第12話 この愛に自由を
「ナナセ、俺の声が聞こえるか?」
ギルドの支部長室の中、エルヒムの腕に抱かれたナナセは魂が抜け落ちた様に項垂れ、ただその瞳からダラダラと涙を零していた。何があったのか、イファは問い詰めたい衝動に駆られたが、支部長のモーブに制止され言葉を噤んだ。
「もう……どうすれば良いのか」
ぽつりと零したその言葉に、エルヒム達はどう言う意味なのかを想像した。ファロの不調をどうしたら良いのかと聞いたのか、自分の心をどうすれば良いのか、なのだろうか。考えてみても答えの出ない呟きにエルヒムはただナナセを抱きしめ、イファは溜息を吐いた。
「ナナセ。何があった?全部俺に話してみろ」
モーブの穏やかな声に、未だ虚な目のナナセは涙と息を飲み込むとぽつりぽつりと話し出した。
「ファロが苦しんでいるんです」
「あぁ」
「私の所為なんです」
「何故だ?お前が何かをしたとしても、それでおかしくなる程あいつは柔じゃないだろう?」
「……いえ……知っていたのに、分かっていたのに苦しみを与え続けたんです、私のエゴで」
「お前は解決方法を知っていたのか?」
「……うっ、ふぅっぐすっ……はい、知って、ヒック、知ってました」
「なら何でそれを実行しなかったんだ?」
「私がっ、私が独りにっ……孤独になりたくなかったんです。うぅっ、ふぐっ……はぁっ、うぅっ側に居られると思って……側に居たかったから」
もうこれ以上、ナナセから涙など流れ様が無い程に泣きくれているのに、それでも心はまだ傷付き痛むのか、震えながらエルヒムの腕に爪を立て吐き出す様に今までの事をナナセはモーブに話して聞かせた。そして、ファロの運命がラグである事を語った。
「ナナセ……何の冗談だよ。ラグが……運命って」
「彼の匂いに……ファロは苦しんでる」
その言葉に、イファはナナセの胸ぐらを掴むと揺すり床に引き倒し、馬乗りになってナナセを見下ろした。
「イファッ!」
「じゃあなんだ?解決方法ってのはラグをファロと番わせろって事か⁉︎」
「私だって‼︎私だってそんな事望んでいない‼︎だからっ!だから……彼を部屋に閉じ込めたんです……外にも出さず、誰にも会わせず爪を剥いで、彼の命とも言える剣を隠し、睡眠薬を混ぜた食事を与え、欲求を抑えさせるために抱かれた!離れていれば、私の事を少しでも好きで居てくれたならっ……運命なんて変えられるって!でもっ!彼は日を増すごとに本能が強くなり、身体は衰弱して行った……今ならそこら辺の野良犬の方が彼より強い程……弱ってる」
エルヒムはナナセの言葉に、頭を鈍器で殴られた様な気持ちだった。仲の良い友人、相棒という関係では済まなかった。いや、そんな関係になっているだろうと心の奥深い闇の中では分かっていた。だが、その言葉はどんな刃よりも鋭くエルヒムの心を傷付けた。
「何で……抱かれた……ナナセ、何で抱かれた‼︎」
「エルヒム……私は彼を愛しているんです」
「‼︎」
イファはナナセの胸から手を解き、よろよろと立ち上がると支部長室を後にして、ラグの居る店へと駆け出した。ラグ、お前は知っていたんだな。だから今日俺に番と昨晩言ったのか?そう恨めしい気持ちを溢れさせて。
「ナナセ……今日国を離れろ。準備は俺がする」
「モーブ‼︎ナナセをこのまま国から追い出すつもりか⁉︎ナナセ、俺と一緒に居よう。前の様に俺と2人で暮らさないか?ゆっくり休んでまた冒険に俺と行こう……このままファロと共に居たらお前が駄目になる」
エルヒムはナナセを抱き上げ、強く、強く抱きしめた。もう2度とこの手を離さない、逃がさない。そう決めて。
このままエルヒムと共に暮らしたら、私は楽になるだろうな。いや、きっとそうなる。だけど、私は私の罪を無かった事にして平然と暮らしていけるだろうか。
「ごめん……エルヒム。私は、私は……自分を許せない」
「ナナセ……お前は少しでも俺の事やお前を心配する者の事を考えた事はあるか?お前はファロ以外どうでも良いんだろ……周りが傷付いたとしてもどうでも良いんだろ」
「……」
エルヒムは今どんな顔をしてそんな事を言っているんだろう。仏頂面を更に酷くしているだろうな。君の言っている事は正しい、そう。私は傲慢で自分本位だ。何が昼行灯で無欲だ?欲の塊だよ。でもそれは……何よりも手にしたい物を見つけてしまったからだ。私に合わせてゆっくり歩き、私の言葉一つで機嫌を伺う彼。私以外に彼を心から受け入れる人間は居ないと知ったからか、決して私の嫌がる事をしない。苦痛でも私から嫌われない為に我慢してしまう。そんな哀れで優しい彼を見つけたから、私は悪魔になったんだ。
「彼以外……必要無い程……愛してしまったんです。誰からも必要とされなかった私、何の為に生まれたか分からない私を必要としてくれたから」
「俺はっ!お前を必要としている!冒険者などにさせなければ良かった、独立などさせなければ良かったと、どれ程己の判断を恨んだかお前は知らないだろ」
「貴方もただ……」
貴方もただ、運命に翻弄されて居るだけなのだと言うべきか。エルヒム、貴方は私を愛して居ない。物珍しい物を手にしてただ興が乗っただけだよ。私の本音も本性も、何も知らないじゃ無いか。
「俺もただ、何だ」
「……幻影に騙されているだけですよ」
「なら見せてくれ。お前の本当の姿を!獣に曝け出せて何故俺には駄目なんだ⁉︎」
「見せたくないから」
「……そんなに俺が嫌いか?」
「好きですよ。ファロに出会わなければきっと貴方を誰よりも好きになったと思うんです。でも貴方とでは愛を知る事は出来なかった」
「酷い……男だな」
「はい。分かってます……私は最低です」
「俺がお前を手放した理由を知っているか?」
「……」
「あのまま世界を知らず、俺だけのお前であって欲しかった。でも、そうなったらきっとお前はお前の存在理由を見失うと思った。何の為にこの世界に落とされたのか。その理由が俺の飯を作ってただ日がな一日家に籠る為じゃ無いと思ったからだ!こんなっ、こんな風にボロボロになるのなら、俺は今からでもお前の両足を切り落としてでも家に連れ帰る」
「ふぅっ…うぅっ……ごめんっ、ごめんなさい」
強く抱きしめても、お前の心はここに無いんだな。どれだけ憎まれてもいい、お前さえ側に居てくれたなら、俺はお前も、お前の罪も背負ってやる。……でも、きっとお前は今以上に光を失って死んで行くんだろう。
「ナナセ、知っておいてくれ」
「うぅぅっ!ぐすっ、ふぅっうぅぅっ」
「愛してる……愛してた。これからお前達に何があっても……俺だけは味方でいる。助けてやる、だから……」
溢れる涙は悲しみの所為なのか、愛を知ったからか。俺の側に居なくても、彼が幸せであってくれさえすれば、俺は生きて行ける。この世界の空の下、初めて愛した人が笑顔で生きている……それだけで充分だ。籠の鳥は戻らない、戻してはいけない。
「ファロを諦めるな」
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