第11話

「さぁ帰りましょう。こんな汚いところにいる必要はないのよ。あなたは正しかったわ。

たとえ今は負けても、いつか必ず勝つことができるわ。」


その言葉に男はさっきからイライラしていたのだ。


何だ、この胸に広がる敗北感は。私は勝ったのに、勝ったのにー!


彼は机にかけよると椅子に座った。そして机の上にその2本の太い腕を投げ出して、くり返しつぶやいた。

「あぁ、あぁ、私は今何故こんなに苦しいのだ。

私は人がうらやむ地位も名誉も財産もこの手で築きあげた。 何を恐れることがある...何も恐れることなんかない、ないんだー」

そう言う彼の全身にはあぶら汗がふき出て、口からはよだれが出て、がくがくと震えていた。ついに彼はこらえきれずに叫んだ。


「 誰か!誰かあっ!教えてくれ!この私にはいったい何が足りないんだ! 何をこんなに欲しているんだ!母さん 私はいったいどうすればいいんだー!」


何が足りないって?ー全てさ。


意識は答えてやった。 しかしあまりに小さいその声はもはや彼の耳には届かない。


おまえの世界そのものが全て、机の上に築きあげられていったんだ。 その小さな小さな机の世界からおまえは一歩も出ていない。

あの哀れな若者との違いが知りたいんだろう?

確かにあの男は 地位も名誉も財産もないが立派な心を持っている。そして姿も心も美しい妻がいる。

さっきも見ただろう。 2人は貧しいがお互いを助けあってお互いの世界をわかちあって生きているんだ。 おまえにはそれがわからなかった。

だが今さら自分を否定することもできず一 あの2人を消そうとするんだ !



場面は急に豪華になった。たくさんの立派な正装をした人々。 その中には犠牲になるはずの若い学者夫婦がいた。意識は自分を探した。 いた。この上なく邪悪な笑みを浮かべて2人をじっと見据えていた。

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