幕間 暗殺指令
偽聖女アリスを追放した後、王太子は迎賓館の奥の間にある王族専用の一室で大司教や聖騎士団長と会談していた。
ワイングラスには平民が一生掛けて働いても飲むことのできない高級ワインがなみなみと注がれており、王太子は水代わりにワインをゴクゴクと飲み干していた。
酒気を帯びた臭い息を周囲に撒き散らしながら、王太子は上機嫌な様子で目の前に居る大司教に笑いかけていた。
「くくくっ、見たかあの平民の顔を。平気なような顔をしていたが、内心では恐怖に震えていたに違いない。溜飲が下がるわ」
「左様でしょうな」
「陛下の命令であったから孤児の平民などと婚約したが……私がどれほど屈辱であったのか、貴様には分かるまい!」
「心中お察し致します」
「いいか、大司教。必ずあの平民が国外へ出て行くのを確認しろ。二度と私の前に現れないようにな」
「はっ。しかし王太子。国外追放するだけでよろしいので?」
「ん? どういう意味だ?」
「教会が認定しただけのアマル嬢の『寵愛』とは違い、あの平民めの加護は女神より与えられた本物です。加護を持つ者が追放されたとなれば周辺諸国が取り込みに掛かるやもしれません。それを放置しては他国を利することになりますぞ?」
「なんだと! そんなことを許してたまるか!」
「ではどうされるので?」
「よし、殺せ! あの平民が国外に出たところで人知れず殺してしまえ!」
「よろしいので?」
「アイウェオ王国の障害になるのであれば殺すほかあるまい。それに偽聖女は所詮平民なのだ。王国のために死ぬ栄誉を与えてやることこそ、王太子である私の慈悲であろう。大司教よ、必ずあの偽聖女を殺すのだ!」
「御意。王太子の望みのままに」
誘導にまんまとはまり、暗殺指令を出した王太子の反応にほくそ笑むと、大司教は側に居た聖騎士団長に目配せした。
大司教の意図を悟った聖騎士団長は頷きを返して部屋から退出していった。
その後ろ姿を見送りながらモーブは高らかに笑っていた。
迎賓館を後にしたアリスたちは急ぎ足で城門に向かっていた。
「ねえノアちゃん。国外追放ってさ、何を持っていけば良いのかな?」
「なにって……路銀とか旅の準備が必要でしょうね。でも大丈夫。何があっても良いように遠征で使っていたアイテム袋を持ってきてるから」
そう言ってノアは腰に吊り下げた袋をポンポン叩く。
「路銀も野営の準備もできてるわ。最高級干し肉だってまだたくさんあるしね」
「そっか。さすがノアちゃんだね。でも……ねえノアちゃん」
「どうかした?」
「ノアちゃんは無理して私に付き合わなくても良いんだよ? 聖騎士になるためにずっと頑張ってきたのに、私に付き合って一緒に国を出て行くなんて……」
「あたしにとって一番大切なのはアリス、あなたなの」
ノアにとってアリスは光だった。
両親に奴隷として売り払われ、酷い主人の下をたらい回しにされたあげく、極悪テロ集団『滅世の果て』に攫われて邪神復活の生け贄にされそうだった幼いノアは、アジトに踏み込んできた騎士団に救われてアリスと同じ孤児院に預けられた。
世を憎み、人を憎み、誰彼構わず敵意剥き出しで噛みついていたノアを見捨てず、ずっと一緒に居てくれたのがアリスだ。
死にかけていた心を。
憎悪に染まり、壊れそうになっていた心を救ってくれたのはアリスなのだ。
だからノアは誓ったのだ。
己の命はアリスのために使うと。
アリスのために生きると。
「だからあたしはアリスについていく。これは絶対よ」
「うん……。ありがとうノアちゃん……えへへ」
何があってもついていく。
幼馴染みの宣言を聞いてアリスは安堵したように微笑みを零した。
「それよりも、よ。これからどうするつもり?」
「うーん……元々、教会から籍を抜いて国を出ようって考えてたんだし。国外追放されたんだからもう自由にしようかなって」
「じゃあ?」
「うん。このままカミト様に会いに行こっか」
「……そうね。それが最善の策でしょう」
「あれ? 反対しないの?」
「聖女であるアリスを国外追放するだけで終わるとは思えないわ。あたしはあの腐れ貴族の聖騎士団長がちょっかいを掛けてくると思ってる。それにあいつの側にいるメイドの二人があたしよりも強いのは確かよ。あの二人の側に居ればアリスが危険に晒されることはないと思う」
「追っ手かー。そこまでされちゃうかなぁ?」
「するわ。必ず」
アリスのことは自分が守りたい――そんな想いは確かにある。
だが、悔しいがあのメイドたちは自分よりも遥かに強い。
何があるか分からない以上、後悔しないように最善を尽くしたい。
それがノアの考えだった。
「とにかく。聖騎士団長が動く前にあいつに合流しましょう」
「うん!」
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