第14話 欲 side nanase


 私は孤独だった。早くに両親を亡くし、親代わりの様な剣道場の師範である時枝先生にお世話になっていたけれど、そこに自分の居場所を見出す事はできなかった。


「藤堂君って何考えてるのかわからないよね」


 いつも言われてきた言葉。そんなの、私にだって分からない。何がしたいのか、どんな人間でありたいのかも。学校帰りに、私の横を通り過ぎて行くクラスの人を眺めては、その中に自分がいたらどうだろうか?なんて考えたりもした。同級生の様に友達とファミレスに寄って他愛も無い話で盛り上がったり、ゲームセンターに行って遊んだり。楽しそうだな、そう想像するだけで、そんな事した事も無かった。素直に「お小遣いが欲しい」なんて事を言ったらどう思われるだろう?そんな事を考えては、胃がきゅっとするのを堪える日々。ここじゃ無い何処かで、自由に暮らしたいと何度も思ったけれど、結局飛び出す勇気も、先立つ物も持ってはいなかった。


 大人になれば何か変わるのだと思い続けて、大人になっても変わらない事実に嫌気がさした。


誰か私を攫ってくれないかな。私を求めてくれる人がいたなら、頑張れるかもしれない。


 こんな陰鬱とした人間、誰も必要とはしないだろう。でも、悲観する事、卑下する事をやめられなかった。そんな私にとって、異世界という環境、ファロという存在は全ての願望を叶えられる存在だった。


 異世界に連れて来られて、訳も分からず何となく生きてきた。そんな私だから、ファロがいなければ生きていく事もなんとなく、どうにかなるだろうと甘えていたかもしれない。剣道をしていたのだって、道場を辞めたら行く宛も無くなるし、それに何となく上手くなれて、その先の生きる道を探さずに進めたからと言う理由だったし。

 

 そんな私が初めて執着した君に、私は何て事をしたんだろう。私はから逃がさない為に、世話をしている風に見せかけて部屋から出さず、私だけに縋る様に仕向けた。この世界で生きる術も碌に知らないくせに。私は彼に許して欲しいとは思っていない……何なら罵って、殴って、傷付けてくれる位が丁度良い。


 エルヒムを傷付け、周りに心配を掛けて、モーブさんに世話までしてもらっているこの現状に心が折れそうなのに、それでもファロを手放したく無いと諦めの悪い私は、混乱している頭の片隅で誰への物かも分からない言い訳を考えている。


 もしもファロがまだ理性を取り戻せていなかったらこの国を出よう。番の片割れと出会う事が遅くなり、下手したら出会えずに、ただ番の片割れへの思いを恐怖と捉えたまま苦しみ続ける事になってしまっても。


 いや、そんな醜い考えは捨てなくては!誰よりファロが大切なら苦しめ続けるなんて事をしてはいけない!


 相反する思考が顔を出し、私を更に混乱させる。なんて厄介な人間なんだ私は……。そう、そんな自分本位な事をして、ファロの身体がどんどん衰え生きていけなくなったら、冗談抜きで自分を許せなくなるだけだ。だとすれば、本当の事を伝えて楽にしてやる事こそ『愛』なのではないだろうか?


あぁっ……ファロ、私は醜い。

君の私への執着を捨てさせない様に、世話を焼き、料理を作り続けここまで縛り付けてきた。愛していい権利など、初めから私には無かったのに。ごめん…本当にごめん。


 私が片割れだったらな。私が番になりたかった。私の首を噛んで欲しいよ。いや、君はそうしないだろうね。私を苦しめるからと、泣くんだろうな。それは…嫌だなぁ。本当は、君が苦しんで泣く姿をもう見たくないんだ。


 私はエルヒムやモーブさんに慰められても、あれやこれやと、落ち込んでは許される逃げ道を考えていて、ソファから立ち上がれずに頭を抱えていた。すると、下皆からざわめきが聞こえ、その中に『ファロ?久しぶりじゃないか!』そんな言葉が聞こえた。


「まさか!嘘だろ?」


なんで出てきた!誰かに見られたら、ラグ君に出会ってしまったら?そんな浅ましい焦りを覚え、エルヒム達の制止する声や腕を張り切って慌てて部屋を出た。そして、視界に映ったファロの姿に、カッと怒りが湧いて、気付けば叫んでいた。


「ファロ⁉︎どうしたのっ!外に出たらダメだろ!」


けれど、私の心は急に満たされたんだ。何故ならそこには、ボロボロになりながら泣いて私を呼び続け、傷付いた腕を必死に伸ばすファロがいたから。ファロも、私を必要としてくれている。


 ファロに縋り付き、情け無くも彼の側を離れてしまった言い訳を取り繕う私に、彼は疑う様な目をしていて、あぁ、幻滅された、そう思った。


『俺は、お前を苦しめる事しかできない。俺一人で街を出ようと思う。すまなかった、すまなかった、ナナセ。もう楽になってくれ』


 見透かされた、そう思ったら心が凍りついて、恥も外聞も無く私の本音が爆発しそうになった。


 何を言ってるんだ?私から離れていくつもりなのか?私を残して……それなのに苦しめたく無いだって?私がそれで楽になんてなれるはずも無いじゃないか!……いや、これは私への罰だ。彼は気付いたのだろうか?私のしてきた事を、勝手にファロの人生を振り回す事になるだろう算段をしている事に。


 あぁっ!やめてくれ、お願いだから、見捨てないで、側に居てほしい。泣きそうなのを我慢して、女々しくも追い縋ってしまう。


「ファロ、分かってる。君が求めているのは私じゃないんだ。けど、私は君を手放せない。どんなに君が苦しんでいたとしても、すまない、ファロを愛してしまったんだ。だから、私を傷つけて苦しませても良いから、離れないで。君が本当に幸せを見つけるまでは」


 いや、もう無理なのかな。最後に君の顔を焼き付けて、さよならをしよう。好きだ、ファロ。私は別れを覚悟した。しかし、予想に反して、ふわりとしたファロの毛が唇に当たって、私は目を開いた。キス?これは、さよならって事なのか?


「ナナセ、ナナセ、ナナセ愛している。俺は愛も恋も何も知らなかった。でも、お前を思う時心がざわついて、落ち着かない。お前の姿を見るだけで身体がお前を求めるんだ。ナナセを抱きたいと叫ぶんだ。もう傷付けたく無いと思うんだ!これは、愛だろう?なぁ、これは愛だと言ってくれ」


 幻聴かと思った。ファロが私を愛しているなんて事、あり得ない。けれど、野良犬の様に地肌が剥き出しになり、血の塊が身体中こびり付いたまま、私を抱きしめる腕が『お前の居場所はここだ』と私に伝えていた。







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狼と人間、そして半獣の 咲狛洋々 @sakukomayoyo

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