第3話

少年は腕をのばして暗闇のさらに深いところを指した。 子どもは大きな顔を重たそうに動かしてそちらを見た。


少女がいた。まだ10才になるかならないかの小さな少女だった。 肩までの黒い髪をおさげにしてうつむきかげんに歩いている。その自には涙のつぶをいっぱいにため、顔をまっかにして。

「うっ…。」


一瞬顔がひきつった。子どもは彼女が唇を思いきりかみしめたかと思った、が…


「口が…ない。」


子どもはのけぞろうとしたが、その時頭がぐらっと揺れた。

「うわわ…」しりもちをついた。

「彼女はね、おしゃべりの罰を受けているんだ。」

冷たい顔をした少年が言った。

「彼女は生きている時、学校でも家でも友だちをつかまえてはおしゃべりしていたのさ。でも話すことはいつも友だちの悪口とか、くだらないテレビのこととかろくなことを言わなかったんだよ。笑うとね、口元がきたなくゆがむんだ。けっこう可愛い子なのに。 でも一番いけなかったのはウソをついたこと。彼女のお母さんに お父さんは事故にあって 死んだって 言ったんだ。


その日彼女のお父さんは出張でいなかったんだね。 事故現場はその近くで悪いことにお父さんと同じ会社の同じ年の人が死んでいたのさ。 それを聞いて彼女のお母さんは倒れこんでしまった。彼女が怖くなって外に飛びだしたところに車が走ってきて…。一瞬の出来事だったけど、彼女は即死さ。だからここに来た。彼女は口を失くしてしまった。もう話すことも笑うこともできない…。」


少年はふうっとため息をついた。遠い目をして、悲しんでいるのか あわれんでいるのか...きっとその両方だろうと子どもは思った。



この男の子はあの子と自分の不幸を重ねて見ているんだろう、と思った。僕だってーと彼は自分のあわれな姿を見た。頭が重い。細い首からおちそうになる頭をひょろひょろした腕が支える。 彼は泣きたくなった。その場にくずれるようにしてへたりこむ。何で….何で僕たちはこんな姿に…おかしいじゃないか。何で、何でだよう…。


ふと気配がした。この場に、頭の大きい子どもと

少年以外の誰かがいるのか。


(少女は別の次元にいるらしく、こちらに気づかないのだ

。) そいつはやはり10才前後の子どもらしい。


「さっきから話をきいていたけど、君は彼女を誤解している。 それは目の見えない僕にも、いや見えないからこそ、 わかるんだ。」

2人の前に姿を現わした彼の目はなかった。


「また君か。」

少年はうんざりしたように言った。


「君もあの子と同類で、いやもっとたちの悪いやつでー

動物をよくいじめていただろ。動物の心がわからなかったんだ。

だから見る目のないやつってことで目を取られたのさ。 けど勘がいいから次元をこえてここにこれるのさ。 君、彼をよーく見てごらん。」


少年に言われて子どもはめんどくさそうに頭を動かして 目のないやせた子どもを見た。 「!?」


やけに透明だ。みけんにしわをよせて じっと見るとそいつは実体のない影のような存在であることに気づいた。 本体は別の次元にあるらしい。


「僕が彼女を誤解しているだって?どういうことだか説明してもらいたいね。

もっとも僕の考えの方が正しいのだろうけど。」

青白い顔の少年はクックッと笑った。


しかしなんという渇いた声、第一目が、表情が、少しも笑っていない。そして子ども(頭の大きな)はこの時少し彼を憎んだ。


彼が自分にとって足りないものだという考えは間違っていたのかも しれない。大きな頭をぐらりとうつむかせた。その時目のない子どもが拳をにぎった。


「違うんだ、聞いてくれ。」

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