夜落葉 この恋を57577では詠めない。

詩歩子

第1話 恋の短歌


 恋の短歌が詠めない。


 三十一音では恋する私も描けない。


 どうして、燕はいとも簡単に歌を詠めるのだろう。


 私には燕の才能にジェラシーを感じられずにはいられない。


 今日も学校が終わったら燕のお母さんが営むハンバーガーショップ、朝凪に入り浸ろうと思っている。




 燕は何の変哲もない高校生だ。


 とりあえず、履歴書通りに書けば、アルバイトの面接でも驚きもされないけれど、燕は何と中学生最後の年にとある短歌雑誌の読者歌壇に片手間に投稿したところ、それがいきなり特選に入選し、かなりの大騒ぎになった。


 私の母校は県大会でサッカー部と野球部がベスト五位に入っただけでも横断幕が掲げられるような平凡な学校で、全国規模の大会での優勝や全国規模のコンテストなど縁も所縁もないのだ。


 市内の交流試合で優勝したら御の字で、大多数の生徒は受賞などの恵まれた機会もないまま、卒業していく。


 いつもは燕に生徒指導する強面の先生たちも目を丸くし、あの燕君が? と称賛を送った。




 燕は私の幼馴染だった。私の住むマンションの階下に燕のお母さんが営む朝凪があり、幼い頃から私は暇さえあれば、燕のいる朝凪に出入りしていた。


 マンションの一階にある店舗なんて普通は喫茶店じゃないの? と私が前に燕に聞いたら、喫茶店じゃ、客が来ないんだよ、採算が取れないんだ、と膨れっ面で燕は愚痴っていた。




「あのさあー、真さんが俺にこう言ったんだってー。『年上の女性が年下の男性と同棲する様子を若い燕を囲むっていうんだ』って。あいつクールな面構えしていて大胆なんだな。俺は同年代の女子よりも素敵なマダムのヒモになったほうが何倍もマシなんですけどって言い返したらあいつ、笑っていた! 何か腹が立つ! 俺の方が短歌でも結果を出しているのに真さんったらジェラシーくらい隠せばいいのに」


 真さんは朝凪に働く二十代半ばの男の人だ。


 私が中学生のときに朝凪で働くようになり、入り浸った私たちが声をかけても基本無口の人。




「なあ? 椿だってそう思わないか?」


 燕の自画自賛に背中は痺れる。


「どうかな。私は分かんない」


 燕がおっちょこちょいで甘ったれなのは私もよく知っているから正直なところ、真さんが指摘した点は的を射ていると思ってしまったのだ。本人の前では口が裂けても言えないけれども。




「夜落葉っていうフレーズ、カッコいいよな」


 話を唐突に変更した燕に対して、夜落葉? と私は切り返した。


「熊谷直好という歌人が残した和歌にあったんだ。この前、国木田独歩の小説を読んでいたら引用されていたんだ。夜落葉。夜もすがら木の葉かたよる音きけばしのびに風のかよふなりけり、って」


 



 高校生で国木田独歩なんてかなり背伸びしている。


 どれだけの高校生が国木田独歩の愛読者なのか、知る由もない。


 読書感想文でもわざわざ選びそうにもないし、一生読まずに平穏な人生を過ごす人も大多数なのでは。


 夏目漱石や太宰治などの文豪をよそに目立たない、国木田独歩の名前を覚えていた私もかなり珍しいタイプに入れられるんじゃないか、と便覧に記載された国木田独歩の曖昧な顔かたちを浮かべながら思った。




「意味はどうなの?」


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