第21話 やりたいこと:理想の土地を創ろう

 次の日。

 アパートを出たらアリスたちも起き出した頃だったので、俺は朝食の準備を始めることにした。

 今日の朝食はシンプルにバターを塗ってトーストした黒パンと干し肉で出汁を取ったスープだ。

 スープに使う干し肉はノアが進呈してくれたものを使う。


「私のアイテム袋には時間遅延機能はありますが『無限収納インベントリ』のような停止機能はありませんので。前々回の遠征のときに用意していた干し肉をそろそろ処分したかったので丁度良かったです」

「そうなんだ。じゃあ有り難く使わせてもらうよ」


 進呈してくれた干し肉はノアがアリスのために用意した最高級干し肉ではなく、アイウェオ王国の騎士たちに配給されている一般的な干し肉らしい。

 良くない匂いがする部分を削り取って干し肉を細切りにする。

 湧かした湯の中に干し肉を投入すると凝縮されたエキスが滲み出してきたのか、生臭いとも言える肉の匂いが溢れ出してきた。

 匂いを消すために刻んだハーブ、タマネギを投入し、皮のままトマトを投入する。


「本当なら皮を湯むきしたほうが良いんだけど、後で取り除けば良いか」


 木製のスパチュラ(へら)でトマトを軽く潰して煮込みつつ、隣で熱していたフライパンに切り分けた黒パンを乗せる。

 トースターを創ることも考えたが、あれば便利程度のものをわざわざ『神』スキルで創るのも気が引けたので止めた。

 何でもかんでもスキルに頼っていたら思考停止になるだろうし、どんどんやることが無くなっていくんじゃないか――そう思ったからだ。

 今、目の前にあるものでなんとかする。

 そういう気持ちを無くしたくはない。

 フライパンで黒パンを軽く炙り、その上にバターを載せる。

 バターはアイウェオ王都で購入したもので、濃厚というには少し乳臭すぎる匂いが気になるけれど、塩っ辛さと乳脂の濃厚な味がフィットしていて素朴な味の黒パンをうまく引き立てていた。


「できた。さあ食べよう」


 人数分の食器にスープを注ぎ、バターを載せた黒パンを配る。


「簡単な朝食で悪いけど」

「ううん。充分だよ。カミト様、ありがとう」


 スープの注がれた器を両手で受け取ると、アリスは口を窄めてスープに息を吹きかけた。


「フーッ、フーッ……んっ。美味しい……♪」

「それは良かった」


 皆が朝食を楽しむ様子を眺めていると心の中がフワッと温まる。


(誰かと一緒に朝食を摂る。それってこんなにも心温まることだったんだな)


 朝、起きて顔を洗い、朝飯も食わずに家を出る。

 通勤電車で満員の乗客に押し潰されながら、吐き出されるように電車を降りて会社までの道を歩く。

 そこには何の感動もなく、何の感慨もない。

 機械のように足を動かし、タイムカードをガチャンと押せば、次は流れてくる仕事を処理するプロセッサとして手足を動かす。

 定時で上がれるはずもなく、気が付けば日付が変わりそうになっていて、慌てて会社を出て電車に飛び乗る。

 コンビニ飯を餌のように食い、適当にシャワーを浴びてベッドに入れば、もう次の日の朝がやってくる。

 そんな日々を繰り返す内にいつしか歳も取り、物事に感動するような感覚が摩耗しきっていた。

 それが辛かったかと問われると……辛いということはなかった。

 ただなんとなく過ごす毎日は、それはそれで居心地の良いものだ。

 だけど。

 考えてみればいつも心の奥底にむなしさを感じていた。


「ご主人様? どうかなさいました?」

「元気無い?」

「そんなことないよ。ただ……こうやってみんなで朝ご飯を食べるのってなんか良いなって。そう思っただけさ」

「これからはいつもいつでもミカたちが一緒ですからね♪」

「ん。いっしょに美味しいものたくさん食べようね」


 俺の内心に気が付いたミカたちが優しい笑顔を浮かべながら寄り添ってくれた。


「……カミト様とミカ様たちって本当に仲良しさんだね」

「当然です。ミカは心も身体もご主人様のモノですから」

「ん。ルーたちは主様のことが大好き」

「そういうことです。もし邪魔するなら容赦しませんよ?」

「あ、あははっ、邪魔なんてしないよぅ」


 パンをあむあむと食みながら苦笑するアリスの横で、ノアがスープを冷まそうと息を吹きかけながら問い掛けてきた。


「それで今日はどうするのです? 昨日の話では町作りをするということでしたが。たった五人で町を造ることなどできないと思うのですが」

「舐めてもらっちゃあ困りますね。ご主人様がいらっしゃるのですから町どころか国だって余裕で造れますよ」

「国、ねえ。そもそも人が居なければ町も国も成り立たないでしょうに」

「人はあとで外から連れてくればいい」

「じゃあ人を連れてくる前におうちが必要だね」

「そうですが、まずは周辺の環境を整える必要があります」

「環境? ああ、魔物を狩ったりとか?」

「いいえ。まずは川をつくりましょう」

「…………へっ?」

「ちょ、ちょっと待って。川を造るなんて国家規模の大事業じゃない! たった五人でできるはずないわ!」

「大丈夫。できる。主様がいるから」

「俺? ああ、そっか。『神』スキルを使うのか」

「間違いではありませんが、『神』スキルで川を造るのは効率が悪いでしょう。なのでご主人様には『神』スキルを使って天地創造スキルを創って頂きます♪」

「天地創造スキル……?」

「あははっ、またすごいスキルのお話が出てきたねー!」


 呆れているのか、開き直ったのか。

 笑ったアリスが好奇心に瞳を輝かせる。


「天地創造は創世神だけが持つ特殊ユニークスキル。代行者の主様では使うことができない。だけど機能制限された簡易スキルとしてなら『神』スキルで創り出すことは可能」

「アルカディア限定の機能限定スキルとしてならご主人様でも可能ですよ♪」

「そうなんだ。じゃあ創ってみる」


 黒パンの最後の欠片を口の中に放り込んだあと、俺は頭の中で天地創造のイメージを固めていく。


(天地創造……つまりあれか? リアルタイムストラテジーゲームで周辺に資源パネルを設置していく感じかな)


 頭の中にマップエディタのようなインターフェースのイメージを固め――、


「『神』スキル!」


 いつものように声に出して『神』スキルを使うと、胸の中に熱い塊のようなものが生み出された。


「よし、『鑑定』っと。……うん、スキル化に成功したみたいだ」

「『環境エディタ』スキル、これですね。このアルカディア限定で地形を好きに設定できる機能みたいです」

「主様、さっそくやってみる」

「よし。『環境エディタ』」


 スキル名を口に出した途端、目の前にAR拡張現実式の半透過ウインドウが表示される。

 そこには俺を中心とした周辺のミニマップの他、環境パネルのようなものが表示されていた。


「どうやってやるんだろう。……こうか?」


 ミニマップとは別枠には山岳を示すアイコンや川や海、森などを示すデフォルメアイコンが表示されていた。

 そのパネルに指を添えるとパネルが浮き上がって指の動きに追従する。


「これを配置しろってことか」


 使い方を察してミニマップにアイコンを設置していく。


(今、俺が居るあたりを町の中心にすると仮定して――)


 まず町を造る予定の土地を大きく範囲指定して確保。

 そしてその範囲からだいぶ離れた北側に山岳アイコンを連ねる。

 その山岳から川を引っ張ってきて町予定地の東西南北に走らせる。

 町予定地の東西には森を設置。

 南の方には海があるが今のままでは少し遠いので、海岸線を操作して町予定地に近づける。

 町の周囲はできるだけ平らにしつつ土壌の質を操作。

 超高品質の土壌に設定する。


「ふぅ。こんなところかな」


 理想とする環境を構築できたことに満足しながら、半透過ウィンドウの片隅に表示されている『適応』ボタンを押した。

 その瞬間、腹の底に響く轟音と共に大地が大きく揺れた。


「きゃあ!」

「な、なんですか突然! もしかしてこれが地震というものですかっ!?」


 大地が揺れたことでバランスを崩してしまい、アリスとノアがへなへなと地面にへたり込んだ。

 そんな二人に駆け寄ろうとしたとき、俺は見た。

 大地から地面が隆起し、山脈ができていく様子を。

 大地から森が生み出される様を。

 真っ白いキャンパスの上に筆を使って水色の線を描くように、大地の上に蛇行した川が描かれていく光景を。


「なんだこれ……現実感なさ過ぎでしょ」


 まさに天地が造られていく様子を目の当たりにし、驚くことを忘れて呆気にとられた声が出た。


「あれだけの山脈であれば鉱石の調達も簡単ですね♪」

「川があって森があって海も近い。良い立地になった。さすが主様」

「ですです! さすがご主人様、完璧な配置ですよ!」

「は、ははっ、それは良かった」


 二人からの絶賛に何だか気恥ずかしくなっていると、俺と同じように呆気にとられていたアリスたちが何やら溜息を吐いていた。


「まさか創世の御業みわざをこの目で見ることになるなんて……」

「あははっ、カミト様ってほんと規格外だね。すごいなぁ……♪」

「すごい、なんて簡単は話じゃあないわよアリス! こんな神の御業を行使できるスキル、個人が持っていて良いはずがない!」

「それは確かに」

「ってあなたが納得してどうするのよっ!?」

「いや、ノアの言ってることが正しいって思ったからさー」

「別に正しくはありませんよ? ご主人様は創世神の代行者ですし、スキルはアルカディア限定のスキルですから」

「そもそも主様はこの世界の管理者。つまり何をしてもOK」

「いやOKじゃないでしょう!? そもそも大地を作り替えるのなんて反則中の反則じゃないですか!」

「それができるのが神」

「そうです。そしてご主人様は神の代行者なのです! ふふんっ♪」

「本当に神様の代行者なんだね、カミト様って」

「どうやらそうらしい」


 自分でやったことではあるが、こんなにも簡単に土地環境を作り替えることができるなんてさすがにやりすぎじゃない? と思わなくもない。


「全く。昨晩から驚きすぎて疲れたわ……」

「あははっ、ノアちゃんお疲れ様」

「アリスは平気そうね?」

「うん。なんだかもう慣れちゃったよ」


 ノアの言葉にアリスはクスクスと笑いながら肩を竦めた。


「それでカミト様。次はどうするの?」

「次?」

「うん。ここに町を造るために環境は整えたでしょう? だったらもう町造りに取りかかっちゃうのかなって」

「いいや、その前に造るものがある」

「造るもの?」

「アリスたちの家だよ。いつまでも天幕で過ごすのも大変だろ? だったら家を建てないと」

「家ですか。確かに必要ですけどどうやって……いや、愚問でしたね」

「そっか。カミト様のスキルがあれば家なんてすぐに建てられちゃうね」

「ああ。ついでに俺の家も建てるつもり」


 自分でもすっかり忘れていたが、アイウェオ王国まで旅をした理由の一つがこの世界の建物を見ておきたかったからだ。

 それが叶った今、自分の手で自分の屋敷を造ってみたい。


「家ってカミト様のおうち?」

「ああ。ミカたちと住めるように大きめな屋敷を建てようと思ってるんだ」

「そうなんだ。あのね、そのお家に私たちも一緒に住んじゃダメ?」

「へっ?」

「お屋敷を建てるんでしょう? それなら私とノアちゃんの部屋を作って貰えると嬉しいなって。ダメ、かな?」

「え、それはえっと――」

「だ、ダメに決まってます! 何を言っていますかこの元聖女は!」

「そうだそうだー。主様との愛の巣に邪魔者は入ってくるなー」

「あははっ、大丈夫大丈夫。カミト様とミカ様たちの邪魔はしないよぅ。でもお屋敷と私たちのお家、別々に建てるのは効率悪いでしょ? だったら一緒に住んじゃえば良いんだよ。ねっ、カミト様」

「えっ? あー、まぁ、そうかな?」

「ご主人様ぁ!」

「むぅ……主様はルーたちだけじゃ不満?」

「そんなことないよ。だけどこの島って魔獣がたくさん居るだろ? 一緒に住んでた方が何かと安全かなって。そう思ったんだけど……」

「そうだよ。私たちだけじゃ不安だよぅ」

「ほら」

「くっ……この元聖女、何やらふしだらな匂いがします……!」

「ちょっと! いくらミカ様といえど、あたしの親友をふしだら扱いするなんて捨ててはおけないわよ!」

「あははっ、まぁまぁノアちゃん。私は別に平気だよ?」

「あなたが平気でもあたしがイヤなの!」


 言い合いする仲間たちの姿に、自然と頬が緩むのを自覚する。


(仲間が側に居てくれるっていうのは、本当に嬉しいことだな……)


 家族と過ごしていた子供の頃のことを思い出す。

 あの頃、俺の周囲には言葉が満ちていた。

 家族との会話。

 友人たちとの会話。

 日々、言葉を交わし、笑い合い、時には喧嘩して――言葉が溢れ出していたあの頃を懐かしく思う。

 今、俺は第二の人生とも言える時間を過ごしている。

 言葉少なく黙々と生きていた前世を繰り返さず、会話に満ちた賑やかな人生を送ろう。そう心に決めた。


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