第4話 異変 - side faro

 

 討伐当日、ナナセと共に火口へ向かう登山道入り口で討伐隊の第一陣から情報が降りてくるのを俺達は待っていた。ナナセは俺にいつもの携帯食のお握りをくれた。いつもながら美味い。それに、新調した防具も体に馴染んで動きやすいから、今回も無事討伐できるだろと思う。


ゾクリッ


最近よくこの刺す様な気配を感じる。以前からチクリと感じる物はあったが、今日はその殺気が強い様な気がする。振り返り辺りを見渡すが、殺気を纏った様な者は居なかった。一体あれは…


「どうしたんですかファロ?まだお握り食べますか?」


「あ、あぁ、なんでもない。いや、大丈夫だ…ありがとう」


背筋から脂汗が流れ落ちる。この気配は一体。誰もなぜ気付かないのか。手が震えるのを抑えるので精一杯だった。


「さ、気合い入れて行きましょう!相棒!」


ナナセの言葉になんだか感動してしまった。ナナセには恋人のエルヒムがいる。しかし俺は相棒。この言葉は思った以上に甘美で、俺は満たされた気持ちになった。獣人だからでは無く、俺という一人の存在を認めてくれた気がした。


「ああ、行こう。ナナセ」


 震えていたはずの手が熱を帯びていく。火龍を倒して美味い酒と飯をナナセと味わおう、そう気持ちを切り替えたはずなのに。ゾクリ、ザワリ、ドク、ドク、ドク。風にのって俺を捕らえる様な匂いを感じた。

ダメだ!この香りは俺をダメにする!逃げなくては。


「ファロ?大丈夫ですか?震えていますけど……具合、やっぱり悪いんじゃ」


「あ、あ。ナナセ?この匂いはなんだ?甘ったるくて鼻がおかしい」


頭が痛い。早くここから逃げなくては。


「甘い匂い?私は感じませんけど。どうします?辞めておきますか?」


早く行ってここから離れたい。


「いや、行こう。ここは嫌だ」


「分かりました。急ぎましょう」


鼻を布で覆って火口へ向かう。やっと殺気を帯びた気配が消えた。


「…なんだったんだ?」



 火口付近に近づくと、三頭の炎竜が咆哮を上げながら冒険者に襲いかかっていた。

俺達も遅れを取るわけにはいかない。


「ナナセ!左から行こう!」


ナナセもそのつもりだったのか、既に抜刀し構えに入っていた。



 ナナセが斬りかかり、意識がそれた所を俺が影縫いで動きを止める。そして、腹下に滑り込み2人掛で柔らかい皮膚だけの腹を攻撃した。ナナセの刀では火龍の首を落とす事は出来ないが、切れ味が鋭い分、切られた皮膚や血管からは大量の血液が零れ落ち、火龍は動くことが出来なかった。動きを止めたその巨体に俺が止めを刺す。一瞬の咆哮の後、火龍はその目を閉じた。一頭倒したら引き下がり、後方のチームとスイッチする。そうして三頭の炎龍は倒された。


「お疲れ様、ファロ!」


「あぁ、ナナセも」


2人で倒した一頭は、俺達に素材獲得の権利があったから二人で何を採取するか決めて、採取希望箇所に刻印魔法で刻印し、申請をした。これで当分クエストを受けなくても生活は出来そうだ。


 火龍討伐後から急激に体調を崩した俺は薬を買おうと店に立ち寄った。半獣の店員からは発情兆候が見られると、強めの抑制剤と中和剤を購入したが、店を出るなり俺は気を失った。ちょうどギルドから出て来たナナセに助けられ、彼は俺を家に運ぶと、体調が良くなるまでは看病すると言って面倒をみてくれている。俺が居る所為でエルヒムがここに来れないのだとしたら、本当に申し訳ないと思う。だが、身体も心も言う事を聞かない。痛みに耐えきれずナナセを傷つける様な事があってはならない……もう、俺を見捨ててくれ。



「ただいま。ファロ、具合はどうですか?果物を買って来たんですけど、食べられますか?」


「グルルルルッ……はぁっ、はあっ!放っておいてくれ…噛み殺すかもしれない…離れてろ!」


「ファロ……」


呪いの様に『見つけた』そんな声が頭に響いていて、自分でも気づく程フェロモンがだだ洩れている。しかし、性的欲求は無く体が何かに縛り付けられ、首を締め上げられている様な感覚があった。そしてナナセが動く事で流れる風が体に当たるだけで激痛が走り、頭が割れる様に痛む。


 ナナセが音を立てない様に、買い物袋から薬を取り出すと、俺に飲ませようと近付いて来て、その膝に俺の頭を乗せると微笑み言った。


「構いませんよ。私はこう見えて頑丈ですからね……それより、新しい薬を試してみませんか?ラグ君という薬草師の子から薦められた薬なんです」


薬を掬った匙をナナセは俺の口に入れた。その瞬間、俺は強烈な匂いと感覚の全てが奪われたる。『あいつを奪え』『見つけた』『俺の番だ』そんな声に俺は抵抗したが、鼻腔にはナナセの手から香る甘く癖のある香りがこびり付いて離れず、それがまた俺を苦しめていた。


「ナ……ナセ、どこで……その香りっ」


「ファロ!?大丈夫ですか?ファロッ!」


グラグラと歪む視界、込み上げる吐き気。何かに食らいつき、全ての欲を吐き出し、この腕の中に囲って誰にも奪わせず孕ませたい。それだけが俺を満たしてゆく。

あぁ…誰を、誰を俺は求めている。


ナナセを求めているのか?


『違う』


ナナセが俺を求めているのか?


『論外だ』


俺は誰も求めてなどいない!


『お前の番が現れた』


番?そんな物要らない。俺はまだ戦い強くなる事だけを望んでいる!


『あいつを抱きたい。壊れる程抱き潰して孕ませたい』


ふざけるな!獣人の俺などを誰が求めてくれる……。


『運命は決まっている。逆らうから苦しむんだ』


誰か…誰か助けてくれ!俺は何も望んでやいない……あぁ!クソッ!これなら火龍と戦っている方がまだましだ。












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