第2話 俺という獣人

 俺は狼の獣人。この国で、獣人はあまり歓迎されていない。それは、獣人が百年ほど前までは人間の国で奴隷や家畜と変わらない存在だったからだ。しかし、隣国のザーナンドとの戦いで戦闘力の高い獣人戦士の力を知ったこの国は、獣人の扱いを変えた。

扱いを変えた所で心に染み着いた嫌悪感は簡単には拭えない。

100年経った今でもそうだ。俺は冒険者になる為にザーナンドからこの国にやってきたが、最初は酷い物だった。仕事は貰えず、住む場所すら保証人がいなくては見つけられず、野宿する羽目になった。


 ある日、東の森へ向かった冒険者達がウォーベアとワイバーンに追われてこちらに向かってきたのが見えた。最初は知らぬふりをするつもりだったが、寝床を壊されるのも癪だったので仕方なく三体を片付け彼等を助ける事にする。彼等は遠くザギ国から来た冒険者だった。ありがたい事に、彼等からパーティへの参加を打診してくれたが、俺の事で迷惑を掛けるのも考え物だと思いパーティ参加は断った。だが俺も、冒険者になる夢を逃したく無い気持ちもあって、彼等にはこの国にいる間はサポートメンバーとして声をかけて欲しいと頼んだ。


 あれから、俺はなんとか今居るロートレッドに馴染んで、仕事も出来る様になったのは幸運だったと思う。トントン拍子にランクも上がり、今ではソロのSランク冒険者としてギルド協会からのクエストをメインにしている。実力があれば皆受け入れてくれると自信を持てた。


 今日はギルド協会から緊急クエストがあると聞いて、それを確認しにやってきた。ギルドに入るやいなや、ナナセが近付いてきて緊急クエストについて知っているかと聞かれた。既にナナセはクエスト内容について知っている様で、チームを組まないかとも言われ了承したが、俺で良いのだろうかと思いもする。


 Sランクになって、多くの冒険者にサポートを頼まれる様にはなったが、チームには入れてもらえない。それは俺が獣人だからだろう。

国によっては獣人が入国出来ない場合もある。それを皆、懸念している様だった。だが、ナナセは界渡だからなのか、俺が獣人である事を気にしていないし、俺とあいつは戦う上での相性が良い。何を指示しなくとも、俺の動きを読み行動する。それはあいつが俺を見ている、と言う事だ。しかも、誰もが忌み嫌うこの獣体があいつは好きだと言うのだから、変な奴だと思う。もしもナナセがチームを……そう言ってくれたら。俺は迷わず手を取るだろう。

これまでそんな冒険者と出会った事が無いので、少し……いや、かなりくすぐったい。


 クエスト内容は確認した。さて、火龍討伐の準備の為に買い物をしておくか。まずはポーション、魔石に追加装備の購入。


「後は抑制剤か」


獣人の俺には忌々しいが発情期がある。今回の討伐時期に被りそうだから、多めに買っておくか。万が一の避妊薬も必要かもしれない。

ギルドでクエストの確認を終えると、俺を待っていたナナセと入り口で話をした。ナナセがいるならクエスト中の飯は心配なさそうだ。こいつは俺の好みを良く知っていて、いつも美味い飯を食わせてくれる。それに異界の渡り人らしく俺達には無い雰囲気を持っていて、いつも飄々として捉え所がない。そこも面白い所だと思う。


ひとしきりナナセと話した後、向かいの生産ギルドの店に寄った。いつもは午前中に行くが、今日は午後に顔を出した。すると、見かけない顔の店員が居た。

俺と同じ狼の半獣みたいだった。しかし、あまりにもか細く、本当に狼が入っているのか?と疑問に思う程だ。


「すまないが、抑制剤はあるか?」


その店員は、幾つが抑制剤を出してきて説明をしてくれた。この店員も発情期は辛いのだろうか?懇切丁寧に説明してもらったが、発情期を知る者だからこその物だったように思えた。いい買い物が出来たし、次の買い物に行こうかと店を出たところにナナセが声を掛けてきた。


「ファロ!買い物終わったの?良かったら食材買いに行くんだけど手伝って欲しいんだ」


腰まである黒髪に切長の黒い瞳。美しい容姿に似合わず一撃必殺で相手を倒すその姿は雷刀ライトニングの二つ名を体現していると思う。本人は、元の世界で剣道なる武術の指導者をしていた上に、こちらに渡った際に何万人に一人持てるかどうかといった、剣術に合ったスキルを得たと言っていたから、成程。故にあれ程までに強いのかと得心したものだったが。


「ああ、構わない。夜は食わしてくれるのか?」


当然食わしてくれるだろうと笑ってみたら、少し考えてもう一人加わるがいいか?と聞かれた。


「勿論構わないが、誰だ?」


「私の恋人です」


その言葉に、荷物を落としてしまった。ナナセに恋人が居たなんて、全く俺は知らなかった。

確かに、人当たりもよく飯は美味くて美人とくれば誰かしら言い寄ってくるわけで、何故かショックを受けて「ああ」としか返事が出来なかった。


「大丈夫ですか?落としましたよ」


ナナセは荷物を拾うと『何やってるんだ』と言いたげな目で俺を見た。俺は何にショックを受けているのだろう……俺の唯一の友を奪われた事だろうか?それとも恋人が出来たという事すら教える必要の無い程度の付き合いだった、という事なのか。だが、確かに俺はショックを受けている。


 その晩の食事は思いの外楽しかった。恋人だという男はまさかのSランクのエルヒムだった。

面識がある男だったという事にも驚いたが、恋人と言うよりもまるで、既に家族であるかのような関係に、俺はなんだかしょうがないと思ってしまって、特に二人の事を聞く事もなく討伐の話などをしてその日の食事会は終わった。

なんだか心がザワザワしてしまって、今夜は寝れそうに無いなと、森を走った。


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