第2話(後編) やりたいこと:カレーが食べたい

「今はご飯が欲しいな」

「ご飯! 良いですねー!」

「ん。ルーたち、ご飯って初めて食べる」

「初めて?」

「ミカもルーもつい先ほどご主人様に創造された、生まれたばかりの存在ですから。知識はあっても経験がないのです」

「だからご飯、早く食べてみたい。ねっねっ。ご主人様、ルー、早くご飯食べたい」

「う、うん。分かった。じゃあ『神』スキルでご飯を出してみよう。あ、けどスキルの使い方って……」

「心の中で食べたいものを念じるだけでスキルは使用できますよ」

「俺のイメージが具現化するってこと?」

「その通りです!」

(それで神様は頭の中で好みの女の子のことをイメージしろって言ったのか)


 金髪巨乳少女のミカと、銀髪微乳少女のルー。

 二人とも容姿、性格、声――全てが性癖ドストライクなのは、俺が頭に浮かべたイメージを神様が読み取って召喚を手伝ってくれたからなのだろう。


「じゃあ、えっと……一人でスキルを使うのは初めてだから、どこまでうまく出来るは分からないけど。やってみるよ」


 初めてのご飯を食べるのが楽しみなのか、ミカとルーは期待に目を輝かせて俺を見つめる。

 こんな美少女にジッと見つめられることなんて前世では無かったから、なんだか妙に緊張してしまう。


(二人が初めて食べる食事……美味しいものを食べさせてあげたいけど、何を創れば良いかな?)


 二人にとって初めての食事なんだ。

 少しでも美味しいものを食べさせてあげたい――そして頭の中に一つの料理が思い浮かんだ。


「よし。カレーライスにしよう」

「カレーライス! それは数種類のスパイスで構成されたルーというものをお米に掛けて食べる料理ですね!」

「うん。日本の国民食とも言える料理だよ。好きな人も多いから、最初に食べる料理としては打って付けかなって」

「カレーライス、楽しみ……♪」

「じゃあ『神』スキルで創ってみる」


 期待の眼差しを浮かべる二人に答え、頭の中でカレーのことだけを考えた。


(カレー……弱火でしっかりと炒めたタマネギにじっくり火を通した牛肉……にんじん、じゃがいも、たまねぎをバターで炒めてほんの少しにんにくを入れて水を投入。それからじっくりことこと煮込んで、最後にカレールーを入れた、コクの深いとびっきり美味いカレーライス……)


 頭の中をカレーのことでいっぱいにしながら、一語一句しっかりと発音するようにスキル名を口にする。


「『神』スキル!」


 そう唱えた瞬間、洋食皿に盛られたカレーライスが出現した。


「うわっ、ほんとに出た……『神』スキル、すごいな」

「これがカレーなんですね! 美味しそうですご主人様!」

「すごい……! なんだか不思議な匂い……すごくお腹が空く匂い」

「気に入ってくれると良いんだけどな。でもこのままじゃ立ったまま食事をすることになるね」

「それならミカにお任せです!」


 洋食皿を手にしたミカが足で地面をトントンと叩くと、土がムクムクと盛り上がって机と椅子が出現した。

 公園などに備え付けられている、簡易的な椅子と机だ。

 これならみんなで座って食事ができる。


「すごい……それは魔法?」

「はい♪ 土属性の魔法を使って机と椅子を準備してみました。これでゆっくりご飯が食べられますね♪」

「ありがとう、ミカ」

「えへへ、これぐらいお安い御用です♪」

「ねっ、ねっ、それより早く食べよう。主様、ルー、早く食べたい!」

「うん。じゃあ食べようか」


 『神』スキルでスプーンを創造して二人に渡し、椅子に座ってカレーに向かって両手を合わせた。


「いただきます」

「いただきます!」

「いただきます……!」


 俺の真似をして手を合わせた二人と共に、異世界で初めての食事を始めた。


「ハグハグハグハグッ……!」

「うふふっ、ルー、がっつきすぎですよ?」

「だって、カレー、美味しい……!」

「そんなにですか? じゃあミカも――」


 カレー皿を抱え込んで掻き込むルーとは対象的に、ミカは楚々とした仕草でカレーを口に導いた。


「んっ、辛っ……」


 ルーの辛さに驚いたのか、辛さを誤魔化そうとしてミカはピッと舌を出す。


「だ、大丈夫? 少し辛く創りすぎたのかな?」

「いえ、大丈夫です! 予想外だったので驚いただけですから。じゃあ改めて、あー……んむっ♪」


 カレーを口に運んでもぐもぐと咀嚼するミカの表情がみるみると明るく輝く。


「んっ……凄いですカレー! すっごく美味しいです♪」

「ん。ルー、カレー好き!」

「そっか。二人の口に合って良かった」


 二人が嬉しそうにカレーを頬張る姿を見て正しい選択ができたことに安堵を覚えた俺は、二人に倣うようにカレーを口に頬張った。


「……あれ?」


 口の中に広がる味は確かにカレーだ。

 深みのあるコク、ピリッとした辛さ……自分好みの味わいが口の中いっぱいに広がっているのだが、何だか妙に物足りない。


(なんだろう?)


 味も普通に美味しいし、ミカとルーの二人も表情を見るに本心から美味しいと思ってくれているみたいなんだけど……。


「ご主人様、どうかされました?」

「主様、難しい顔してる」

「あ、ああ。大したことじゃないんだけど。カレーの味がなんだか妙だなって」

「ええっ!? こんなに美味しいカレーが、ですか?」

「ルーは美味しいと思ってるよ?」

「うん。確かに美味しいとは思うんだけどさ。何だか妙に味気ないというか、納得できないというか」


 食べたときに感じる満足感の無さ。

 喉を通って腹の中に落ちていった後に、何も残っていないような空しさを感じてしまったのだ。


(もしかして『神』スキルで創造したものだから、なのか?)


 材料を用意したワケでもなく、調理もせずに『神』スキルという超常的な力でポンッと出した料理だから――。


(いや、でも料理は料理。味も匂いも本物のカレーだ。そんなことが関係あるはずがない……と思うんだけど)


 自分が物足りないと思っているものが、ミカとルーの生まれて初めての食事だったと思うと悔しさが湧き上がってくる。


「……もっと美味しいものもあるんだけどさ。どうやら俺のイメージ力が足りなくて完璧に創造できていないのかもしれない」

「ということは、これから先、もっと美味しいものが食べられるチャンスがあるってことですね♪」

「ん。伸びしろしかない。ご飯ってすごい」

「……ははっ」


 そういう見方もあるのか――ポジティブな二人の返事に救われたような気がした。


「じゃあ二人にたくさん美味しいものを食べさせてあげる、っていうのを、俺のやりたいことの一つにしようかな」

「良いんですか!?」

「嬉しいけど、でもそれじゃ、主様が幸せになれないんじゃ……」

「そんなことないよ」


 誰かのために何かをしたいと思えること。

 それも幸せの形の一つじゃないか――今の俺にはそう思える。


「幸せを追求するなんてやったことがないから何が正しいのかは分からないけどさ。でも二人の喜ぶ顔が見られたら、俺はきっと幸せな気持ちになれるんじゃないかって。そう思えるんだ。だから異世界に来て最初のやりたいことは『二人に美味しいご飯を食べさせる』にするよ」

「ならミカたちは『ご主人様を幸せにする』を一番の目標にしますね♪」

「ん。ルーたちで主様にたくさん幸せになってもらうね」

「……うん。ありがとう」


 幸せにする、なんて生まれてこの方、誰かに言われたことが無かったから、どう答えて良いのか分からないけれど。

 だけど二人の真剣な気持ちが伝わってきた――そんな気がした。


「ではまずはご主人様を狙う魔物たちを蹴散らしちゃいましょうか」

「ん。ルー頑張る。ミカも頑張れ」

「へっ? 俺を狙う?」

「ご主人様の肉体は創世神によって作り替えられた特別製なのです。ご主人様の体内には『神精力プラーナ』が充ち満ちていて、魔獣や魔物からすると最高級A5和牛以上に美味しそうに見えちゃうんですよ」

「『神精力』を体内に取り込むことで生物の魂の格が上がる。それは人も魔獣や魔物も変わらない。だから主様の美味しそうな神精力を狙って、今、この周囲には凶暴な魔物がたくさん集まってきてる」

「ええっ!? そうなのっ!?」

飛竜ワイバーンの群れに魔猪デビルボアの群れ。ヒュドラにジャイアントベアーがたくさんやってきてますね。でも大丈夫ですよご主人様! ご主人様のことはミカたちがしっかりお守りしますから♪」

「こう見えてミカもルーも強い。具体的に言うとフォースデン世界最強」

「だから安心してくださいね♪」

「……うん。二人のことを信じる」


 初めて会ったばかりの人を簡単に信じて良いのか?

 そんな警戒はもう無い。


(真っ直ぐな視線を俺に向けてくれる二人のことを信じられないで、何を信じるっていうんだ)


 他人に笑顔を浮かべながら、心の内では警戒して一定の距離を置いていた前世。

 その前世を否定するつもりも後悔するつもりもないけれど、今世ではもう少し踏み込んでみたい――そんな気持ちがある。

 だから会ったばかりだけど二人のことを信じよう。

 俺はそう心に決めた。


「二人に任せる。だけど危険だと思ったら逃げて良いからな?」

「ふふっ、お優しいんですねご主人様。でも大丈夫です♪」

「ん。この程度の雑魚、ルーたちに掛かれば瞬殺」

「そういうことです。ルー、行きますよー!」

「おー」


 張り切るミカと、言葉少ないながらも乗り気なルー。

 二人は地面を蹴ると天使の羽を羽ばたかせて空へ飛び上がった。


「顕現せよ、『正義の剣ジャッジメント』!」

「おいで、『全てを刈り取るものエクスリーパー』」


 二人が天に向かって手を伸ばすと剣と大鎌が現れた。

 ミカの武器は太陽の如く黄金に光り輝く両手剣で、ルーの武器はルーの身体よりも大きい漆黒の大鎌だった。

 その勇姿を見て年甲斐もなく胸が高まった。


「すごい……二人とも格好いい!」


 天使の羽を羽ばたかせる美少女メイドを見て目を輝かせない男が居ようか?

 いや、居ない!


「えへへ♪ ご主人様に褒められて勇気百倍、殺意万倍です! ルー、ご主人様に良いところを見せるためにも全力でやりますよ!」

「ん。主様、ルーたちのこと、ちゃんと見てて」


 やる気(殺る気?)に満ちた笑顔を浮かべた二人は、広げた翼を大きく羽ばたかせて魔獣たちの群れに突っ込んでいった。


「ちょ、いきなり突っ込んで大丈夫なのっ!?」

「だいじょーぶですよー♪」

「平気平気ー」


 魔物の存在など意に介さず、まるでピクニックにでも行くような表情を浮かべながら二人は手に持った剣と鎌を振るった。


「全くもう! ご主人様との楽しい時間を邪魔する子にはミカがおしおきしちゃうんですから!」


 八つ当たり気味な言葉と共にミカが黄金の剣を振るうと、威嚇するように鎌首をもたげていたヒュドラの五つ首が一瞬で斬り飛ばされる。


「まだまだこんなもんじゃないですよー!」


 ヒュドラを瞬殺したミカは、大地を疾走する魔猪の群れに向かって片手を伸ばして魔法らしき力を発動させた。

 掌から発射された光の槍を思わせるレーザービームが地面に着弾すると、大爆発して魔猪たちを蒸発させる。


「むぅ。ミカ、獲物の一人占めはズルイ。ルーもやる」


 ミカの活躍を横目で見ていたルーが手にした大鎌を振るうと、大地を突進していた身の丈四メートルはある巨大な熊ジャイアントベアーが、電池が切れたように動きを止めた。


「『全てを刈り取るものエクスリーパーは名前の通り、存在を刈り取る鎌。ジャイアントベアーの魂の存在を刈り取った。だけどルーはまだまだこんなもんじゃないよ」


 俺に向かって自分の武器のことを説明したルーは、今度は空から大挙として押し寄せる飛竜ワイバーンを指し示した。

 その途端、ルーの背後から漆黒の槍が姿を見せた。

 現れた槍の数はざっと見ただけで百はあるだろうか。


「いけ。冥界の魔槍ヘル・ミッソ


 ルーの言葉に反応した漆黒の槍は、空を羽ばたいて押し寄せるワイバーンの群れに向かって一直線に空を走った。

 鋭い穂先を向けながら空を走ってくる不可思議な槍をやり過ごすため、飛竜の群れが空中で散開する。

 だがルーの放った漆黒の槍は散開した飛竜を追いかけるように軌道を変えた。


「逃がさない」


 そんなルーの言葉を実行するようにホーミングした漆黒の槍は、やがて飛竜たちの肉体に次々と突き刺さり――我が物顔で空を飛んでいた飛竜たちを全滅させた。


「ぶい」


 空中で羽ばたくルーはほんの少しだけ得意げに頬を染めながら、地上にいる俺に向かって得意げにVサインを見せた。


「ははっ、すごい……二人とも凄い!」


 全ての魔物を事もなげに撃破し、地上に舞い降りた二人を出迎えながら俺は心からの賞賛を送った。


「ふふふっ、これぐらい当然です♪ なんたってミカたちはご主人様の守護天使ですから♪」

「よゆー」

「余裕なんだ。ほんと強いんだな二人とも……。俺なんて魔物の姿を見ただけで足が震えていたのに」

「日本で生きていらっしゃったご主人様には刺激が強すぎましたか。でもこれでミカたちはご主人様を守れるって信じてくださいましたよね」

「うん。あ、でも疑っていたワケじゃないぞ? 二人を信じてたから」

「ルーたちはこれからも主様を守る。だからご主人様は安心して好きに生きていけばいいよ」

「ああ。こんなに強い二人が側に居てくれれば安心だな」

「はい♪ ところでご主人様。ミカたちが倒した魔物たちですが、素材を回収することをオススメします」

「素材? もしかしてゲームと同じように、魔物の素材を売ったりとか加工したりできるの?」

「もちろんです。フォースデン世界はいわゆる異世界ファンタジーな世界ですから魔物の素材は重要な資源の一つなんです」

「なるほど。でも回収って言っても、俺、解体とかできないよ?」

「大丈夫。だって主様には『神』スキルがあるから」

「そう言われてみれば確かに……。でも解体なんて生まれてこの方したことないからちゃんとイメージできるかな……」

「それなら『神』スキルを使ってスキルを創ってしまいましょう!」

「ん? 『神』スキルを使ってスキルを創る?」

「はい♪」


 そんなことができるの? と首を傾げる俺を見て、ミカがフォースデン世界のスキルについて説明を始めた――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る