第7話 やりたいこと:商業ギルドに加盟しよう

【第七話】やりたいこと:商業ギルドに加盟しよう


 アイウェオ王国王都から離れた場所にある地方都市スタット。

 中規模都市であるスタットは、この世界によくある施設を備えた、そこそこ発展した都市だ。

 人口は三万人程度。

 日本でも地方の小都市がその程度の人数だから少なく感じるが、十キロメートル四方の街の中に三万人も住んでおり、地方都市としては充分栄えている街だ――というのがルーが教えてくれたスタットの情報だった。

 最初に異世界転移で訪れた場所『アルカディア』から転移した俺たちは、地方都市スタットからアイウェオ王国王都に向けての旅をスタートさせた。

 だが俺もミカたちもこの世界の身分証を持っているワケじゃない。

 まずはルーが街の中に忍び込んで誰もいない場所を探し、そこへ俺とミカが転移する――と言った形で街に入った次第だ。

 身分証の重要性を認識した俺はミカの薦めもあってまず商業ギルドを訪れた。


「ここが商業ギルド……」


 石造りの重厚な建物の中に一歩踏み入れると、広いロビーは多くの商人たちが商談を交わす熱気に満ちあふれていた。

 木製の床は人々の靴によってところどころ削れていて、この街のギルドが活発であることを示唆していた。


「おい、聞いたか? 王都から聖騎士隊を引き連れた聖女様が兇獣きょうじゅうの討伐に来てるんだそうだ」

「良かった。これで『リングヴィの森』を安全に抜けることができそうだ」

「あの森を迂回しなくちゃならなかったのは辛かったからな。利益が吹っ飛ぶ」

「そう言えば聞いたか『来訪者フォーリナー』の話?」

「ああ、勇者を名乗ってるあの男のことか。どうかしたのか?」

「それそれ。北の王国で騒ぎを起こして指名手配されてるとか――」


 あちこちで商人たちが交わす会話を聞くとはなしに聞きながら、俺は商業ギルドの受付嬢と向き合っていた。


「お待たせしました! 商業ギルド加盟のための書類をお持ちしましたので、こちらに必要事項を記入してくださいね」


 そう言って渡された紙に書かれた文字は俺が今まで見たことのない文字だった。

 アルファベットに良く似た文字で書かれた文章に目を落とすと、見たことのない文字のはずなのに自然と意味が頭の中に浮かんでくる。


(……見たことのない文字なのに意味が分かる。なんだこれ)

(『神』能力のお陰ですね。文字も書けますからご安心を)


 俺の背後にメイド然とした澄まし顔で控えていたミカが、『念話』スキルによって俺の疑問に答えを提供してくれた。


(『神』能力は本当になんでもできるんだな)

(なにせ神の力ですから♪)


 ミカの説明にそれもそうかと思い直した俺は、渡された申込用紙に必要事項を記入していった。

 記入するのは名前、屋号、主に扱う商材と商売方式だ。


「この商売方式っていうのは?」

「行商なのか、店舗を構えて商売するのか、ですね。その商売方式によって課せられる税率が変わってくるんです」


 受付嬢の話では行商は売り上げの二割が。

 店舗を構えて商売する場合は売り上げの三割が納税額になるらしい。


「結構取られるんだなぁ……」

「そうでもないですよ? 商業ギルドに加盟していない商人の場合は公認徴税官が売り上げを詳細に調査して税率を決めますから、四割、五割持って行かれるのが普通です。それを商業ギルドが各国と交渉してこの税率に抑えているんです。……その代わり商業ギルドの加盟料は少しお高めになっているんですけどね♪」

「ちゃっかりしてますねえ」

「ここがどこだか知っています? 商業ギルドですから♪」

「ははっ、確かに」


 商人の元締めでもある商業ギルドがガメつくないはずがない――そう言いたげな受付嬢の返事に俺は思わず笑いを零した。


「どうです? 加盟申請書は書けましたか?」

「はい。これで大丈夫ですか?」

「どれどれ……お名前はカミト・ジングー様? 珍しいお名前ですねー」

「ジングー、じゃなくて、ジングウ、です」

「なるほど。ジングウ、と。余り聞かないお名前ですね。どちらのご出身です?」

「ええと――」

「ご主人様は東大陸のご出身です」

「東方のご出身でしたか。確かに東方出身の方は不思議な名前が多いですもんね」

(ミカ、ありがとう。助かった)

(どういたしましてです♪)

「商材は主に魔物素材の取り扱い、ですか」

「生活用品や小物なんかも取り扱う予定ではいますけど、今のところはそんな感じです。もっと詳細に書いたほうが良いですか?」

「いえ! これで大丈夫ですよ。そもそもどんな商材でも商機を見つけてあきないをするのが商人ですから。商材なんてその都度代わりますしね♪」


 じゃあなぜ商材を記入する項目があるんだ……と思わなくもないけれど、商人の管理のためには必要な情報なのだろう。


「屋号はジングウ商会、商売方式は行商……はい、申請書に問題はありませんね。ではこちらをどうぞ!」


 受付嬢は申請書を引き取ると代わりに金属で出来たプレートを差し出してきた。

 日本の一般的な免許証サイズの大きさで、表面には申請書に書いたのと同じ項目の情報が記載されていた。

 そのプレートの片隅には一際大きくFと読める文字が書かれていた。


「こちらが商業ギルドの加盟を証明するギルドカードになります。ギルドカードは身分証明書代わりになるものですから絶対に無くさないでくださいね。あと、カミトさんは最低ランクのFランクからのスタートになります」

「Fランク……ランク制度があるんですね」

「もちろんです。……あっ! そういえば私、ランク制度についてのご説明をしていませんでしたね。いけないいけない、私ったらうっかりミス♪」


 ペロッと舌を出した受付嬢が自分の頭をコツンッと叩いた。


「商業ギルドに加盟した商人はFからSのランクに振り分けられます。このランクは年間の売上高や、ギルドに寄せられた依頼を達成して得られるギルド貢献度によって上げることができます」

「ランクが上がると何か良いことがあるんですか?」

「ランクが上がると商業ギルドに収める加盟料が値上がりしますよ♪」

「それだけ?」

「はい! それだけです♪」

「それって良いことでも無いんじゃ……」

「そんなことありません! とっても良いことですよ? 高額な年間加盟料を支払える資産があるということを公的に証明できますから、商業ギルドの信用度が爆上がりです♪ 商業ギルドからの信用度が上がれば商業ギルドの持つ人脈や影響力をフルに使って色んな相手と商売ができますから♪」

「なるほど。大きな商いをするときに有利になる、ってことですか」

「そういうことです。商人に必要なのは信用と人脈ですからね。カミトさんもじゃんじゃん稼いでギルドからの信用度を上げていってください♪」

「は、ははっ、頑張ってみます」

「はい、頑張ってください♪ ちなみにギルドカードの初回発行は無料ですが、登録後はギルドの年間加盟料を支払って頂く必要があります。Fランクは最低ランクですので金貨一枚になりますけど、すぐに支払えます?」

「ええと、今は持ち合わせがなくて――」

「ではカード発行から一週間が期限ですので、できるだけ早く支払うことをオススメしますよ! 期限が来るとカードは失効しますのでご注意を♪」

「分かりました。あの……商業ギルドは素材の買い取りとかってできます?」

「もちろんできますよー! 魔物の素材の場合、冒険者ギルドより買い取り金額は少し安くなってしまいますけど」

「それで大丈夫です。なら今持ってる素材を買い取ってもらって、そのお金で加盟料を支払おうと思います」

「かしこまりました♪ では素材を拝見させて頂きますので出してください」

「え、ここでですか?」

「ええ。ここは買い取り窓口も兼ねていますので。あ、大丈夫ですよ。私、こう見えて『鑑定』スキルを持ってますから♪」

「そうですか。じゃあ、えっと……」


 チラッと背後を振り返ると、俺の意図を察してくれたのか背後に控えてきたミカが横に並び、ぬの袋の中からいくつかの魔物の素材を取り出した。


「おっ! 商人の三種の神器の一つ、アイテム袋をお持ちとは! カミトさん、なかなかやりますねー!」

(アイテム袋ってなに?)

(物をたくさん持ち運びできる魔法マジックアイテム。ルーたちが持ってる『無限収納』は希少な特殊ユニークスキルだから、ミカは騒がれるのを防ぐためにアイテム袋から取り出したように見せかけてる)

(なるほど)


 ルーの説明に納得した俺の前で、受付嬢は目を輝かせながらアイテム袋から取り出された素材を見つめていた。


「すごい……すごいすごい! これってヒュドラの硬鱗こうりん鋭牙えいがじゃないですか! こんな貴重な素材、カミトさんはいったいどうやって手に入れたんですっ!?」

「え、いや、それは……」

「もしかしてご自分で討伐なさったとか!?」

「いや、まさか! は、ははは――」


 前のめりになって俺を問い詰めようとしてくる受付嬢に対してどう答えたら良いのか分からずに焦っていると、ミカが横から助け船を出してくれた。


「これは旅の途中、とある冒険者から譲って頂いたものです」

「とある冒険者? そんな太っ腹な冒険者が居たんですね」

「その冒険者とヒュドラが戦っているところにたまたま出会しまして。先を急ぐ必要があるから素材は譲ると仰ってくださったのです。男性一人と美女三人のパーティでしたね。とても強くて驚きました」

「男性一人と美女三人……あ、もしかしてその男性ってイケメンでやたらと女性を口説く男性ではありませんでした?」


 受付嬢の質問にミカは言葉では何も答えず、ただにっこりと笑顔を返した。

 その笑顔をどう解釈したのかは分からないが、受付嬢は得心のいった表情でウンウンと頷いた。


「やはりあのパーティですか。美女三人と聞いてピンッと来ましたが、あのパーティが魔物の素材を他人に譲るなんて。心を入れ替えたんですかねえ」

「あの……それで、この素材の査定のほうは?」

「ああ、すみません! 少々お待ちくださいね!」


 そういうと受付嬢は提出された素材を持って建物の奥に姿を消した。


「おい、聞いたか? あのがめつい自称勇者パーティが素材を譲っただと。天変地異の前触れかぁ?」

「さすがにウソだろ? えっ? ウソだよな? 誰かウソだと言ってくれ!」

「心を入れ替えたって、あいつらに人の心なんてあったのか?」

「商人よりがめつい奴らだからな……」


 俺と受付嬢の会話を聞いていたのか、ギルド内部で商人同士がヒソヒソと言葉を交わしていた。


(有名なのかな? 自称勇者パーティ……。ミカ、知ってたの?)

(いえ全く。受付嬢の質問を誤魔化すために適当な嘘をついただけです。でも男性一人に女性三人のハーレムパーティってそこら中に居そうじゃないですか)

(それもそうか)


 端から見れば俺も美少女メイド二人を連れたハーレム商人みたいなものだ。

 ハーレムパーティが居ても不思議じゃない。

 ――と、そんなことを考えていると、素材を持って奥に引っ込んでいた受付嬢が布袋を持って再び姿を見せた。


「お待たせしました! 鑑定終了です♪ こちらがヒュドラの硬鱗と鋭牙の買取額、併せて金貨五百枚です♪ すごいですねーカミトさん、一気にお金持ちじゃないですかー!」

「金貨五百枚なんてすごい……!」


 と、受付嬢の興奮に合わせてリアクションしてみたが、その金額が妥当なのか、どの程度の価値なのかは分からない。


(ミカ、あとでこの世界の貨幣価値について教えてくれる?)

(喜んで♪)


 ミカと念話で会話しながら受付嬢から布袋を受け取り、その中から金貨を一枚取り出した。


「じゃあこれ。年間加盟料の支払いってことで」

「はい、確かに♪ これでカミトさんは一年間、商業ギルドに身元を保証された商人として活動できます。年間加盟料の支払いはどこの商業ギルドでも受付していますから一年後もご商売を続ける場合は必ず支払ってくださいね? 延長の猶予は二週間ほどしかありませんから」

「もし支払えなければどうなるんです?」

「再び年間加盟料を支払って頂くまでギルドメンバーの資格停止処分が下されます。そのあと支払う加盟料は罰金を含んだ金額になりますからご注意を♪」

「ちなみに罰金ってどれぐらい?」

「十割増しです♪」

「うわっ……それはエグい」

「商人にとって一番大切なのは信用です。期限を守らない人、ルールを守らない人を信用なんてできませんよね? それを戒めるための罰金制度ですから」

「なるほど。期限を守っていれば問題ないってことですね。納得です」


 期限、ルール、約束。

 そういったものを軽々しく扱う人が信用されないのは、日本でもこのフォースデン世界でも同じということだ。


(俺も気をつけよう)


 やりたいことをやるためなら何をしても良い、ってワケじゃない。

 ルールや約束をしっかり守りながら、人に迷惑を掛けずに異世界でやりたいことをやる。

 それが第二の人生を楽しく過ごすための俺の基本方針だ。


「以上で諸々の手続きは完了しました。他にご用はございますか?」

「いえ、今のところは特にありません」

「良かったです。もし何か疑問がございましたら最寄りの商業ギルドにご相談くださいね。私たちギルド受付嬢が誠心誠意、懇切丁寧に対応しますので♪」

「分かりました。そのときは是非」

「はい♪ 以上、スタット商業ギルド受付嬢ティントでした♪ カミトさん、良いご商売を♪」




 商業ギルドを後にした俺はずっしりと重い布袋の中身を確認しながらミカの説明に耳を傾けていた。


「この世界の通貨はガルドと言い、金貨、銀貨、銅貨が主に流通する貨幣ですね。銅貨十枚で大銅貨一枚、銅貨百枚か大銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で大銀貨一枚、銀貨百枚か大銀貨十枚で金貨一枚に値します。日本円で言うと、銅貨は百円、大銅貨は千円、銀貨は一万円、大銀貨は十万円、金貨は百万円ってところです」

「大金貨とか白金貨とか色々あるけど、基本はミカの説明通り」

「えっ、じゃあこの袋に中には五億円が入ってるってこと!?」

「ヒュドラは危険度の高い魔物。あの素材なら妥当な額だと思う」

「そうなんだ。……ん? 待てよ? じゃあ商業ギルドの年間加盟料の金貨一枚って日本円で百万円? それってすごく高いんじゃない?」

「ん。高い。でもそれぐらいのお金が無ければ商人としてやっていけないから、別にぼったくりというワケじゃない」

「なるほど。資産があるかどうか、そこでふるい分けるって感じか」

「そうですね。ちなみに冒険者ギルドの登録料は銀貨一枚です」

「商業ギルドよりだいぶ安いんだな。俺も冒険者ギルドへ登録しておいたほうが良いかな?」

「今のところは必要ないと思いますよ?」

「素材は商業ギルドで売れるし、ルーたちは解体スキルも持ってる。冒険者ギルドにお世話になることは今のところ無い」

「そっか。なら今は良いとして……このお金、どうしよう」

「まずは馬車を買うと良いと思う」

「そうですね。王都まではそれなりの距離がありますし、さすがに徒歩で旅をするワケにはいかないかと」

「他にも旅の準備を整える必要があるな」

「はい♪ 王都までの旅に必要なものはミカたちがピックアップしますので、安心してお任せくださいね♪」

「ん。ルー、頑張る」

「ああ。頼りにしてるよ」


 俺たちはスタッドの街を駆け回り、馬と一頭立ての幌馬車を購入した。

 他にも食料や調味料、料理道具や携帯用の寝具など多種多様な旅の必需品を揃えると、魔物素材を売って得たお金が半分ほど飛んでしまった。


(馬車や馬って結構高いんだな。まぁ日本で言えば車やバイクに相当するんだからそれも当然か)


 この世界の常識を知れて嬉しく思いながら、明日の早朝に出発することに決めて今日は宿で休むことにした。




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