第3話 嫉妬心
ギルドからの緊急クエストへの出発が2日後と迫った晴れた日。私は生産ギルドの店の前に居た。戦いを前にして、こんな事をしているなんて馬鹿だと思うけれど、けれど……私の心はささくれ立っていて、戦いに集中できる自信が無かった。
「いらっしゃいませ!」
透けるような薄緑色の綺麗な髪に、ペリドットの様なキラキラ輝く瞳。私とは何もかもが正反対の甘くて可愛らしい青年が私に微笑みかけた。私の心は、彼の笑顔に暴風が吹き荒れた様に荒んでいる。
負けた。
天真爛漫、可憐、庇護欲を掻き立てる。そんな彼の印象。羨ましいを通り越して悲しくなって来た。
「何がご入用ですか?」
「ポ、ポーションを…」
「あ、明後日の火龍討伐に参加されるんですか?なら3本まではギルドからの支給となりますので、追加でご希望でしたらその本数を仰ってください!現地でお渡ししますね」
どこまでも可憐な彼を私はもう見ていられなかった。獣人と半獣……種族も近く、とてもお似合いだと思う。泣きたい。いい歳をしたおじさんが何を言っているんだ?そう思っているけれど、締め付けられる様に胸が痛んで……私は顔を上げられなかった。
「じゃ…じゃあ追加で……2本を」
「はい!ではお名前を」
「七瀬 藤堂で…」
「あ!ナナセさんですね?畏まりました!でも、僕噂でしかナナセさんの事しらなかったので嬉しいです!」
「え?」
ニコニコと笑う彼は可愛くて、羨ましくて仕方が無い。髪を切れば……彼の様に……何を考えているんだ、私は!
「実は、僕の兄さんがあなたの大ファンなんですよ!黒くて長い髪に、切長で大きな黒い瞳…華奢なのに強くて…神々しい程綺麗であんなフェフの人に会った事ない!話しかけられないっていつも言うんです!馬鹿みたいでしょ?」
ははは……不精が過ぎて、髪も切らず伸びっぱなし。しかもクエストはダンジョンばかりで外に出ないから青白い肌になった私が美しい?嫌味にしか聞こえない!
「ははは…私には、君の方が美しく見えるよ」
「えっ⁉︎いやっ……ナナセさんにそんな事言って貰えるなんて!本当ですか?ふふっ!嘘でも嬉しい!僕ナナセさんみたいに綺麗な人に会った事ないから、今も心臓がドキドキして!ごめんなさい!変な事ばかり言ってますよね⁉︎」
顔を赤らめるその姿でさえ、私には眩しいよ。
「名前、教えてくれるかな?」
「失礼しました!僕、薬草師のラグって言います!」
ラグ君……か……。若くて、可愛くて……。
元の世界だったら、女の子はこんな風に思うのかな?〈私もあの子みたいになりたい〉って。
「君も、明後日の討伐に後方支援で参加するの?」
「はい!そのつもりです!具合が悪くなったらいつでも言ってくださいね?僕張り切ってナナセさんの為に回復魔法使います!」
その胸を張るその姿すら愛らしい。この世界のマンリーなら誰もが君に恋をするんだろうな。
「ありがとう。頼りにしていますね」
「はい!頼りにしちゃって下さい!」
負けたと思うのに、負けたく無いと愚かにも思う私は……一体何なんだろう?
2人が知り合いだなんて聞いた事は無かったし、私が恋人が居ると言った時の彼の反応。そんな関係じゃ無いと思いたい。でも……ファロにキスをした彼。それを受け入れていたファロ。やっぱり、君の中には私ではなくて彼が居るのかな。
夕暮れ時の賑わう街を歩きながら、初めて味わう嫉妬という感情に、頭がおかしくなりそうだった。今夜ファロが来ても、私はいつも通り彼と笑って話せるだろうか?
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「ナナセ、明日の火龍だが」
「はい、なんかレイドで対応って支部長は言ってましたね」
「3頭確認されたそうだ」
「火龍3頭ですか。なら、早めに一頭私達で押さえましょう!火龍なら紅玉に火炎耐性のある鱗も採れますよね!」
「そうだな。だが……悪い、もしかしたら俺は足手纏いになるかもしれん」
急に真面目な顔をしたファロは、何だか体調が悪そうで私は心配になった。彼の体調を押してまでクエストを受けたい訳じゃない。ただ、2人でクエストを受けたかった。それだけなんだから、クエストをキャンセルしたって良い。
「具合が、悪いんですか?ならキャンセルしましょう。私は久しぶりにファロとクエストに行きたかっただけなので、体調が悪いのなら休んでいた方が良いのでは?」
「いや、具合が悪い……訳ではないんだがな。こう……最近集中力が続かないんだ」
それから、彼は話してくれた。
最近誰のとも分からない殺気や、意識を持っていかれそうに成る程の嫌な匂いに悩まされている事を。
「発情期が近いからなのか、それとも先日買った抑制剤が合わなかったからなのかは分からんが……だが、俺はクエストに行きたいんだ」
「ファロが良いなら私は構いませんよ。でも、私が見て無理そうだと判断したら離脱させますからね?」
「あぁ。それで良い……」
「何か、悪い物でも食べました?何だか本当に具合が悪そうです」
「だとしたらお前も気分が悪くなっている筈だろう?お前と知り合ってから、殆ど食事はここで食っているんだから」
「それもそうですね。ははっ!私達、クエストを一緒に受けるよりもこうして家で一緒にいる時間の方が長いですよね?ファロは大丈夫なの?毎日ここに来て」
そう言った後に私は直ぐに後悔した。
何を…私は聞いているんだろう!ここでもしラグ君の名前がでたなら容易く傷付く癖に。
「あぁ……すまない。考えなしだったな……エルヒムが居たんだったな」
「いえ…あの…」
そうだった。私の恋人がエルヒムだって彼は信じてる。言うべきなんだろうか。違うって…嘘を吐いていたって。でも、彼がもしラグ君の事を好きだったら?
私は後悔した。彼の気持ちを探る様な事をして、結局自分で自分の首を絞めてしまった。
「今度、飯を食う時は外で三人で食おう。流石に恋人の部屋に俺が居てはエルヒムも良い顔をしないだろう。すまなかったな。今日は帰るとするか……じゃあ明日会おう」
どうして私は本当の事を言えなかったんだろう。
結局私はラグ君との関係も、私の事をどう思っているのかも聞けなかった。
傷付く事が怖い。君を知れば知る程、好きになればなる程、私は愚かで醜い人間になっていくよ。ファロ……お願いだから、私を見て。
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