きとめ、感謝を伝えるために髪を撫でつけている俺を見つめ、ミカに召喚された女性が顔面蒼白になって狼狽の声を漏らした。
「え、え、え、えええっ!? だ、代行者様っ!? ま、まさか私、現世に降臨させられているのですぅぅーっ!? なんでぇっ!? どうしてぇ!?」
「それはミカが喚んだからですよマーヤとやら」
「ふぁっ!? て、て、天使様が二人も……っ!? ということは私、本当に現世にムリヤリ降臨させられちゃったのですかーっ!?」
「だからそうだと言っているでしょうに。私はミカ。そしてこちらがルー。代行者であるカミト様が創って下さった守護天使です」
「主様の下僕であり、代行者の手足としてこの世界を統べる者。それが守護天使」
「は、はぁ……」
「で?」
「へっ?」
「で? ミカたちは名乗りましたよ。で、貴女は?」
「ひっ、わ、わたしは、マーヤと申します……っ!」
「何やら地母神やら大地の女神を自称しているようですが?」
「それはおかしい。創世神がこの世界を創造したあと、神に管理を任せるようなことはしていないはず」
「その通りです! 創世神はカミト様にこの世界の管理を任せたのです! それなのにこの世界では女神とやらが蔓延っているのですから、これはゆゆしき事態なのですよ!」
「弁明があるなら聞く。なければ処す」
「ひぃーっ!?」
マーヤと名乗った女性は本気で凄んだ二人の圧に萎縮して悲鳴を上げた。
「ふ、二人ともちょっと落ち着こう。そんなに威圧したら女神様も萎縮してうまく話せないから」
「むぅ……」
「んもう、ご主人様は優しすぎです! 創世神のいない間に女神を僭称したものなど粛正の対象ですよ!」
「そんなことする気ないってば。ほらミカ。怒りを収めて……」
「むー。分かりましたけどぉ……」
渋々といった様子で二人は纏っていた威圧のオーラを引っ込めた。
それで安堵したのか小さく息を吐くと、マーヤは姿勢を正して俺に向かって恭しく頭を下げた。
「まずは代行者様にご挨拶を。我が名はマーヤ。およそ五千年ほど前に精霊となり、人々からの信奉を受けて地母神と呼ばれております。以後、よしなに」
「あ、これはどうも丁寧にありがとうございます。俺は
マーヤの挨拶に丁寧にお辞儀を返したあと、疑問に思ったことを聞いてみる。
「ところでマーヤさんは精霊? 女神じゃないってこと?」
「呼び捨てで結構ですよ代行者様。ご質問の答えですが、私は正確には大精霊と呼ばれる存在です。人と比べて大きな力は持っていますが神のような力は持たず……」
「じゃあ大精霊として大きな力を持っていたから、人々から女神様だって祭り上げられたってこと?」
「その通りでございます! 決して。決して自分から名乗った訳ではなく!」
「しかしその勘違いを否定しなかったのですから言い訳は無意味では?」
「女神を僭称したことは万死に値する」
「お、お待ちください天使様! 創世神が不在の間、
「むっ。なかなか口が達者ですね貴女」
「事実、私たち大精霊は人々が
「そっか。じゃあありがとうと言わないと。今までこの世界を護ってくださってありがとうございました、マーヤさん」
「ふぁぁ、だ、代行者様に頭を下げていただくことなどでは! これは大きな力を持ったものの義務のようなものですから……!」
「そうですよご主人様。世界が消失すればこの者も消失するのですから、世界を護るために力を使うのは当然です!」
「いや、でもなぁ」
創世神が放置していた世界を護ってくれていたというのなら、代行者になった俺にとっては前任者みたいなものなのだから、今までありがとうございました、と感謝するのは当然のことだ。
「天使様の仰る通りです。ですが今は代行者様がいらっしゃいますし、私たち大精霊もこれで肩の荷が下りたというものです。改めまして代行者カミト様のご来臨、心から嬉しく思います」
穏やかな微笑みを浮かべたマーヤさんは、恭しく頭を垂れながら改めて歓迎の言葉を告げてくれた――のだが。
「何を寝言を言っているのです? 肩の荷を下ろすにはまだ早いですよ?」
「へっ?」
「主様は代行者初心者。一人で世界を管理するには荷が勝ち過ぎ。なので大精霊たちは主様の手足となって働くように」
「そ、そんなぁ……!」
「何を嘆いているのです? これは大精霊たちにも大きな利のある話ですよ?」
「利、ですか?」
「ん。ご主人様のお側で働いていれば神精力を得る機会が増える。そうすれば魂の格があがるし、主様の許可を得ることができれば女神への昇格も夢じゃない。これは大精霊たちにとってもチャンス」
「なる……ほど」
「いや、あのマーヤさん? ミカたちのパワハラじみた言葉に従う必要はこれっぽっちもないんだからね?」
「いえ……分かりました。大地の精霊マーヤ、これからは代行者カミト様の下僕として働かせていただきます!」
「よろしい。……と言うことになりましたよご主人様♪」
「ん。さすが主様。大精霊を下僕にするなんてすごい」
「いやいや俺がやったことじゃなくて、ミカたちの交渉のお陰でしょ?」
「お陰だなんてそんなぁ~♪」
「主様のために働くのがルーたちの幸せ。だからルーたちの成果は全て主様のもの。よって主様すごい。証明完了Q.E.D」
「まったくもって証明完了できてないよ。マーヤさんは本当にそれで良いの?」
「大丈夫です。私は私の意志で代行者様の下僕になることを選択したのですから」
「本当に?」
「もちろんでございます。代行者様のお手伝いをすれば私たち大精霊にも大きな利のあることですので」
「利があるんだ。なら良かった」
利があるというのなら、それは強制的な従属ではなくビジネスパートナーのような公平な関係とも言えるだろう。
あとは俺がマーヤさんに対して、どれだけ公平に、しっかりとした利を提供できるのかに掛かっている。
その事実に対してプレッシャーを感じるが、それでも従属だの下僕だの言われる関係性よりも多少は心が軽くなる。
「今後、私は代行者様の下僕としてお仕えする所存。何なりとお命じを」
「命じる、と言われてもすぐにやってもらいたいことはないし……あ、そうだ。それならアリスたちのことをお願いしても良いかな?」
「お願い、とはどのような?」
「護ってあげて欲しいんです。彼女たちを」
「承りました。もとよりアリスは我が加護を授けし愛し子。我が全力を持って護ることを誓いましょう」
「頼みます」
マーヤさんに頭を下げる俺の横で、アリスとノアが口をあんぐりと開けて茫然自失といった表情を浮かべていた。
それもそうだろう。
なにせ自分たちの信仰の対象がいきなり現れたのだから。
「あ、えっと、その……本当に本物のマーヤ様なのですか?」
「ええ、そうです。アリス、ノア。貴女たちの祈りはいつも私に届いておりましたよ。人々を護るためにたくさん励んでいましたね。今までよく頑張りました」
「あ……」
「あたしたちはマーヤ様の教えに従ったまでです」
「教えは教えでしかありません。それを実践し続けてきたのは貴女たち二人の心の強さがあったればこそ。今まで本当によく頑張りましたね」
「ありがとう……ございます……!」
マーヤの賞賛を受けて二人の瞳が微かに潤む。
自分たちが心の支えにしてきた地母神信仰。
その信仰の対象が、今まで自分たちがやってきたことを賞賛してくれているのだから感動するのは当然のことだろう。
二人の様子を見て心が温かくなってくる。
(誰かに褒められるって嬉しいもんな)
兇獣の危険に晒される力無き人々のため、聖女と聖騎士としての役割を果たそうと必死に働いてきた二人にとってマーヤさんの言葉は心に沁みたことだろう。
「良かったね」
「うん……!」
「今まで頑張ってきて良かった……」
「ふふっ、これからは私も貴女たちの側に居ます。よろしくお願いしますね、アリス、ノア」
「はい!」
「もちろんです!」
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