第15話 陰謀渦巻く祝宴


 カミトたちの爆買いが王都で噂になっていた頃。

 アリスとノアは兇獣浄化成功を祝う宴に招かれて王城へ向かっていた。


「なぜこの時期に祝宴が開かれるのか分からないわね。今までも兇獣を浄化したことはあったけれど、こんな盛大な催しはなかったのに」

「うん。どうしてだろうね?」

「なんだかイヤな感じ……アリス、気をつけてね」

「気をつけるって、何に?」

「それは分からないけど……王家と相談すると言っていた大司教からの連絡もないし。私たちの知らないところで何かが進行しているような気がするの」

「……ん。分かった。ノアちゃんの側から離れないようにするね」

「ええ。何があったとしてもアリスはあたしが守るから」

「ふふっ、うん♪ 頼りにしてるね♪」


 二人は気を引き締めて祝宴の会場である迎賓館の扉を潜った。

 目の前に広がる煌びやかな光景。

 天井からつり下げられた多くのシャンデリアがキラキラと輝き、祝宴会場を美しく照らしている。

 会場を埋め尽くす着飾った人々。

 上等なドレスに身を包み、煌めく宝石や貴金属で着飾った令嬢。

 ワイングラスを片手に談笑する貴族。

 机の上には数々の美食が並べられているが、祝宴の参加者は手を付けようともせず噂話に花を咲かせていた。


「……こんな祝宴を開くお金があるのなら、貧民街で一所懸命に生きている人たちに炊き出しでもしてくれれば良いのに」

「まったくね……」


 孤児院で育った二人はいつも思うのだ。

 華やかな舞踏会を開く金があるのなら、それをもっと国民に還元して欲しいと。

 だがアイウェオ王国では貴族と平民の格差は大きく、差別が蔓延っている。

 貴族は愚民を指導するのが役目。

 庶民は汗水垂らして働き、貴族に税を納めるのが役目

 本気でそう思っているのがアイウェオ王国の貴族なのだ。


「ほんと……いつ見ても反吐が出るわ」

「うん……」


 煌びやかな貴族たちを眺めていると、普段考えないようにしている不満が胸の内にモヤモヤと湧き上がってくる。


(孤児だった私が何を言っても誰も聞いてくれない。聖女だって祭り上げながら、貴族の人たちが私を見下してるのは知ってる。ずっと我慢してきたけど、やっぱりもう限界だったのかな……)


 兇獣による悲劇を繰り返さないようにと、アリスは聖女としてできるだけのことをやってきたつもりだ。

 だが何も変わらない。変えられない。

 それがたまらなく虚しかった。

 だからこそ地母神マーヤの神託に従う決心をしたのだ。

 もっと広く世界を知り、そして自分にできることをしようと。

 苦しむ人に手を差し伸べ、悲しむ人を慰め、力を持たない人たちを守りたい。

 それがアリスのやりたいことなのだから――。


「アリス」

「えっ?」


 ノアに声を掛けられてアリスは考え事を中断する。


「モーブ王太子が姿を見せたわ。しかも大司教とアマル男爵令嬢を引き連れて」

「そうなんだ」

「そうなんだって……一応、あの王太子はアリスの婚約者なのよ? なのにアリスのことをほったらかしにして別の女をエスコートするなんて!」

「大丈夫。私は全然気にしてないよ」

「気にしてないって……はぁ。婚約者として少しは怒りなさいよ」

「うーん……でも私と王太子は政治的なもので大司教様が勝手に決めたことだし。それに王太子とはあまりお話したこともないから怒る気も起こらないんだよね」

「興味無いってこと?」

「……えへへ。ダメかなぁ?」

「今となってはそれで良かったんじゃない?」

「うん。そうかも」

「……ふふっ。普段ポンヤリしてるのに、いざとなると強いわねアリスは」

「そんなにポンヤリしてるかなぁ? 私」

「うん、してる」


 クスクスと笑ったノアが長年連れ添った幼馴染みに向き直る。


「でもどんなアリスだってあたしにとっては大切な幼馴染みよ」

「ならポンヤリでもいいかな」


 目を見交わした二人が噴き出すように同時に笑った。

 そうだ。

 大好きな幼馴染みがいるのなら、どんなことでもきっと乗り越えられる。

 改めてそう思った二人の耳に貴族たちのどよめきが届いた。

 視線を向けたその先には男爵令嬢を引き連れた王太子の姿があった。

 王太子は横にいる令嬢の腰を掴み、親しげな様子を周囲に見せつけながら甲高い声を張り上げた。


「諸君! 私はついに決断した! この大いなる決断を諸君に伝えたい!」


 芝居じみた言い回しで声を張り上げ、周囲の視線が集中することに満足そうに微笑しながら王太子は言葉を続ける。


「この私、アイウェオ王国王太子モーブ・デ・アイウェオは国を憂い、民を憂い、国家のためにこの身を捧げてきた自負がある! そんな私を女神マーヤ様は認めて下さり、真なる聖女をこの国に遣わしてくれたのだ!」


 真なる聖女――聞き慣れぬ言葉に貴族たちが一様に首を傾げた。

 モーブは貴族たちの反応を無視して鼻孔を膨らませながら演説を続ける。


「教会にも認められた真なる聖女の名はアマル・タマル! 他ならぬ、私の横に並び立つアマル男爵令嬢こそが、女神マーヤからの寵愛を受けた真なる聖女である!」


 おおっ!

 モーブ王太子の宣言を受けて祝宴に参加している貴族たちがどよめいた。


「真なる聖女アマル男爵令嬢を得て私はついに決断したのだ! 諸君らにはこの私の大いなる決断を聞いて欲しい!」


 大仰な言葉で宣言するとモーブは祝宴の端に居たアリスを睨み付けた。


「聖女アリス……いいや、偽聖女アリスよ! 前に出よ!」


 王太子の言葉と同時に貴族たちの視線が一斉にアリスに集中する。

 侮蔑。好奇心。愉悦。

 貴族たちの視線に籠められた悪感情を向けられてアリスの背に怖気が走った。

 恐怖ではない。

 人の醜い側面を無理やり見せられたような――吐き気を催す臭気を感じ取り、生理的嫌悪を覚えたのだ。

 だがアリスは無表情を貫いた。

 どんな反応をしたとしても下卑た観客たちを喜ばすだけだと知っているからだ。

 アリスは毅然とした態度で王太子の前へと進み出た。


「ふんっ。相変わらず生意気な顔だ。私に何か言いたいことでもあるのか平民よ」

「いいえ。何も」

「そうか。くくくっ、はははっ! そうだ! それでいい! 貴様は平民なのだ。王族である私の命令を聞くのは当然のこと! ああ、私はとても気分が良いぞ!」


 アリスの反応に気を良くしたモーブが歯茎を剥き出しにして哄笑する。


「ではアイウェオ王国王太子であるこの私が命じる! 聖女を語った重罪人の貴様の国民権を剥奪し、我が王国から追放すると! この国からさっさと出て行くが良い、偽聖女よ!」

「御意」


 モーブの命令を無表情に受け止めたアリスは、さっと一礼するとその場から立ち去った。


「くくくっ、はーっはっはっはっはっ! 見ろ! 聖女ではなく悪女と成り下がった平民がすごすごと出て行く様を! 皆、笑って見送ってやろうではないか!」


 王太子に追従した貴族たちの哄笑がホールに満ち、出口へと向かうアリスとノアに降り注ぐ。


(こいつら!)

(いいよノアちゃん。私にとっては渡りに舟な話だったし。これで堂々とカミト様にお仕えすることができるから)

(だけど! アリスが今までどれほどこの国に尽くしてきたか! それを知らない者なんて居ないはずなのに!)

(別に良いよ。私がやりたくてやってきたことだし。感謝が欲しいとか、誰かに褒めて欲しいと思ってやってきたことじゃないから)

(くっ……)


 自分の代わりに怒ってくれる幼馴染みの存在を嬉しく思いながら、アリスは毅然と前を向いて迎賓館を扉を開いた――。



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