第8話 半獣の決意

「ねぇ、イファ。どう思う?」


「どうって?」


まだ冷めぬ熱に、しっとりと汗ばむ愛しい男の背をイファはキスをしては舐めて上げた。そして結婚式までは痕を付けないと決めていた、まだ真っ白な項を愛おし気に見つめている。ふわりと揺れる尾の付け根に指を這わせると、まだ柔らかく、何度でも味わいたいと思えるその体の入り口の窄みをツンと突いてはその周囲を撫でまわす。


「ちょっと!もう何度目?ねぇ、話を聞いてよ」


拗ねたその顔も可愛い。俺はお前のどんな願いだって聞いてやりたいんだけど……でも今は無理!あぁ、なんでお前はこんなにも俺を昂らせるんだろうなぁ。明日も朝からダンジョンだから寝なきゃなんだけど、もう一回抱きたい。


「ラグ、絶対話を聞くから。お願いだ……いいだろ?あと一回。可愛いここで俺を愛してよ」


「……イファ。僕真剣に考えてるんだよ?それにさっきだってこれが最後、話はその後って言ったじゃない!まさか薬でも飲んだんじゃないよね?5回っておかしいよ!ねぇ!イファ、僕もう無理だよ……我慢できない?」


「それは、ラグが悪いよ。そんなに可愛くてさ、甘くて……体に触れるだけで俺はもう堪らない気持ちになるんだ」



まだ指輪が嵌っていない、その細く小さな獣の爪を乗せた指に手を絡ませると、イファはチラリとラグの顔を見た。ラグはさすがに疲労もあって、うんざりとした眼差しを向けたが、彼はイファの懇願するこの顔に弱く、どちらからともなくキスをしてラグは快感の波に身を任せた。


「はぁっ……はぁっ……ね、ねぇ。も、もういいよね?僕、冗談抜きに限界……なんだけど」


「あ、あぁ。俺も満足した……はぁぁラグ、来年には毎日お前と暮らせるんだな……夢みたいだ」


「……ねぇ。本当に良いの?」


分かってる。お前は自分が半獣である事、周囲の目や俺の人生の重荷となるかもしれない。なんて事を考えているんだろう?馬鹿だな……俺はロードルー生まれで、獣人なんて周囲には沢山居たし、人間と獣人に対した違いがない事を知っているんだ。だから何も怖がらなくていいのに。


「お前じゃなきゃ嫌だよ。俺の運命の番はお前なんだから」


「……分かってないよ。イファ」


魔力灯に揺らめく緑の瞳は、俺の考えている事とは違う事を考えていた様だ。はぁ……何を悩んでいるのやら。


「何、何が気になるんだ?」


「ファロさんの事だよ」


まさか俺の名ではなく、ファロの名前が俺の愛しい熟れた唇から零れ落ちた。それだけでも、あともう一度お前を鳴かす理由にはなるだろう。


「……あぁ。黒狼か、それがどうしたんだ?」


「彼、このままだと死んじゃうよ」



何かを知っている様な口ぶりだった。ラグは半獣だが、伝説とされているエルフ里の末裔を母に持つ珍しい半獣だ。だからこそ、俺達にはわからない事が分かったりする事がある。だけど、死ぬ?一体何故……。



「何か分かったのか?」


「彼さ……運命の番のフェロモンに当てられてるんじゃないの?」


「……運命の番って。まさか」


「じゃなきゃここまで苦しむなんて事有り得ないよ……大抵の病気はポーションやヒーラーの魔法でチョチョイのチョイじゃん」


「確かにな」



言われみればその通りだ。あのナナセがポーションやヒーラーを頼らないという事があるだろうか?……いや、意外とぼんやりしている所がある奴だから、ヒーラーには頼っていないかもしれない。だが、師匠と会ったのならばその事は既に伝たわっているだろう。


「僕、会ってみようかな」


唐突に、天井を見上げていたラグが呟いた。その目は何かを訝しんでいる様な、不安と何かを恐れている様で……まぁ、俺が懸念している様な事ではなさそうなんだが。しかし、ファロとラグが会う?勘弁してくれ。俺と違ってあいつはSランク冒険者で、身体もでかくてマンリーの中のマンリーだと言える。俺の気持ちも分かってくれよ?


「会わなくても大丈夫だよ。師匠がナナセにアドバイスを与えているし」


「うん。そうなんだけどね……それでもすぐに改善は見られないと思うんだ」


「お前なら何とかしてやれるのか?」


「もし、ファロがナナセさんを番にしたいと思うなら……何とかしてあげられると思う。その為にはイファにも協力してもらわないといけないけどね」


サラリとした髪の隙間から、美しい瞳が俺を見ていた。何をしろと言うのかは分からないけれど、ラグは一度決めたら絶対にそれを覆さない。ロートレッドに来た事だってそうだった。【優良《レフェリー》マーク】持ちの薬草師になる。そう決めたお前は獣人にも半獣にも決して優しくないこの国を選んだ。この国でなければ取得できないという訳でもないのに。


「ラグ、俺は何をすればいいんだ?」


「明日にでも結婚して」


「!?」


喜べば良いのか、俺達の人生計画を狂わせてまでもファロを助けるというラグの我儘を怒れば良いのか、俺は分からなかった。

だが、これは提案では無く決定事項なんだという事は分かっている。


「はぁ……俺達の結婚までファロの為に早めるっていうのか?俺にだって計画の一つや二つあったんだけどな」


エンゲージリングに結婚指輪。俺はその為に明日のクエストを受けるというのに。まったく俺の可愛い半獣は……やる事成す事突飛で参るよ。


「ごめん。でもファロさんを助けないとイファ……僕はきっと後悔する。それにさ、僕は君を愛してて、君の為なら何でも出来るんだ。今日は無理だけど……僕は君の子供が欲しいんだ。明後日には発情期に入る筈……だからさ」


縋りつく様に俺の胸に頭を乗せて、上目遣いでこんな甘いお強請りをされて喜ばない男がいるだろうか?6回?いや、10回でも20回でもお前の願いを叶える為なら俺は頑張るぜ‼


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!ったく!何人でも構わないんだな?俺は当分お前を寝かさないぞ……」


「ふふふっ家族は多い方が良いよね?イファ」




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