第17話 西へ行く月
重苦しい分厚い学ランを脱ぎ、白い腕を露わにさせ、皮膚にかざした。
私はつい鈍痛のような悲鳴をあげた。
小骨が突き刺さったように咽喉が焼けているように感じる。
血、と告げる前に風は冷淡だった。
少年の足がするり、と動いた。
その丁寧な歩みも風の通り道のようだった。
バックにある斜陽が光琳蒔絵のように美しい。
孤独を深める滑走路にいるのは私たちだけだ。肩まで届きそうな髪も風と呼応している。
ベージュ色の夕明かりに照らされたアスファルトの漏れた光の環が手を振るように通り過ぎていく。
少年は夭折した歌人のように歳月の栄光を見ない。
言葉のナイフ、というけれども切られる皮膚が真空にさらされているほど爛れてしまっているのがここにいる私たちだ。
手の甲に浮かび上がった鎌鼬のように心が傷ついているとき、私にもあると思う。
透明な境界線に立たされ、通り過ぎる残像のように見つめるしかなかった。
西へ行く月。
その弱々しい声は篳篥のような声に感じられる。
心の箱庭に一輪の赤い花が咲き誇る。
空は青鈍色だった。
少年は不敵に笑みを浮かべ、手を振る。
初対面でないにも関わらず、初対面のふりをするかのように礼儀正しく手を振って。
どんなに足掻いても少年が過ごした歳月には辿れない。
どんなに異次元をワープし続けても。
駄目だ、と諦めかけたそのとき、私は地味に痛い光を浴びた。
まだ露草色の視界は秋の気配を連れていた。
頬が何となく、べたべたしている。
寝ている間に涙が滲んでいたんだ。
こんな体験、生まれて初めてだった。
瞼に温かい涙が割れ込む。
目覚まし時計を見るとまだ五時前だった。
朝が憂鬱なんて誰が決めたのだろう。
スマートフォンの画面と格闘するとまだ住民たちは活動を再開していないようだった。
そういや、燕の審査の結果って、と思い、タップして検索エンジンにかけると受賞結果の一覧がニュースになっていた。
そこに燕の名前はなく、真さんと同年齢の若い男性が受賞した、と書かれてあった。
自分の結果でもないのに私は受験生の中でただ一人だけ不合格の通知を受理したかのように錯覚した。
何かやばい予感がする。
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