第18話 やりたいこと:理想郷への帰還
ノアの頭上に振り下ろされそうになっていた剣の一撃を素手で受け止めたあと、俺は地面にへたり込んでいた少女に声を掛けた。
「ノア大丈夫? 立てるか?」
「あなたは……っ!」
「やあ。王都に入場した時以来だな」
「なぜあなたがここに……いえ、それよりどうしてそんなことができるのです!」
ノアの驚愕を示す声。
狼狽したノアの視線は、剣を掴む俺の手に向けて注がれていた。
「ああ、これ? どうやら俺はこういうことが出来てしまう奴みたいだ」
「できてしまうって……それはただの剣ではない、魔剣なのですよ!」
「へえ、魔剣かー。なんか格好いいなそれ」
「格好いいって、そういう問題では……っ!」
抗議を続けようとしたノアは、眉間を指で揉みながら大きな溜息を吐いた。
どうやら今は追求を諦めて頭を切り替えようってことらしい。
そんな俺たちのやりとりを、事態を理解できずに茫然と眺めていた男が唾を飛ばすような勢いで喚きだした。
「き、貴様ぁ! 突然現れてなんだ! なぜ貴様のような凡百の平民風情が我が魔剣の一撃を素手で受け止めることができるのだ!」
「まぁできたとしか」
「愚弄するな平民! その平民女ともども魔剣の錆にしてくれるわ!」
「あんた、ちょっとうるさいな」
耳をつんざくダミ声を不愉快に聞き流し、俺は男の身体を強く押した。
すると――、
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!」
突き飛ばされた男は宙を舞い、広場の中心にある噴水の中へ頭から真っ逆さまに落ちていった。
「これで少しは静かになった。二人とも無事か?」
手を払いながらアリスたちのほうを振り返ると、聖騎士たちと対峙していたアリスが走り寄ってきた。
「カミト様……っ! どうしてここに……っ」
「宿に居たらやけに外が騒がしくてさ。調べてみたらアリスたちがピンチだって分かったからミカたちと一緒に転移してきたんだよ」
「てん、い……はっ? 転移って、魔法っ!?」
「え、うん。そうだけど」
驚きの声をあげて固まってしまったアリスの横で、ノアが再び指で眉間を揉みほぐしながら呆れ口調で説明してくれた。
「……転移魔法というのは、遥か昔に失われたと言われる古代魔法の一つ。現在では使い手もいない、幻の魔法の一つなのよ」
「あ、そうなんだ。便利だよね転移魔法って」
「便利……はぁ~~~~~~っ!」
「カミト様はつくづく規格外の人なんだね」
「俺が? そうかな?」
「普通の人は軽く小突いただけで成人男性を吹っ飛ばすことなんてできないよ?」
「……確かに。そういう意味では規格外なのかも」
アリスに指摘されて改めて自分の人外っぷりを理解した。
「でもそれでアリスたちを助けることができたんだから、自分が規格外で良かったって思うよ」
言いながらアリスに向かって手を伸ばした。
アリスはその手を躊躇無く握り絞めた。
「ここから転移する。二人とも俺の側に」
「はいっ!」
「分かったわ」
「ミカ! 転移するぞ!」
「ちょっと待ってくださいご主人様!」
「どうした?」
「主様、あれ見て」
「あれ?」
ルーが指差す方向に視線を向けると、噴水に浸かっていたはずの騎士団長が立ち上がって異様な姿を晒していた。
身体から黒い靄が溢れ出し、瞳が爛々と赤黒く光って俺たちを睨み付けている。
その様子には既視感があった。
「お、おいミカ。あれってもしかして瘴気ってやつじゃ?」
「はい。あの男は瘴気を纏い、兇獣と化しています」
「でも近くに
「分かりません。そもそも人が兇獣と化すなんてこと、あるはずがないのです」
「あり得ないことが起こってる?」
「そうとしか言いようがありませんね」
「でもこのまま見過ごす訳にはいかない。主様。戦闘の許可を」
「……分かった。戦おう!」
「はい!」
「んっ!」
俺の指示に従って戦闘態勢を取る二人。
そんな二人に向かって兇獣と化した聖騎士団長が咆哮を放った。
耳をつんざく大声は、兇獣と化したフェンリルと対峙したときと同じように周囲の者たちの平静を奪った。
あちこちで聖騎士たちの悲鳴にも似た叫び声が上がり――やがてその聖騎士たちから聖騎士団長と同様に黒い靄が溢れ出した。
やがて大した時間も置かず、噴水広場に居た聖騎士たちが全て兇獣と化した。
「おいおい仲間を増やすとか聞いてないぞ! 兇獣ってそんな能力があるのか?」
「いいえ、そんな能力は持っていません。何かしらのカラクリがあるのでしょうね」
「それを調べるためにも全員ぶちのめす」
『シロ、頑張る!』
「ええ。ご主人様の護衛としてしっかり働いてもらいますよシロ」
『任せて!』
「まずはルーが全力で、行く……!」
そういうと同時に地面を蹴り、兇獣化した聖騎士たちとの距離を詰めるルー。
懐に入るとグッと腰を落として溜めを作り、
「吹っ飛べ」
ボソッと呟くと同時に鎧の上から渾身の一撃を見舞った。
ドゴッ! と鈍い音を発した瞬間、聖騎士の鎧が大きく凹み、身体が後方へと吹っ飛んで民家の壁にめり込んだ。
「ルーに続きますよシロ!」
『わんっ!』
ルーと同じようにミカが聖騎士に接近戦を仕掛ける。
前後左右から同時に襲いかかってくる兇獣騎士の一撃を難なく交わし、お返しとばかりに強烈な拳を振る舞う。
まるで舞踏会で踊る令嬢のように。
メイド服のスカートを翻し、ミカはスカートの中のガーターベルトを見せつけながら優雅に舞う。
拳を突き出し、蹴りを放つ度に兇獣騎士たちは派手に吹き飛び、壁に、地面に叩きつけられる。
その横ではシロがその機動力を活かして兇獣騎士と対峙していた。
強力な剣の一撃を回避し、牙で、爪で手傷を負わせていく。
重厚な鎧を切り裂く強烈な一撃。
それでも兇獣騎士は執拗にシロを狙って攻撃を繰り出す。
『むー! 面倒! あっちいけ!』
兇獣騎士たちのしつこさに唸ったシロは、後ろに飛びすさって距離を取ると、四肢で地面を踏みしめて大きく息を吸い込んだ。そして――。
「『
シロの口から青白い炎が噴き出して兇獣騎士たちに浴びせられた。
蒼炎の炎に包み込まれた途端、兇獣騎士の身体から溢れ出していた黒い靄が音をたてて蒸発し、騎士たちは気を失ってバタバタと倒れ込んだ。
「シロ、すごいな! さすが聖獣!」
『えへへ! ご主人様と繋がったら使えるようになったんだよ♪』
俺の声援に笑顔を浮かべ、シロは嬉しそうに喉を逸らして一声吠えた。
「シロには負けていられませんね。ルー、一気に殺ってしまいますよ!」
「ん!」
「出でよ我が愛剣『
「おいで、『
二人の声に呼応して太陽のように輝く黄金剣と漆黒の大鎌が姿を現す。
「なんだか胸の辺りから
「ん。変なのに影響されてるっぽい。でもそんなの関係無い」
「ええ。ご主人様の行く道を遮るものには
「行く……!」
得物を手にした二人は少しの躊躇もなく兇獣騎士の集団に突っ込んでいく。
剣を振るい、騎士たちを叩きのめすミカ。
鎌を振るって騎士たちを刈り取るルー。
二人は圧倒的な力で場を制圧していく。
「は、はは……なにあの強さ。意味が分からない」
メイドたちの活躍を眺めていたノアが呆れたような声を漏らした。
「あの二人は多分、この世界で最強の二人だからな」
「この世界? 変な言い方するんだね、カミト様」
「変、か。確かにそうかもな。それについては後で説明するよ。信じて貰えるかは分からないけど」
「信じるよ。カミト様の言うことなら」
「そんなに簡単に信じて良いのか?」
「うん。私が見て、感じて、決めたことだから」
「そっか。ならその信頼を裏切らないように俺も頑張るよ」
言いながら俺はアリスたちを守るために一歩前に踏み出した。
視線の先――魔剣を構え、俺たちに向かってくる聖騎士団長を見つけたからだ。
俺を睨み付ける目は赤黒くまるで血の色のように爛々と輝き、歯茎を剥き出しにした獰猛な表情を浮かべながら走り寄ってくる。
一歩、また一歩近付いてくる殺意の塊。
その殺意に気圧されて恐怖に心を鷲掴みにされる。
足は震え、手は冷たく冷え切り、全身の力が抜けていくのを自覚する。
だけど。
それじゃアリスたちを護れない。
ここが勇気の見せ所。
なけなしだとしても。
ちっぽけだとしても。
誰かを護るために必要なのは意志と勇気。
そして覚悟だ。
俺は拳を握り締める。
「来い!」
「グオオオオォォォォォ!!」
人の言葉とは思えない獣のような雄叫びを上げながら、兇獣と化した聖騎士団長が俺に向かって駆け寄ってくる。
手にした魔剣は一際激しく炎を吹き上げ、俺たちをまとめて切り捨てるために大きく振るわれた。
頭上からの一撃。
その一撃を防御するべく、俺は片手を魔剣に伸ばした。
「くっ!」
ズンッとのし掛かってくる魔剣の重みに耐えながら、俺は空いた片手を大きく振りかぶる。
拳に籠めるのは浄化の力だ。
「うおおおおおおおおっ!」
勇気を振り絞るために雄叫びを上げながら、聖騎士団長の胸部を力いっぱい殴りつけた。
その瞬間、握った拳から光が放たれる。
その光は拳を通して聖騎士団長の全身を包み込み、纏わり付いた瘴気を消滅させていく。
「性根を入れ替えて出直してこい!」
全身の力を振り絞りって拳を振り抜くと、聖騎士団長の身体はぐるぐると回転しながら吹っ飛び、派手な水音を立てながら真っ逆さまに噴水に落ちていった。
「はぁ、はぁ……は、ははっ、手が震えてら。格好悪い」
生まれて初めて本気で人を殴った衝撃に震える手。
その手をアリスが優しく包み込んでくれた。
「ううん、格好悪くなんてないよ。むしろ私は格好いいって思う」
「……ありがとう」
アリスの言葉に感謝を伝えていると、他の兇獣騎士を倒したミカたちが俺の下へと駆け寄ってきた。
「ご主人様、ご無事でしたか!」
「主様、大丈夫?」
「ああ、なんとかね。一人でもちゃんとやれたよ」
「さすがご主人様です!」
「ん。主様、よく頑張ったね。えらいえらい」
「それはルーたちもだろ。二人ともさすがだった。ありがとうな、守ってくれて」
「ご主人様のメイドとして当然のことです♪」
「でもご褒美を貰えるなら大歓迎」
「ははっ、それはまた今度な」
ミカたちに答えたあと、俺はアリスと繋いだ手に力を籠めた。
「遅くなったけど。迎えに来たよアリス。その……俺の側に居るんだろ?」
「うん……♪」
目尻に涙を浮かべたアリスが微笑みを浮かべながら胸の中に飛び込んでくる。
「あーっ! ちょ、ちょ、貴女! どさくさに紛れてご主人様に抱きつくなんて、そんなうらやまし、じゃなくてけしからんことをするなんて! ご主人様専属メイドのこのミカ・セラフィが不埒な真似は許しませんよ!」
「アリス! そういうのは良くない! まだ出会ったばかりの男に身体を許すなんて女神が許してもあたしが許さないわよ! アリスにはまだ早いんだから、さっさと離れなさーいっ!」
ミカとノアの抗議を聞き、俺とアリスは思わず目を見合わせて笑った。
「主様。お家へ帰ろう」
「ああ。帰ろう。俺たちの家、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます