第8夜 酒精とマリオネッタ
その日も平凡な昼間が過ぎて。そう、特別暇な時間が多かった。
元々閑古鳥が鳴いているようなものだし、夜がメインの客入りだ。
だというのに、今日は客もいなければ、マスターからの指示もない。
彼は少し準備をしてきます、といったきり二階に上がって降りてこない。
手持ち無沙汰にリビングに佇んでいると、軽やかな足音が近づいてくる。
「お待たせしましたルナさん、ちょっと出かけてみませんか?」
滑るようにソファーへと腰掛ける姿は……
部屋着ではなく小洒落ているのであろう、黒のコーディネート。
すらりとした長い脚が目立つ。随分としっかりと着込んでいるようだ。
上半身は金の刺繍のあるスーツだが……下は伸縮性のありそうな素材に見えた。
脚から視線を上げていくと、首元ではなく高い位置に髪を結い上げている。
懐から、するりと2枚の名刺のようなものを出すとテーブルに並べた。
「……招待制の人形劇?」
名刺の形をしているが、ツルツルとした質感で厚みのあるそれには、表にはチップのようなものが組み込まれている。
裏側には開催場所と時間と、人形同伴可能と記載されている。
いわゆるドールショーですね、と付け加えられた。
ダンスショーならば人間が踊るが、それらの代わりはすべて機械人形が補う。
踊りを披露するものもいれば、歌うもの、芝居をするもの、様々らしい。
戦の後に人形たちが行き着いた、ひとつの使われ方でもある。
「少し前に、依頼人から頂いたんですよ。たまには、息抜きも必要でしょう」
「私よりも、向いているのが一体いますが……」
「なんで同類の踊りなんかみなきゃいけないんですか、と断られてしまいましたよ」
よほど嫌そうな顔でもしていたのだろうか。思い出して苦笑いをしているマスター。
普段こういったものにはあまり関心を向けているとは思えないのだが……
機械人形が見れるのならば、それでいいのかもしれない。
「息抜きになるかはわかりませんが、拒否する理由もありません。同行します」
人が多そうですが、大丈夫ですかと尋ねると。
いないものと思うので問題ありません、と返ってきた。
「ありがとうございます。おや、貴女は着替えないんですか?」
「私が? ドレスコードの指定があるならばやむを得ませんが……書いていません」
それは残念です、とチケットを一枚手渡された。
なくしちゃダメですよというものだから、気をつけて懐にしまった。
少し早いですが、向かいましょうという声に従って事務所を後にした。
赤い煉瓦作りの建物。外見はどこにでもありそうな広めの間取り。
中に入るとぎらぎらとした照明が目立つ。
豪華絢爛よりも、けばけばしいがよく似合う内装。
舞台と思われるところは控えめなライトアップで、客席のほうが眩しい。
普段はバーとしても営業をしているらしい。壁にメニューが掲示されている。
こちらへどうぞ、と案内をするのは新型の人形。
ビスクドールのような顔立ちで、紡がれる音は声変わり前の少年に似ている。
案内された席は舞台にかなり近い場所。
テーブルにはメニューが備え付けられていて、酒の名前と思しきものが並んでいる。
「マスター、眩しくないですか?」
「ふふふ、インドアにはきつい照明ですね」
微笑しながら、懐から取り出したのは薄い色づきのメガネ……サングラス?
ないよりはマシでしょうと身につけた。
視力は悪くはないだろうから、伊達というものか。
周囲を見渡すと、少しずつ舞台の方では準備をしている様子が見えた。
客席も賑やかになってきた。
周囲の人間はアルコールを摂取したり、なにか食べている。
ちらほらと、機械人形の姿も見えた。戦闘用は見当たらない、ほとんど新型だ。
背格好も様々、性別サイズもさまざま。
小型の人形を膝に乗せて食事するものもいた。
ショーを見に来ているのか、飲み食いをしにきているのかどっちもなのか。
飲食のできない私には、よくわからない。
こちらに向かってくる足音が聞こえて、ついと視線を正面に向ける。
「まずはこちらをどうぞ、あなたがたにお似合いのカクテルでございます」
そういって人間が運んできた、滑らかな形のグラスに注がれた色鮮やかな液体。
マスターの前に置かれたのは、紫色をしていて、果物が浮かんでいる。
グラスの縁には、小さな台紙が差し込まれている。
私の前に置かれたのは、淡い緑色のようにも、黄色のようにも見えるもの。
こちらにも同じくカードがグラスの縁についていた。
よくみると文字が書かれていたので、そのままつい読み上げた。
「ぎむ……ギムレット?」
カクテルの名前ですね、と白い指がカードをさらっていく。
そのまま自分のグラスのカードも取り上げて目を通している。
「ふむ――色味が気に食わないですね。このカクテルは……
そんなに未練がましくみえますかねぇ。
あぁ、でも味はいいし、目利きに間違いはないですね」
「先程の方は人間でしたね」
「それぞれにあったものを、即興で提供する……
それを機械人形にやらせようとすると、コストが高くつくんでしょう」
花に言葉があてはめられているように、カクテルにも意味があるんですよ。
ちびちびと舐めるように飲みながらマスターがいう。
「マスターのものは、どんな名前だったのですか」
内緒ですよ、と悪戯っぽく微笑んで教えてくれない。
「貴女の分は私がいただきますから、そのままにしておいてくださいね」
そうだ、流れるように提供されたのだった。外見でわかるだろうに。
客には人かモノかは構わず提供するスタイルなのだろうか。
それにしても……
「マスター、お酒飲めたんですね」
「飲めない年齢に見えますか?」
いえ決してそんな意味ではないと急いで伝える。
飲んでいる所を見たことがないものだから、てっきり好まないのかと。
「割と仕事でも飲みますし、基本外で飲みますからね」
あぁ、たまに夜中に外出して気がつくと戻ってきていたのはそれか。
私が付き合うことはできないから、その方がいいだろうと思う。
思いを巡らせていると、舞台の方が静まり返った。
「あぁ、ショーが始まるみたいですよ」
客席の照明が一気に暗くなり、代わりに舞台がまばゆいくらいに照らし出された。
合成音が紡ぐのは、いつかの戦争の物語。
マスターから聞いた話を思い出しながら、耳を傾ける。
舞台の裏から入れ替わり立ち代わり、様々な人形が登場しては退場していく。
外見だけをみたら、人間そっくりそのものにすら見えそうなもの。
愛嬌をふりまくような動きで、客席に向けて踊るもの。
しずしずと前にでては、互いの腕が、武器であるかのように打ち鳴らし合うもの。
戦いの表現だろうか。鈍く重い音が室内に響く。
もっと賑やかに騒ぐ声がするかと思ったが、存外人間の声は控えめだ。
先程まで争うようにしていた人形が、今度はぎくしゃくとした動きをする。
その後ろでは繰糸を操るような動きをした別の個体が、歌う。
人間という糸に繰られるマリオネッタ。ただひとつの存在理由。
捨て置かれるよりも、壊されるよりも、使われるのならば満足できるのだろうか。
すぐそばで、かすかに動く気配がして。
視線をそちらにやれば、暗闇の中でもうっすらと浮かび上がる細い指が……
あぁ、私の分のカクテルグラスをつまんで。
ひといきに飲み干していた。けほけほという、咳き込む音も聞こえた。
……一気に飲むものなのか??
掛ける言葉が見当たらないうちに、流れている曲がテンポのよい曲に切り替わる。
次に登場するのは、薄布の衣装をまとった機械人形。
首筋、胸元や関節、脚や腕には宝石があしらわれている。
飾りをまとうのでなく、人形自体に埋め込まれているタイプだ。
新型なので、裸婦に限りなく近い造形をしている。
華美だが、確かな技術をもって作られたのだろうな、というのはなんとなくわかる。
艶めかしい、に該当するであろう踊りに、客席からは囃し立てるような音が鳴る。
バーテンダーがやってきて、新しいカクテルをふたつ置いていった。
新しい酒を飲み始めたマスターへと向き直る。
「喉は問題ありませんか」
おや、見られてましたかと笑う顔は、いつもより血が通って見える。
「あの人形、いい造りをしてますね」
「あぁいった造形が好みで?」
形は趣味じゃないですけれど、腕の良い人形師の作品ですよと彼は言う。
言葉とは裏腹に――
踊る人形を見る眼差しは、いつもよりもまろやかな色合いに見えた。
「外側もひとつの見せ所だけど、やっぱり細部にどれだけ趣向をのせるかですよね」
飲みながら、ぽつぽつと、しかして滑るように言葉は続く。
関節や継ぎ目の処理の仕方は、それぞれで大きく異なります。
可動域の違いもありますし、用途によって必要になる所、限界まで遊びを持たせる所。どれだけメンテナンスを必要とするかは製作者の腕によりますし、実用性を無視して己のこだわりを詰め込むこともできます。小型の少女タイプによく見受けられますね。コストを削減しすぎると耐久性が露骨に下がるし……実用性ばかりに傾いてはメカメカしくなりますからね。人形の名を関する以上、あまりかけ離れた造形にするのは好ましくありませんね、私個人的には。知識と技術に関しては、学びになりますけれど……
「造りがよいのに、ああいうふうに別のものを埋め込むのは、もったいない」
「マスターは、本当に人形をよく見ておられるのですね」
「これでもそれなりに長く、人形師をしていますからね」
酔うと口が滑りやすくなるタイプなのだろう。
そのままにしておくと、延々と話が続きそうだ。
笑みを刷きながら、酒をぐいぐいと飲む姿を見ているのも悪くはないが……
なんとなく落ち着かない。
眼尻は下がり口角は上がっていくものだから、基準の摂取量から見てどうなのかも気になる。うっとりと人形を目線で追う様は、恍惚に近いものだ。
「そういえば、マスターはなぜ人形師になられたのですか?」
私ですか? と酒を飲み干して答えを紡ぐ口元は滑らかだ。
「元々そういう家系ですしねぇ……あとはシンプルに、どれくらいできるかなと」
「造りたいテーマがあったのですか」
ひらひらと手で顔を仰ぎながら。
「モデルにしたい人がいましてね。どこまで似せられるか。
どれくらい、人間らしい人形が作れるか……まぁ、人形師あるあるですね」
グラス越しにけぶるような蒼色が見える。霧がかった湖のような瞳。
先程までの情熱はなりを潜めて、深海のような静けさをたたえている。
水面に映る、蜃気楼を眺めているような。遠くをみつめるような。
理想を形作ったり、失った形を取り戻そうとする人形師もいるらしい。
「お望みのものが、いつかできるといいですね」
そうですね、たおやかに微笑んで、またカクテルを飲み干した。
さ、そろそろ外にでましょうかと彼が言う。
しっかりとした足取りの後をついていく。
外にでるなり立ち止まり、懐からがさごそと何かを取り出している。
見覚えのある手袋をはめている……ということは。
「たらふく飲んだので、散歩でもしましょうか」
どちらまでと尋ねれば、すたすたとバーの向こうに見える離れへと歩いていった。
なるほど、仕事の依頼もかねてだったのか。
ショーはそのついでといった所だろうか。
「今回はターゲットから情報の聞き出しと、生け捕りがメインですよ」
「珍しいですね、始末しなくていいなんて」
依頼人は人形師ですからねぇ、とマスターは言う。
「それなら、なおのこと生け捕りは珍しいですね」
「こだわりの強い人でね。自分の美学に反する行いをしているから――
自分で始末をつけたいそうです」
はい、到着ですと彼の声がする。
離れは二階建てで、上の階からは明かりが漏れている。
入り口前には、二体の機械人形が門番のように立ち尽くしている、戦闘用だろう。
中に何人いようとも、とりあえずあれを処理しなければ邪魔になる。
「マスター、少しお時間をください片付けますので」
「あぁ、人形は傷つけないで欲しいというご要望なんですよ」
あんなに邪魔な場所にいるというのに? 回り込もうにも検知範囲が広すぎる。
「ルナさん、念の為耳を塞いでもらえますか?」
懐から取り出したカードをひらひらさせながら、ここで待っていてくださいと言われた。マスターはすたすたと入り口へと歩いていく。
言われるがままに聴覚付近を手で覆う。ついていきたい脚を地面に縫い止める。
彼が弄んでいるのは――チケット?
刹那、バリバリと砕くような音が響き渡る。
硝子を引っ掻くのに似た、人形にしかわからない音。
視界が大きくぐらりと歪む。
たわむ世界の中で、門番の二体の人形が静かに崩れ落ちるのが見えた。
大事はないかと急ぎ駆け寄った。あちこちがギシギシときしむ感覚がする。
「おや。 貴女は大丈夫ですか?」
すいません、来てしまいました、と謝罪をしてから。
「……諸々平時と比べて半分以下です 特に視覚と各関節が動かしにくいです。
世界が歪んでみえるのですが、なんですかソレ」
あぁ、これは依頼人が準備しておいた、まぁ負の遺産ですよと彼はいう。
「もう一枚持ってるでしょう、あれが電磁波避けになっているはずなんですが――
至近距離じゃなくても、影響はやはりありますね」
後で依頼人に色つけてもらいましょうと嫌そうな顔をしているマスター。
足音を響かせながら、建物の中へと歩いていく。
ピントが合いにくい視界ではあるが、周囲に気配はない、はずだ。
間取りを把握してあるのだろうか。
ぐるりとした螺旋階段を登って、何処かで見たような絵画の贋作を通り過ぎて。
奥まった部屋の扉から明かりがもれていた。外の人形によほど自信があったのか。
万が一まで頭が回らない愚か者なのか。
「では、ちょっとお話してきますから、待っていてください」
「かしこまりました。なにかあったらすぐにこちらへ」
室内へと滑り込んでいくのを見届けて、扉の傍に控える。
かすかな足音の後に聞こえたのは短い悲鳴と殴打するような音。
それと少し水っぽい、弾力のあるものを蹴り飛ばしたような音。
お話、をしているマスターの声が聞こえる。
返事はずいぶんと聞き取りにくい音だ。
生け捕りにする割には過激な音が続くので、そっと扉の隙間から中を除く。
よく肥えた巨漢が縄で縛り上げられている最中だった。
なるほど、あれなら手足を縛れば転がるぐらいしかできない。
やはりマスターは酔っているのだろうか。
ずいぶんと足癖が悪い。それとも最初からその予定だったのだろうか。
聞き出しているような声はするものの、打撃音の方が目立つ。
……あんなに身軽に動き回れたんですね、あの人は。
体つきこそ細いものの、手慣れた様子が伺える。
それもそうか。私が出会う以前も仕事をこなしていたのだろうから。
動き回るその姿が物珍しくて眺めていたら。
ふとこちらを見た彼と視線がかち合って。
悪戯っぽく、冷笑しながら唇の前に指を立てるものだから。
すぐに視線を外へと戻した。
あまり、飲酒はさせすぎないほうがよいかもしれない……
終わりましたよ、という声が聞こえたのは半刻ほど経ってからだった。
声に従い足を踏み入れると、部屋一面に広がるモニターと電子機器。
そこではショーの様子が映し出されていた、先程のものだろう。
室内の暗幕で簀巻きにされているものを横目に見る。
「お疲れさまでした、これは運べばいいですか」
「えぇ、もう少しで受け渡しの人がきますからね」
呻く物体を蹴り飛ばしながらマスターが言う。
何箇所か役に立たなくなった所はありそうだが、生きてはいるのでいいのだろう。
手早く済ませて帰った方がよさそうだ。私の体も本調子ではない。
あぁ、これくださいなと彼が揺らめかすのは招待のチケット。
懐から取り出して手渡すとばきりと膝を使って二枚とも折った。
転がる巨体を担ぎ上げようとしたけれど、片腕では無理だった。
普段なら軽々だというのに。仕方なく両腕で担いだ。みしりと関節に響く音がする。
背後にマスターがついてきているのを確認しながら、外へと向かう。
外へと通じる扉は蹴り開けて。くずおれた機械人形を通り過ぎたとき。
頭の右側からカチャリとした金属音がして――
反射的に向いた目の前には鈍色の銃口が向けられていた。
蹴り上げようとした足には、カタカタと震える人形がすがりついていた。
回避は間に合わない 避けるわけにもいかない。それならば。
荷物から右手を離して、銃口をつかんで右下にずらす。
発砲音に続いた衝撃で体がぐらつき荷物を落とす。
肩が裂けたが、気にせず銃口を覆う。
空いた片手で狼藉者の腕を掴んで握りつぶした。軋む音が響く。
落ちた銃は左脚で蹴り飛ばして。右脚でがらくたを踏み砕く。
腕を抑え、怨嗟を吐き散らす人間を、負けじと睨めつける。
まだ――まだだ、確実に息の根を止めなければ。
重い体を前へと動かそうとした時だった。
強い力で私の左腕が後ろへと引っ張られて。そのままバランスを崩して倒れ込む。
傾ぐ視界の中、黒い影が躍り出た。
風切音すら聞こえそうな、的確な頭部への鮮やかな一蹴。
食らった人間がぐらりと揺れて倒れ込む。
「人の物に手を出したんだから、当然だよね」
這いつくばる様を見下ろして……
躊躇なく踵を振り下ろす――頭蓋骨のへしゃげる音がした。
身動きしなくなったのを確認して、急いで立ち上がる。
「マスターっ! お怪我はありませんか」
申し訳ありません、と駆け寄ると。
「何故避けなかったんですか?」
振り向きざまの射抜くような蒼色にたじろぐ。避ける?
「弾、が……あなたに当たってしまいます」
私が逃げもしないで立ち尽くすと?
「こういうとき、機械人形は盾になるものです。
この身はいくらでも替えが効きますから」
私が壊れたのならば、捨て置いて生き延びてくださればいいのです。
「尻尾を切ってトンズラするだなんて、死なばもろとものほうがまだマシですよ」
地面に落ちている銃をくるくると弄びながら。
それは死んでも構わないというのと同義で。
「お言葉ですが、マスターこそ何故前に?」
私は何をやっきになっているのだろう。
盾にもおとりにもなるこの身があったのに。
目の前の邪魔なものを始末しただけですよ、と冷たい声は言う。
「火の粉を放っておくほど、優しくはないんですよ」
「ですが――なにかあってからでは、取り返しがつきません」
人間は、失われたら戻せない。些細なことでも、終わりがやってくる。
「そうですね、機械人形は修理ができるし、作ることもできますからね。
けれども、それはもう貴女ではないんですよ」
「こんな旧型でなくとも仕事はこなせます。
この身の損壊よりも、主人の身の安全を優先します」
互いの言葉が食い違う。むきになっている、らしくない。
違う、ただ、ただ私は。
トントンと踵を踏み鳴らし、目を眇めながら。
「人形師にとって使い捨てだったとしても……
私にとっては――そうであるとは限らないんですよ」
いったい、どういう意味かと尋ねようとしたけれど。
クラクションの音が近づいてくる。乗り付けられた車から数人が降りてくる。
依頼人だろうか。私が落とした荷物を拾い上げて回収していく。
動かなくなった人間もついでとばかりに、回収されていった。
静けさの戻った夜に、ただふたり立ち尽くす。
「……ともあれ、お仕事終了ですから、帰りましょうか」
貴女のメンテナンスもありますからね、とこちらに背を向けて歩きだすマスター。
その言葉も、声音も、いつもどうりのものだ。
「はい、夜更しはマスターの体にもよくありませんものね」
一歩下がって後ろをついていく。
いつもどうりに戻るための、飾りのセリフ。
たぶん、噛み潰した言葉が互いにあるような気がした。
この身の歯車が砕かれるよりも。二度と瞳を映すことが叶わなくなるよりも。
私は……私はあなたが失われてしまうかもしれないと――
それがただ――ただ、恐ろしかったのです。
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