第2話 朝凪


「一晩中、鳴り響く落ち葉が揺れる音に風が通ったっていう意味」


 燕はスマートフォンの解説画面を棒読みしながら言った。


 要するに何となくのフレーズの韻で判断したらしい。燕の言語感覚には豆電球のような閃きが左右しているのだろう。




 本人も高尚な意味合いで短歌を詠んでいるわけではなく、自然本能として言葉を操っているのだ。


 私も燕の真似をして、その短歌雑誌を購読し、応募葉書に短歌を書いてから応募してみたところ、佳作にも掠りもしなかった。


 私の才能は枯葉だよね、と真さんに話したら違うよ、まだ十代なんだし、蓋を開け続けないと分からない、と変に慰められた。


 



 私たちは厳格なルールのように朝凪に行き、ミルクティーを頼んだ。


 ハンバーガーショップとはいえ、毎回のようにハンバーガーを頼むわけではない。


 朝凪は肉厚なパティと濃厚なチェンダーチーズ、これでもかとアボガドと辛いチリソースが一押しの売りだった。


 ローカル雑誌でも紹介される、ちょっとした名店のような立ち位置である、朝凪には夕方であってもお客さんが数人はいた。


 本来ならば、身内が入り浸るのはおこがましいのかもしれないけれども、燕のお母さんは特段と注意を促すわけもなく、私たちは居座れている。


 水滴の向こうに燕の欠伸した顔はモザイクがかかったかのように見える。




「なあ、真さん、今日は似合わない笑顔を振りまいているぜ」


 店頭で真さんは人が変わったかのように応対している。


 さほど人間観察が苦手な人でも見抜けるほどうまくない作り笑い。


 お釣りを渡した腕には生々しい赤い傷が刻印されていた。


 その明らかに故意によるものだ、と分かる生傷にお客さんが顔をしかめたように私は受け取った。


 その一瞬の拒絶が緩くなるのは真さんの顔を見たときから変わる。




 陰鬱な奥二重に影ができそうな睫毛、日に一度も当らなそうな白い肌、控えめな薄い唇に高めの鼻梁、一度も染めたことない漆黒の前髪が風に揺れると、専業主婦らしいおばちゃんは恭しく頭を下げた。


 この店が繁華街から離れた路地裏にもあるにも関わらず、一定数の人気を保っているのは真さんのおかげなのでは、と私は納得している。


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