第2話(前編) やりたいこと:眷属を召喚したい

【第二話】やりたいこと:眷属を召喚したい


 気が付くと目の前には平原が広がっていた。

 何も遮るもののない、視界いっぱいに広がる平原。

 そんな景色は今まで生きてきて初めて見た景色だった。


「北海道とか行くと、こういう景色がたくさんあったのかもなぁ」


 だが生まれてこの方、旅行したのなんてほんの数回だ。

 小学生時代の修学旅行は京都。

 中学生は鎌倉で、高校時代は大阪だったから、何も遮るもののない視界いっぱいの平原なんて見たことがなかった。


「大学には卒業旅行なんてなかったし、友人たちは卒業旅行なんてしたがるやつらじゃなかった。就職してからはずっと仕事ばかりで、まとまった休みも取れなかったし旅行なんてする機会、無かったからなぁ」


 突き抜けるような青い空を見上げていると、心が吸い込まれていくような――自分のちっぽけさを見せつけられるような気がする。

 ふと視線を空から落とすと、視線の先――ずっとずっと、ずーっと向こうのほうで空と地を分ける一本の線が見えた。


「すごい……地平線が見えてる」


 日本で生きていた頃、遮るもののない場所で遙か遠くの地平線を眺めたことなんてあっただろうか?


「はー……なんか圧倒されるな」


 覆い被さるように広がる青い空と視線の先で空地を分かつ地平線の雄大な景色。

 その景色を眺めていると自然の雄大さに圧倒されてしまって、時間が溶けていく気がする。


「って、このままボーッと景色を眺めて過ごしてる場合じゃない。異世界に着いたらまずは眷属を召喚しろって神様が言ってたっけ。だけど……眷属を召喚するってどうやるんだ?」

『それは今から説明するよー』


 首を捻っていると視界の片隅に突然、メッセージウィンドウのようなものが展開された。

 状況に驚いていると、メッセージウィンドウが更新されて次の文章が表示した。


『カミトクンの世界のゲームみたいなインターフェースにしてみたんだけど、どうかな? これならとっつきやすいでしょ?』

「これ、俺の声は……」

『大丈夫。聞こえてるよー。それじゃ今から眷属召喚のやり方を説明するからその通りにやってみて』

「分かりました」

『じゃあまずは頭の中にカミトクン好みの女の子を思い浮かべます』

「はっ? どうしてそんなこと――」

『良いから良いから! 言われた通りにやって』

「は、はぁ……」


 メッセージの指示に従って頭の中に自分好みの女の子を思い浮かべた。


(と言ってもアイドルとか女優には興味なかったし、好きな女性も特にいなかったから、思い浮かべるならアニメやゲームのキャラになっちゃうんだけど……)


 仕事の合間、仕事の辛さから逃避するために熱中していたソシャゲ。

 そのソシャゲでもかなり気に入っていたキャラクター二人の顔を思い浮かべた。


『おっ、金髪巨乳ヒロインと銀髪微乳ヒロインとは、カミトクンもオトコノコだねえ』

「なっ!? 人の思考を勝手に覗かないでくれますっ!?」

『あははっ、別に良いじゃん。減るもんでもないし』

「減りますよ! 主に俺の尊厳が!」

『あーはいはい。じゃあ頭の中に浮かべたイメージをそのままにして、『神』スキルって唱えるんだ。サン、ハイッ」

「『神』スキル?」

『もっとしっかりとした発音で! サンッ、ハイッ!』

「か、『神』スキル!」


 創世神のメッセージに従って腹から声を出すと、途端に目の前に白く輝く光の塊が二つ出現した。

 その光の塊は徐々に人間の形に変化していく。

 やがてその光の塊は生きた人間の少女へと変貌を遂げた。

 一人は太陽を浴びて宝石のように煌めく金髪の少女。

 もう一人は銀糸でできた髪を風に靡かせた銀髪の少女だった。

 金髪少女は純白の天使の羽を羽ばたかせ、銀髪の少女は美しい漆黒の羽を広げながら恭しく頭を垂れていた。


「ご主人様の御呼びにより参上仕りました♪」


 艶やかな金髪をサラリと靡かせた少女が、整った容姿に似合う可憐な声で挨拶をしながら微笑みを浮かべた。

 コテッと首を傾げる、編み込んだ一房の髪が少女の仕草を追従するように揺れて可憐さを際立たせる。

 その姿は完全に自分の好みドスライクで……思わず顔が熱くなった。


『へー、なかなか可愛い子たちを召喚できたねー。カミトクンいい趣味してるじゃん。それにメイド服を着て顕現するなんて。いやーカミトクンも男の子だねえ~』

「し、仕方ないでしょ! 神様に好みの女の子を思い浮かべろって言われたんだから!」

「あはっ、私、ご主人様に喜んで頂けてすごく嬉しいです♪」


 つぶらな瞳に満ちた好意的な感情を真っ直ぐに向けてくる少女の言葉に、顔の温度が一気に上がった。


「い、いや、その、なんかごめん」

「えっ? どうしてご主人様が謝罪するのです? 私、ご主人様好みの女の子になれてすごく嬉しいんですよ?」


 そういうと少女は俺の腕を抱え込んできた。

 二の腕に当たるぽよぽよとした柔らかな感触に顔面が赤く染まるのを自覚する。

 ――と、金髪少女の積極的なスキンシップに戸惑っていると、銀髪少女がどこか不満そうな声を漏らした。


「むぅ。私も居る」


 金髪少女に対抗するように俺の腕を抱え込む銀髪少女。

 二の腕に当たるささやかな柔らかさになぜだか妙にホッとする。


「主様に仕えるために顕現した。私、あるじ様の好みじゃない?」


 ウルッと瞳を潤ませて上目遣いで俺の顔を見上げる銀髪少女。

 ストンッと落ちるように真っ直ぐな銀髪が、少女が動く度にサラサラと音を立てるように風に靡く。

 可愛い女の子にそんな表情をさせてしまったことに罪悪感を覚えた。


「そ、そんなことないよ。その、君もすごく可愛いと思う」

「……えへへ、良かった」


 俺の言葉に安堵の表情を浮かべた銀髪少女が、不満げに尖らせていた唇を緩め、ニコッと笑って俺の二の腕に頬をスリスリと擦り寄せた。

 コロコロと変化する小動物のような銀髪少女の仕草に見惚れていると、メッセージウィンドウが更新された。


『初めての眷属召喚、成功おめでとう! お祝いにボクがこの子たちに名前をつけてあげよう』

「名前?」

『そうだよ。この二人は生まれたばかりでまだ名前を持たない存在だ。本当なら召喚主であるカミトクンが名付けるんだけど、この二人にはボクとの『縁』を繋ぐためにボクが直々に名を与えてあげる。そうすれば二人は創世神の加護を得てカミトクンのことを永遠に護る存在に昇格するんだ』

「それは有り難いですけど……。二人はそれで良いの?」

「はい♪ 創世神との縁を持てば、私たちはこれから永遠にご主人様のお役に立てますから♪」

「ん。ずっとずっと主様と一緒に居たい。……ダメ?」

「そんなことないさ! その、二人がそれで良いなら俺も構わない。神様、二人に素敵な名前をつけてあげてください」

『まっかせてー! それじゃ、真名まなを授けるね。金髪の少女、そなたはミカ・セラフィと名乗れ」

「はい!」

『銀髪のそなたはルー・クフェル。そう名乗りなさい』

「ん。ルーはルー」

『二人に創世神の加護を与える。この加護があれば全ての概念が保管されし創造の書庫『アカシャ書庫』へのアクセスが可能になる。二人ともカミトクンが幸せに生きていけるよう、しっかりと仕えるんだよ』

「ミカにお任せあれ!」

「ん。ルー頑張る」

『よし。じゃあボクはこれでお役御免だ。後のことはミカとルーの二人に任せてボクはそろそろ行くよ』

「行くって……これでお別れってことですか?」

『そうだね。これでもボクは大変忙しくてね。そろそろ次の世界を見回らなくちゃいけない時間なんだ。だからカミトクンとはこれでお別れだ。多分、二度と会うことはないんじゃないかな』

「そう、ですか……」


 自分が死ぬ原因を作った神様ではあったが、異世界で二度目の人生を歩む道を作ってくれた恩人でもある。

 二度と会えないと聞けば寂しくもあった。


『心配しないで。この世界のことはミカとルーの二人が全て把握しているから。全て二人に任せてカミトクンはのんびりと第二の人生を楽しめば良い。疲れたら寝て、やりたいことがあったら我慢せずに挑戦して。楽しい人生を送ってくれたら世界を進呈したボクも嬉しいよ』

「ええ。日本では出来なかったこと、やりたかったこと……この世界でやりたいこと全部やります!」

『その意気だ。それじゃボクはもう行くね。カミトクンの幸福を祈ってる』


 メッセージウィンドウに別離の言葉が表示され――やがて音もなくウィンドウは姿を消した。

 眷属として召喚した二人の少女がいるとは言え、異世界に放り出されたような――まるで迷子になっているような不安に襲われる。

 そんな俺の不安を見抜いたのか、ミカとルーはギュッと腕を掴んで身を寄せてきた。

 肌と肌が触れ合い、伝わってくる二人の体温は温かく――その温かさが俺の不安を消し飛ばしてくれた。


「不安に思う必要はありませんよ、ご主人様。ご主人様にはミカたちがついていますから♪」

「ん。ルーたちが主様のこと、しっかり護る」

「……ありがとう」


 寄り添ってくれる二人の言葉が心に染み、燻っていた不安がフッと軽くなった。

 まだ出会って間もない二人ではあるが、それでも寄り添ってくれる人が居ることが俺を勇気づけてくれる。


(そうだ。せっかくの第二の人生なんだ。不安がって縮こまっていたら前の人生と同じじゃないか。俺はこの世界でやりたいことをするんだ)


 人に迷惑を掛けて好き勝手に振る舞うつもりは無いけれど、我慢してばかりの前の人生とは違う生き方をしたい。


「そのためにもこの世界のことを知りたいんだけど……説明って、してもらえるのかな?」

「もちろんです! ではご主人様の忠実なメイドであるミカ・セラフィがこのフォースデン世界のことをご説明致しますね♪」


 ミカの前にホログラムで表示されたキーボードのようなものが現れた。

 ミカがそのキーボードを操作すると、空中に惑星の立体映像が表示された。


「惑星フォースデン。七割は海洋で三割が大陸を形成する水の惑星です。この割合はご主人様の居た地球とほぼ同じですね」

「地球と同じ……え? ミカたちは地球のことも知ってるんだ?」

「はい♪ 私たちは創世神の加護を得ていますから、他の次元のことも何でもお見通しなんですよ♪」

「主様のことも何でも知ってるから安心して」

「そうなんだ。それは少し恥ずかしいけど……でも有り難いな」

「うふふっ、ミカたちに抜かりなしです♪ さてお話の続きですが、フォースデンには大陸が七つあり、そこで多くの人が生活しています。人族ひとぞく、エルフ、ドワーフ、亜人に獣人、魔族――いわゆるファンタジー世界の住人たちがこの世界で生活しているのです」

「フォースデン世界は剣と魔法の世界。文明レベルは中世初期のヨーロッパ程度の文明と言えば、主様にはピンッとくるはず」

「なるほど。ナーロッパ……っ!」

「それです! ファンタジーロールプレイングゲームのような世界と思って頂ければ早いですね」

「定番。テンプレは重要。分かりやすいから。創世の仕事が簡略化されて便利って創世神が言ってた」

「簡略化……創世ってそんなことで良いのか? とは思うけど正直、それは助かるな。ということは俺も魔法が使えるってこと?」

「もちろんご主人様も魔法を使えますよ♪ だけどご主人様はそれ以上にすごいスキルをお持ちじゃないですか」

「創世神からもらった『神』スキル」

「ああ、そう言えばそうか」


 ミカとルー、二人を眷属として召喚できたのも、創世神からもらった『神』スキルのお陰らしい。

 だけど俺はその『神』スキルとやらの詳細を全く知らない。


「この『神』スキルっていったいなんなの?」

「『神』スキルはその名の通り、神と同じことができるスキルです♪」

「何がが欲しいと願いながらスキルを使えば欲しい何かが手に入る。例えば家。例えばお金。例えば女の子。スキルを使えば欲しいものが創れる万能創造スキル。それが『神』スキル」

「そんなにすごいんだ……」

「創世神が持っているのとほぼ同じスキルですから。このフォースデン世界であれば『神』スキルを使ってご主人様の望むものは何でも手に入りますよ♪」

「フォースデン世界の征服だって一瞬でできる」

「そんなことはしたいと思わないけど。でも俺が望むものかー……」


 俺が欲しいものって何だろう?

 そう考えた矢先、ぐぅ、と腹の虫が空腹を告げた。


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