第3話

「おはよう、今日はどうする?」

「今日か…」

「柚香の家に行った時から、どんぐらい経った?」

「…1週間ぐらい?」

「そうか…」

柚香の家に行った以来、体調がすぐれない日が続いた。

食事もあまり喉を通らず、コンビニにごはんを買いに行けば、その階段で息が切れてしまうほどだった。

「今日は久しぶりに、体調がいいな」

ふとレイを見ると、レイは皿に盛ったポテトサラダをフォークで食べていた。

「お前、意外とそういうのが好きなんだな」

「猫の気持ちより、大分おいしいもん」

レイは、それを食べながら、あとやり残したことは?と英二に返した。

「やり残したことかぁ」

英二は、スマホをスクロールしながら、過去の写真を見ていた。

するとレイは、パッと駆けてきて、英二のスマホを覗き込んできた。

「それ誰?」

「親友。あとフォーク置けよ」

英二は、窓際を見ると、日光が部屋に差して、冬空は雲一つない青色だった。

「こいつらにも、伝えにいくか」


ー千葉県、成田市

大型ショッピングセンターの隣、少し脇道を逸れた場所にある、小さな古民家的なカフェに英二は座っていた。

カランカラン、とドアの鈴がまた鳴った。

「英二!」

満面の笑みで英二を見た、赤いニット帽に、白いパーカーを羽織った男と、腰のあたりに大きな締りがついた、ベージュのトレンチコートを来た女が英二の元に歩いてきた。

「久しぶり。ヨロ、美波」

「ヨロってあだ名、久しぶりに聞いたなぁ」

二人は、英二の前にあった二つの席にスッと座った。

「いやぁ、ほんっと久しぶりだなぁ」

ヨロは、嬉しそうに、英二の顔を見つめて、ニヤニヤしていたが、あれ?とふと呟いた。

「英二、お前、少し痩せたか?」

「ああ、まぁそうだな」

決まりの悪そうにそう答えた英二に、美波は、英二をスッと見つめた。

「英二、何かあったんでしょ?」

ヨロと美波の目線がずっと英二に向けられる中で、英二は、二人に目線を合わせることができなかった。

「いやぁさ」

英二が、やっとそう言いかけたところで、ヨロがすかさず間に入った。

「ごめん、ちょっとタイム。一回ラテ飲ませて」

「あのさぁ、ヨロ。もう大人なんだから、こういう大事な場面で一回ラテを挟まないでよ」

美波が、若干あきれたような声でヨロにいうと、ヨロも笑いながら、ごめんごめん、と謝った。

「で、英二、何かあったの?」

美波がそう言ってもう一度英二を見つめると、英二はやっと決心がついたように二人を見た。

「俺、死ぬみたいだわ」

ヨロと美波が、同時に、は?という声を発した。

「ヨロには以前メールで伝えてたよな。ガンがあったって」

「聞いたよ。切除、したんじゃないのか?」

「したよ。けど転移してた。もう最近は、ずっと調子が悪くて、もってあと数日の命だ」

ヨロは、黙ってただ英二を見つめながら、何も言葉が出ないような、そんな様子だった。

美波も、驚いたままだったが、言葉を必死に繋ごうとしていた。

「英二、柚香ちゃんいるでしょ?柚香ちゃんには、伝えたの?あんた親亡くなってて、柚香ちゃん一人にする気?」

「伝えたよ。だから俺が死んだら、申し訳ないけど、柚香の事気にかけてやってもらっていいかな」

「なんだよそれ。悲劇のヒロインみたいなセリフ言ってんじゃねぇよ…」

ヨロは、そのまま、うなだれたように、下を向いて落ち込んでいる様子だった。

「これを伝えるために、私たちを招集したの?」

「そう」

英二は、そのままうなづいて、無言の時間が流れた。



「とりあえず、柚香ちゃんは俺たちに任せろ。何かあったら面倒見てやるから」

泣きはらした顔で、ヨロは小石を蹴りながら、英二にそう言った。

「うん、ありがとうな」

ヨロが、腕時計をチラっと見て、はぁと大きな溜息をついた。

「ごめんなヨロ。この後仕事だよな」

「そうだよ。てかこの後俺仕事できねぇよ」

ヨロが泣きながら、そう言ったもんだから、英二は、思わず少し笑った。

「じゃあな、英二。何かあったら言えよ」

「おう、じゃあな」

ヨロがそのまま帰って、英二と美波は横に並んでまた帰路を歩いていく。

「ヨロって昔からアツいやつだよな」

「…そうだね」

「あいつこの後仕事って言ってたけど、申し訳ないことしたな」

「…そうだね」

英二は、ふと横を向くと、美波が泣いていた。

「…美波?」

「泣くの我慢してたんだよ、馬鹿」

美波は、そのまま、あーもう最悪だぁと大声を出した。

「ふざけんなよ、ホントにもぅさぁ。かっこつけんなよばーか!」

「もう覚悟決まったんだよ。今更涙も出てこないし」


美波は、そのまま、あーあ、と続けて声を出す。

「私の初恋の人だったのになぁ」

「え?俺が?」

「ずっとそうだよ」

「初めて知ったわ」

「だからずっとメールしてたじゃん」

美波は、何か言い出せない事をずっと溜めているかのような、様子だった。

「なんなら今もさ」

美波が、グッと英二を見た。

見つめ合ったまま、美波の目から、また涙が溢れていた。

美波は、それを言いかけるのをやめた。

英二も、その先の言葉になんとなくわかっていたが、それを無視した。

「じゃあこの辺で」

「…うん」

商店街が並ぶ雑多道を、二人はその角で分かれていく。

「英二!」

「うん?」

「ずっと好きだから!」

「…またいつかな!」

そう叫んだ英二の言葉に美波はにこっと笑った。

「英二が死ぬまで、今日からずっと連絡してやるから!」

商店街に美波の声が響いた。

英二はまた、空を見た。

ずっと続く青が無限に広がっていて、自分がとても小さく見えた。

案外、自分は悪くなかった。



その日の帰り道、歩道橋を歩いていた英二は急に息が苦しなって、その道端で倒れてしまった。



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