第5話 異変 -side nanase

 正直、いまだに魔法の事がよく分からない。どういう理屈で発動するのか、何が必要なのかも。ファロやエルヒムはイメージや体内に巡る魔力を感じろと言うが、私にはさっぱり皆目見当もつかない。もしも、私が魔力を上手く使えたならファロの恐怖を取り除いてあげられるかも知れないのに。


 火龍討伐からずっと、ファロは何かに怯え苦しんでいる。あの黒狼が怯えて家から出れなくなっている。理由を聞いても良く分からない。外に出ると殺気が追ってくるとしか言わないし、外を覗いても誰もいない。このままではファロの精神が保たない気がした。


「ファロ、私と旅に出ませんか?世界を回ってファロの苦しみの原因を探すんです。この国を離れれば、殺気や匂いから逃れられるかも知れないですし」


ファロは私のベットでグッタリと寝込んでいるが、この提案を喜んでくれた。


「悪いな。ナナセ、俺がこんなに弱くて。迷惑をかける」


やめてくれ、そんな事言わないで欲しい。


「エルヒムに申し訳ない」


彼の口からエルヒムの名が出る度に、私の心は酷く痛む。

それは嘘を吐いていた事に後悔しての事じゃない。ファロの中では私の恋人がエルヒムだという事になっていて、それを妬むでも、苦しむでもなく申し訳ないと思っている事。それはまるで、私を恋愛対象とは見ていないと言われている様に思えたからだ。でも、苦しむ彼を看病する私も限界だった。もし、ファロがラグ君を好きでいても、もうどうでも良い。恋人になれなくても、ただ、君の側に居たい……それだけだと自覚した。だから本当の事を話そう。


「…あれは、嘘なんです。ファロ」


ファロが私の目を見ている。私の心を探ろうとしている。嘘が嘘なのではないか?何を言っているんだ?きっとそんな事を考えているんだろうな。


「私は、ファロが好きなんです。一人の男として、好きなんです」


ファロの目が歪んでいる。きっと困惑しているんだろうな。


「あんな嘘をついたのは、ファロが生産ギルドの店の子と仲良さげにしていたからです。嫉妬したんですよ……ファロの中で私はどの位想われているのかを知りたかった。だから嘘をつきました。エルヒムは恋人じゃないし、彼も私の嘘を知りません……」


ファロが苦悶の表情で目を瞑っている。私のせいで苦しませてしまっているのだろうか?


「覚えていますか?ファロが初めて私の食事を美味いと食べてくれた日を。あの時から、私の中にファロが住んでいるんです。優しくて、不器用で、怖がりな狼が私は好きなんです」


ファロの手をそっと握って、祈る様に額に添えた。許して欲しい、姑息な私を。受け入れてくれなくても、友としてまだ側にいる事を許してくれないだろうか。


「悪かった。気付いてやれなくて……それに、俺は別に……」


「良いんです!何も言わないでください。何も……言わないで……ちゃんと切り替えますから、この想いは友情なんだって。切り替えるから」


ファロが頭を撫でるなんて。やめてくれよ。泣きたくなるじゃないか。でも、今は彼を少しでも楽にする事を考えなくては。


「旅にでましょう!二人で…どうこうならなくったっていいんです。具合が良くなったら……また、ここに帰ってきましょうよ。ね、相棒」


 私は知っている。この男はどこまでも優しい、優しすぎて傷付いてしまう人なんだ。だから、心を取り戻すまで旅にでよう。ラグ君、その時は君にファロを返すから……少しの間、私にファロを預けてほしい。


「分かった。一緒に行こう」


「良いんですか⁉なら行きましょう!準備をして、具合が良い日に出ましょう!さ、さぁ起きれますか?身体に優しいものを食べて、旅の準備です!」


お粥に、果物のシロップ煮。彼の体に優しくて、彼の好きな味付けをした料理を作る。彼が心配なのに、嬉しくて、涙が止まらなかった。


「ファロ、私はあなたの側にいますから…どうか、私を突き放したりしないで」


キッチンの窓から見えるロートレッドの空はどこまでも澄んだ青色で、どんな細いつながりであろうと縋りつき、断ち切れぬ様にと願う心を慰めてくれている様だった。




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「ナナセ、ファロの様子はどうだ?」


ファロに改善の兆しは見えない。ただ唸り、苦しみ体を掻きむしり縮こまっていた。

何が原因なのか、医師に来てもらい診てもらったが何かの病気では無いが、原因が分からないと言われる始末だ。私の恋心がどうとかで悩む場合では無かった。そんな状況を心配したエルヒムがお茶に誘ってくれた。


「どうも……こうも……薬も効かないんです。どうしたら良いのか……」


「俺も今調べている。思いつめるなよ?お前がそんな状態では、ファロと共倒れになるぞ……」


分かってる。私が倒れでもすればファロを守ってくれる人はどこにもいない。この国で獣人や半獣に優しい人は、ただ彼等を利用するためだと私は知っているから。私が彼を守らなければ。でも……どうやって。


「せめて…病気なのか、そうではないのか。それだけでも分かれば良いのですが」


エルヒムは、落ち込む私の肩を叩き慰めてくれた。そして、晩御飯の買い出しにそろそろ行かなくてはと席を立った時、声を掛けられた。


「よっ!エルヒムにナナセじゃないか」


「イファさん?お久しぶりです。そういえばイルクダンジョンに遠征に行っていたんでしたよね?」


ピンクゴールドの髪に、紫の瞳の魔導士イファさんが声を掛けてきた。彼はこの国の冒険者でも珍しく、獣人と対等に接する数少ない人だ。元々ロードルーというここから南に位置する国の人だったそうだが、なんでも恋人の仕事の為にこの国に移住したのだと言う。彼にファロの事を聞いてみようか?


「あぁ、ついさっき戻って来たんだ。あそこもやっと踏破出来たしな。俺はそろそろ結婚しようかと思ってるんだ。なぁ、ナナセ。お前の元の世界ではプロポーズって何か特別な事をしたりするのか?」


「え?あ……プロポーズですか?」


こんな話をしている場合では無いのだけれど……もしも彼が力になってくれるなら、すこしでも協力的であってくれるといい、そう思い、こちらの世界には無い習慣を教えた。


「そうですね……エンゲージリングなどを贈ってみては如何でしょうか?婚約指輪なのですが、こう……永遠を意味する様な石などを使ってですね。特別な指輪を贈るんです。で、結婚する時に揃いの指輪を作って着ける…まぁそんな習慣があちらの世界にはありました」


「指輪……かぁ。確かにこっちじゃエンチャントとしてしか指輪は使わないよなぁ」


「薬指に着けると良いそうです」


「薬指?なんでだ?」


「愛する人との愛情や絆を深める指らしいですよ?」


「へー!そうなのか。良い事を聞いたな!お礼にナナセには俺の恋人が作ったカムファキャンディーを贈呈しよう!気分がすっきりするし、美味いぞ!」


「あ、ありがとうございます」


それから結婚式の事など色々と話を聞かせた。イファは、にこりと笑って『ありがとう、参考にするよ』と言って帰ろうとしていたので、私は彼を引き留め一つ相談をしたいと言った。

そして、彼にファロの事を相談したのだったが、この事が私とファロを追い詰めるとは、この時はこれっぽっちも思っていなかった。








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