第13話 欲 side faro

 

 ナナセが帰って来ない。いつもならとっくに帰ってきているはずなのに。ナナセの姿が見えないだけで、心からどす黒い怒りが溢れてくる。俺のナナセ、誰にも触れさせない。俺だけがお前を抱いていいんだ。早く帰って来い。ナナセ、ナナセ、ナナセ。

頼むから、側に居て、笑ってくれ。『愛している』そういつもの様に、俺の耳に囁いてくれ。何故帰らない。もう帰って来ないのか?


 身体を掻き毟り、唸ってナナセの服を集めて抱きしめた。少しでもナナセを感じていたい。

 

 ふと外を眺めると、真っ赤な夕日が俺を呼んでいる様だった。家の中に残るナナセの匂いを追ってふらふらと外にでると、あの嫌な匂いが 家の周りを漂っている。気持ち悪さや俺を奪うかの様な殺気は無かったが、甘く、ひたすらに俺の理性を殺すような匂いにひどく怒りを感じた。


「ナナセ?ナナセが奪われたのか?この匂いの主に……だからもう帰って来ないのか?」


カッ‼︎と身体が熱くなって、怒りのままに匂いを探した。


殺してやる。この匂いが俺からナナセを奪ったんだ。殺す。


気が付けば、俺はギルドに来ていた。周りの声も、何もかもを無視して匂いだけを辿る。


「ファロ⁉︎どうしたのっ!外に出たらダメだ!」


ナナセの声がした。見上げると、ギルドの上階へ繋がる階段からナナセが駆け足で降りてきた。


 生きていた、俺を見ている。こんな所に1人でいたのか?何故泣いている。俺が、こんな状態だからか?旅に出れば直ぐに良くなる。そうだろう?そう言ったじゃ無いか。


 伸ばした腕の傷が引き攣って、裂けた部分から血が滲んだが、この手を取って欲しくて尚も腕を伸ばした。笑ってくれナナセ。頼む。こんな無様な俺だが、見捨てないでくれ。


「お前が居なくて……不安で」


「そうか、私も少し……いや、かなり参ってたんだ……その、あの……旅の準備とか、ギルド会員籍の事とか、なんだろ。その、色々分からない事がいっぱいで……わ、分かるだろ?……うん。いや、違うな。一言伝えておくべきだった。ごめん不安にさせて」


俺の手を取り、そっと抱きしめてくれたナナセの温もりに涙が止まらなかった。でも、その目は虚で、今更ながら気付いたナナセの疲労した姿。あぁ、こんなに醜い俺を好いてくれたのに、傷付けていたのか。愛していると言って欲しいと望んでいるのに、俺はナナセと同じ感情を、優しさを返せていたか?いや、俺はただナナセを吐口にしていただけだ。


 なんで俺はナナセと同じ気持ちを返せない?愛とはなんだ?苦労をかけて、縛り付けて、欲の吐き捨て場にして苦しめる。これが俺の愛で、ナナセに与えたい気持ちなのか?


違う!決してそんな想いを伝えたい訳じゃない。なら、どうしたい?何故俺はナナセを探した?


笑っていてほしい。


そう願うなら、俺はナナセから離れるべきなんじゃないか?そうか、俺の弱さが、優しいナナセを縛り付けていたのか。それは、そうだろうな……こんな状態の奴をナナセが放って置けるわけ無かったんだ。俺を安心させる為に『愛してる』……そう言ってくれていたんだ。そうだろ?


「ナナセ……俺は、お前を苦しめる事しかできなかった。一人で……街を出ようと思う。すまなかった、すまなかった、ナナセ。もう楽になってくれ」


本能が『それでいい、本当に求めるのは彼じゃない』そう叫んでいる。なのに心と身体は彼を求めていた。


「ファロ、分かってる。君が求めているのは私じゃないんだ。けど、私は君を手放せない。どんなに君が苦しんでいたとしても、すまない、ファロを愛してしまったんだ。だから、私を傷つけて苦しませても良いから、離れないで。君が本当に幸せを見つけるまでは」


 抱きしめるナナセの腕に力が入り、俺を見つめるその瞳には俺だけが映っていた。キンッと何かが遮断された音が頭に響き、次第に匂いと自身への怒りが消えていく。あぁ、俺にはナナセがいないとダメなんだ。そう確信した。


細く痩せてしまった体、必死に泣くのを堪える歪な笑顔。ナナセが目を瞑って諦めを飲み込もうとした瞬間、俺は俺の意志でナナセにキスをした。


本能と心が解離してしまっても、ナナセがいるだけで良い。何も要らない、そう身体が叫ぶのが分かったから迷うのをやめた。


この瞬間を俺は『愛』と呼ぶことにした。


「ナナセ、ナナセ、ナナセ愛している。俺は愛も恋も何も知らなかった。でも、お前を思う時心がざわついて、落ち着かない。お前の姿を見るだけで身体がお前を求めるんだ。ナナセを抱きたいと叫ぶんだ。もう傷付けたく無いと思うんだ!これは、愛だろう?なぁ、これは愛だと言ってくれ」



 ナナセは泣いていた。美しい瞳を震わせ泣いている。あぁ、なんでこんなにも満たされるのか。俺はナナセの為に生きたいと思った。本能が『違う!そうじゃない』と叫んでいても、心がもう駄目だった。満たされる事を知り、傷つけることの怖さを知った。ナナセ、俺の側で笑っていてくれ。その為なら俺は死ねる。


「今すぐ旅にでよう。俺は何も要らない。ナナセさえいてくれたら何処にでも行ける。お前の為に生き抜いてみせるから、俺を諦めないでくれ。愛してるんだ」


ナナセは笑って応えてくれた。


『愛してる 私の狼。腹が減ったら私を食ってくれ』


俺に夢が出来た。果てしなく広がる世界で、ナナセと共に旅をして死ぬまで側に居続ける。

そんな簡単で難しい夢を抱いた。


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