第7夜 陽炎の陽だまり
夜の仕事が休みになってから。今までよりもさらに暇になった。
時折、探し物、雑用的な昼の仕事はあったものの……
シアと交代で済ませてしまうことが多かった。
今日などは、それすらもなかったのだけれど。
シアは今日は用があるとのことで、事務所には来ていない。
私はというと、掃除ばかりを繰り返していた。
それさえも終わらせてしまい、どうしようかと考えた。
新しいことをしてみるだとか……そんな選択肢は元からない。掃除は十分。
迷ったあげく、マスターに聞いてみることにした。
以前もこんな日があった気がする。
彼はというともっぱら読書に集中していた。
たまに電話をかけたり、外出するときもあるが。
「マスター、どうしましょう。また暇になりました」
そういうと、彼は本に目をむけたまま。
「私も大分暇です、読みあきました。どうしましょうか」
言葉とは裏腹に、視線は本から離れないまま。
私は少し考えてから、冷蔵庫の中身を確認した。
食料の買い置きが、残り少なくなっていた。
彼のところへ戻ると、彼が本から顔をあげていた。
「貴女はこれからどうするんです?」
「ちょっと買い物でもしてきます。足りないものが」
意外なことだが、マスターは細身なわりに、よく食べる。
人形作りで頭を使うからだろうか?
そうつげて、財布を服のポケットにいれていると。
「私も、ご一緒してもいいですか?」
聞こえてきた言葉に、体を半分ひねって振り向いた。
マスターと、買い物。初めてだ。
「特には何もありませんけれど、構いません」
「それはよかった」
彼はそういうと、本を勢いよく閉じた。室内に音が響く。
それじゃあ行きましょうか。
彼とともに私は事務所を後にした。
普段いく店は、中央広場の先にあった。
事務所自体の場所は、少し奥まったところにある。
何度目かの曲がり角を曲がり、広場の手前にきたときだった。
遠くに、何か見覚えのあるものがいるような。
あのピンク色と、小柄な体は……
「ルナさん。あれって、シアさんじゃないですかね」
隣を歩くマスターも気づいたようで、そう話しかけられた。
ずいぶんと先にいるのに、よく見えるものだと思った。
日ごろから細かい作業をしているのに、目がいいとは。
「何をしているのでしょうか」
よくよく見ると、口が動いている。
建物の影になっているが、誰かと話しているようだった。
じっと見ていたら、こちらに彼女が気づいたようで。
向きを変えて、大きく手を振っている。
「話相手、あの分だとほったらかされてますね」
彼がそういう間にも、こっちに向かって走ってくる。
手提げ袋には、料理の本が数冊入っているのが見えた。
「こんにちわ~ルナちゃん、アル様」
「こんにちは」
「どうも」
挨拶を返してから、何をしていたのかとたずねてみると。
「通りすがりの誰かさんと話してました」
薄く微笑んだまま、そんな答えが返ってきた……誰だそれは。
どう返そうか、困る。
隣の彼を見ると、さっきまでシアがいたところを、注視している。
誰か知り合いでもいたのだろうか? そう思っていたとき。
「あの野郎」
ぼそりと小さく聞こえた声は、珍しい声音だった。
向かいに立つシアを見ると、まぶたをぱちくりさせていた。
そうして二人で顔を見合わせていると。
誰かが歩いてきて、シアの隣で足を止めた。
その男の正面には、マスターが立っている。
誰かと姿を見てみれば、変な人こと、エルフィスだった。
いけない、間違った覚え方をしようとしている。
一応、マスターの知り合いだというのに。
「まったく、どこでもうろついてるんですねぇ、貴方は」
「どこにいようと俺の勝手だろう」
恐ろしいほどの営業スマイルで、マスターは話しかけて。
相変わらずの不機嫌そうな顔で相手が答えた。
シアはというと、彼の隣で糊付けしたような笑み。
目を眇めながら、マスターが言う。
「そういえば、ここ数年話を聞いていませんね」
話しはな、とエルフィスは軽く鼻で笑いながら。
「もとより、話など聴く気はないだろうに」
「貴方こそ。個人的なことはどうでもいいんです。
人形制作のことなら聞きますよ」
言ったな? と金糸の男は、マスターをにらんだ。
続いて降ってきた言葉は。
「ちょっと、カフェで休憩しましょうか。コレもつれて」
コレの部分で友人であろう男を指差しながら。
「買い物は、どうしましょうか」
「後でいけばいいんじゃないですか~?」
私のほうをむいて、にこにこしながら彼女が言う。
隣の男には、完全に背中を向けている。
そうして、私たち四人は手近なカフェへと入った。
「あたし、また今度新しい料理を作ってみようと思うんですよ~」
シアがそういって、私に話す。さきほどから料理話ばかりだ。
カフェの中、案内されたのは二人席。
ちょうど二組分あいていて、よかったとは思う。
左に人形二体、右側に人形師がふたり。
「あったかい地方のお料理とか。寒いところは辛いらしいですよね」
「シア、あなたは食べられないでしょう」
「えぇ、作るのが楽しいんじゃないですかぁ。ルナちゃんも、まだまだですねえ」
その作った料理を食べる人のことは、考えているのだろうか。
「私は、どうせ料理は下手ですから」
「おかしいですよねえ。レシピどうりなんでしょう?」
「あなたの場合は、アバウトすぎです」
概ね、大体はきちんと料理をきちんと作れているのだが。
たまに……たまに好奇心かなんなのか、創作料理をしようとする。
前に一度、粉の分量を間違えたあげく、室内にそれが充満した。
そのまま作業を続けようとしていた。
あやうく台所が吹き飛ぶところだった。
「趣味のひとつくらい持たないと、人生損ですよ~?」
「いえ、そもそも人じゃないでしょう……ヒトガタです」
どっちだっていいんですよお!と少し声が大きくなった。
さっきから、出された水の氷で遊んでいる。
ストローでまわすから、からからとした音が響く。
私は、先程から聞こえてくる会話が気になって仕方がない。
隣席のほうがすさまじいのだけれど――
考えつつ、隣をちらりと見る。
「ですから! その回路ではシンプルすぎるんですよ。
コストは抑えられますけれど。 簡易な分、すぐ壊れてしまいます」
「しょせん使い捨ての道具だろう。壊れて普通だ」
「だから貴方の人形は……
いつもいっつも長持ちしないんですよ! ケチですね」
「安いに越したことはない。だいたいお前のはいちいち複雑すぎるんだ」
話し合うとかそういうものよりも、言い争いに近いように見える。
「もともとそういうものでしょう!? 貴方は手抜きなんです」
マスターの眉は、いままでにないくらい吊り上っている。
対するエルフィスの顔は、特に変化はない。
こちらも、多少眉をひそめてはいるようだが。
「お前の持論は、だいたい飛躍しすぎている。
動作が不安定なところもある」
「何を。貴方のいいわけなんか。
どれも型にはまったものばかりじゃありませんか」
「量産するものなのだから、それでいい」
「それでは、いつまでも機械人形はそれ以上にはなれないんですよ」
「それ以上など、誰も求めていない。お前くらいだろう。
代わりに作るやつなんて。よしんば実現したとして、また人に使われるだけだ」
「そうならないがためのものだと言ってるでしょうに……堅いな」
ふぅと、マスターがため息をつく。
まだまだ話は長引きそうだ。横目で見ていると。
じろりとエルフィスに睨まれてしまった。
仕方がないので、視線を正面へと戻した。
シアを見ると、彼女も横目でちらちらと見ていたようで。
「ずいぶんと盛り上がっています」
「あたし、あんなにテンション高いアル様初めてみましたよ」
テンションが高いのではなく、あれは怒ってるんじゃないだろうか。
「人形制作についての話のようですね」
私は人形だが、それについての知識は入っていない。
構造はわかるが、完成するまでの工程は具体的には認識していない。
「ちんぷんかんぷんですよ。まったく楽しくないです」
ぷうっとほほを膨らませるような仕草……
いや、ほほを膨らませて彼女がいう。
そういう柔らかい素材なのだろう。まさか実際に膨らむとは。
膨らませることに、何か意味を持たせてあるのだろうか?
しかし、彼らの声が、大きすぎるような気がする。
店内を見回すと、ちらちらと見ている客が微妙にいる。
「あの、お二方。少し声が大きすぎるようですが」
隣の席へと、そう声をかけると。
「お構いなく」
満面の笑みで、マスターにそう返された。
いや、お構いなくじゃなくてですね……どうしたらいいのだろう。
「すっかりカヤの外ですよ、あたしたち。
こっちはこっちで、盛り上がってればいいんじゃないですか?」
「どうやって盛り上がれと」
うーんと、彼女は少し考えてから。
「ルナちゃん、最近何か楽しいこととか、なかったんですかあ?」
そう問われて、私は考え込んだ。楽しい……
ある意味ではこの状況がすでに愉快な気もするのだけれど。
そういうことではないだろう。
「ちなみにあたしは、今の状況がユカイですよ。ほんとに」
そういうと彼女は、また隣席を見た。相変わらずの光景。
どちらにせよ、先に言われてしまった。
「楽しいこと……ですか。難しいことを」
「えぇ~あるでしょ? うーん、変わったことでもいいです」
ルナちゃんの、日常……普段から違ったこととか。
彼女はそういってまた氷をもてあそぶ。大分溶けていた。
変わったことなら、まぁ……ある。
というか彼女がきてから、変化が多くでまとめきれない。
「特には、何も……」
「えぇ! それはありえないです~
ほらほら、なんでも暴露するといいですよ!」
……話さない、というのはだめらしい。
ならばまず思いつくのは……
「このあいだですね、私は寝坊をしたのです」
「珍しいんですか? きっちりしてそうですけど~」
「珍しいことなのです。そのときにですね、鳥がいたのです」
どんな鳥でしたか? といわれて、私は思い出そうとした。
鮮やかな色で、ふわふわとした毛が渦巻いていた。
夕焼けの色かもしれないけれど。
尻尾も妙に長くて。鳴き声はひかえめ。
彼女にそう伝えると、いいなぁ~という返事がきた。
「あたしも見たかったなぁ。うらやましいです」
「夕刻頃から、活動しだす鳥です。見れるのでは?」
特別珍しい種類では、なかったはずだが。
私は普段、野鳥など気にもかけていないのだけれど。
「それがですね~不思議なんですけど」
動物とか、鳥とか、逃げられるんですよ。
彼女は残念そうに言った。
雰囲気からすれば、彼女の方が寄り付かれそうなものだが。
「何でですかね。作った奴のせいですかね。こんちきしょう」
「それは、ご愁傷様です」
ぶつぶつと彼女はつぶやき始めてしまった。
話題を変えなければ。
「この間は、仕事で猫を探したりもしました」
猫ちゃんですか!そう彼女はおおげさに反応した。好きなのだろうか。
「あたし、猫好きですよっ もこもこしてて可愛い」
「たまにぶさいくなバランスのがいませんか?」
「ぶすーっとした顔は、猫なら可愛いから好きです」
地味にひどい言われような気がする。
でも、と彼女は続けた。
「好きなんですけど、引っかかれるんですよ」
「それは大変ですね」
「皮膚代わりの素材がですね、こうびりびりと――」
とりあえず大変なことは、理解できた。
ふわもこしたものが好きなのだろうか……それなら。
「ぬいぐるみとか、いりますか?」
「ルナちゃん、好きなんですか?」
個人的に、どうこうというのはない。
「もらいものです。あまっているので」
どうせなら、全部引き取ってもらいたいくらいだ。
思い浮かぶのは自室で持て余しているもの達。
「ならもらいますっ。でも、誰からのです?」
私はほんの少しだけ、隣の席に目をやってから。
「そのうち、わかると思います」
シアは首をかしげている。
これで、少しは部屋のぬいぐるみが減るだろう。
「ぬいぐるみがあるなら……かわいいお洋服もほしいなぁ」
あぁ、服といえば。
「この間、普段は着ないような服を着たのです」
「あれ? モノトーンでも着てたような?」
「それとは別の服です」
私がそういうと。
「ええ!? ちょっ、ど、どんな服ですか!?
まさかズボンじゃないですよね? 普段の服も似合ってますけど。
あ。まさかのミニスカートとかっ!?」
……どうして私の洋服で、そこまでつっこめるのだろうか。
あれか。
自我は女性だから、そういうものに興味があるのだろうか。
というか何故ミニスカートをはかせたがるのだ。マスターといい。
「暖色の、フリルがついた、ロングスカートですよ」
妙に勢いのある彼女に、私はそういう。
暖色なのは覚えているが、正確な色は忘れた気がする。
「うっわあ、見たかったです! もったいない」
「いや何がもったいないのか、さっぱりですが」
「絶対似合うじゃないですかっいつも同じ服ばかりですし」
「シアだってそうでしょう」
「あたしは、あんまり持ち合わせがないんですよ」
一人で服買ってきたって、楽しくないんです。そう彼女は付け加えた。
そういうものなのだろうか。複雑だ。
そう考えていると、彼女が身を乗り出してきた。
「そうだ、ルナちゃん、今度お買い物いきましょう!」
「服でも買うつもりですか」
もちろんですっ、と彼女が満面の笑みを浮かべた。
……本当に、よく作られている。
「服だけじゃないですよ? アクセサリーとか。ピアスは無理ですね。
化粧もしたいですけど、そこはおとなしくしておきましょう。
故障しちゃいますしね」
「待ってください。何でそんなに余分なものを……」
「せっかく女の子なんですから、楽しまなきゃだめですって」
「仕事には必要ないでしょう」
「お買い物には仕事じゃないから、いいんです。
あたしよりルナちゃんのほうが、絶対似合うんですからっ」
なんだか、彼女がとても楽しそうだ。
このぶんだと、近いうちに連れまわされそうだと思った。
大分話した気がするのだが。先程よりもシアは身を乗り出してきている。
他になにか……変化といえば……
「あなたが来たことじゃないでしょうか」
私がそういうと、彼女は思いっきり首をかしげた。
「えぇ、それってどういう意味ですか~」
するとまたまた頬を膨らませた。
つっついたら、どうなるのだろうか。ふと興味が湧いた。
悪い意味でいっているのではない。
「シアが来てから、いろいろと賑やかですから。その、ええと、いい意味ですよ」
こんな話をするのは、初めてな気がした。
どういう風にするのか困るが、悪くはないような。
「なんだそうなんですか。はっきりいってくださいよ~
あたし、遠まわしにうるさいっていわれてるのかと」
「自覚してるんですか?」
「微妙に」
そういうと、彼女は珍しく、私から目をそらした。
「きっと作ったあいつが原因です。そうに違いないです」
彼女を作ったのがどんな人間かますます気になる。
すると、彼女はまたこちらへと向き直って。
「でもでも、うっとおしがられてなくてよかったですよ!」
「そうする必要なんてないでしょう」
「そのものさしじゃなくて、別のではかってくださいよ」
別のでといわれても、これが私の標準なのだけれど。
「ん~、全体じゃなくて、個人、ですかね?」
「それは私自身ということで、よろしいのでしょうか」
なんだ、わかってるんじゃないですか。
そういってますます彼女の笑みが広がった。
なんだかとてもうれしそうな感じを受ける。
「あたしは、あたしの基準で動いてるんですから。
その上でルナちゃんもアル様も大好きなんです」
……めったに聞かない単語が聞こえたような。
突っ込むべきか。流そうか、どうしよう。
「それは……よかったですね」
結局は流すことにした。だいたい、話し尽くした気がする。
ここに来るまでのことなど、話す意味もないだろうし。
ふと気づくと、彼女がメニューを見ていた。
「……食べたいんですか?」
私が話しかけると、顔を上げた。
「作ってると、味が気になるんですよね」
「そういうものなのですか」
食べたくなるんですよ、とシアが言った。
「こーいうとき、この体は不便だなぁって思いますよ。
食べられないし、匂いも味もわからない」
ないないづくしです、と彼女は何故か笑った。
「人間に、なりたかったですか?」
自分でもなんでそんな事を聞いたのかわからない。
ただ、そう言うべきだと、どこかで思っただけで。
「どちらかといえば、そうかもしれないです」
「食欲?」
それだけじゃないですよ、と彼女は小さく笑った。
「陽の光だってあったかいじゃないですか。花の香りとか。
冷たいのは、やっぱり嫌ですよねぇ」
「そういえば眩しいだけではありませんでしたね」
「忘れちゃあ駄目ですよぉ」
彼女は、からからと楽しそうに笑う。
「でも、人間の体はもろいと思いませんか?」
「そこですよねぇ。あっという間に死にます」
今度は腕を組んで悩みはじめたようだ。
「私達ならば、基本的には長く動きます」
部品、構造などによって寿命はあるだろうが。
基本的には、修理すればすむことだ。
「でも長く続いていくのは、ヒトなんですよねぇ。いろいろ」
人形の事などはいつ埋もれてもおかしくはない。
人の歴史はそうではない。
埋もれたとしても、それを掘り起こすのもまた人だ。
「無意味に長生きよりは、ちょっとの間でも。
楽しく幸せに生きられたら……あたしはそれでいいですね」
私がよくわからない言葉がでた。今も昔も。
「叶うといいですね」
心にもないことをいってみた。少しだけ、思っているのは事実。
彼女のほうが、私などよりは可能性があるだろうから。
「ありがとうございます。でもでもそのときは。
ルナちゃんにも手伝ってもらいますから、覚悟しておいてくださいね?」
そういって彼女は、今日一番の大きな笑顔を浮かべた。
「たまには、こういうのもいいですよね~」
「この何もしていない時間、ですか」
話しているじゃないですか、と目を吊り上げるシア。
「こういうのも、あったかいというのでしょうか」
自分と話している誰かがいて。隣では誰かがもめていて。
特に何もないまま、ただゆっくりと過ぎていく時間。
「そうかもしれませんね?」
彼女は氷の溶けた水を、まだくるくると回している。
そういえばだいぶ話し込んだが。
マスター達はどうなったのだろうか。私は、隣席へと首を向けた。
「ふ……ふふ……ふ。相変わらず面倒な頭だね。
機械でも詰まってるんじゃないの?」
「化けの皮がはがれてるぞ、アルフォンス」
修羅場とでもいうべき状態が、そこにあった。
反射的に、目の前のシアへと首を戻して。
そろそろと、また隣を見る。
すごく、不気味な笑い方をマスターがしている。
あれはどういう心境なのだろうか、もうわからない。
向かいのエルフィスを見ると、眉がより吊り上っている。
心なしか、口元がひきつっているようにも見えた。
「誰のせいかな?」
お前以外にいないよねぇ、とマスターが笑った。
どす黒い、が似合いそうな笑みだ。
仕事用のスイッチが入っているのは気のせいだろうか。
「お前の仮面も割ってやろうか?」
「いらん世話だ。目玉ひとつでまだ足りないか」
そもそも、俺は普段からこんなものだ。
そういってエルフィスは、手元のコーヒーを混ぜた。
マスターはというと、飲みかけの紅茶がおいてあった。
あれだと、紅茶の香りが負けそうなものだが。
飲み物どころではないのだろう。
「実力がないくせに、ほざくんじゃないよ、ルイ」
「貴様は嫌味をいわせたらキリがないな」
「お前には負けるよ」
そういうとマスターは、紅茶に砂糖をいれた。
角砂糖を……大量にいれている。あれを飲むつもりなのだろうか。
私に気づいたマスターがにっこりと笑って――
全力で私はシアへと向き直った。
あんな笑みは記憶しないほうがいい。そう判断したが故の行動だった。
「ずいぶん別人になってますね、アル様」
仕事のときより迫力が増していた……
「あれを犬猿の仲というのでしょうか?」
「どっちかっていうと、マブダチ?」
どうもその言葉が、隣席に聞こえたらしい。
エルフィスがものすごい形相で、こっちを見ている。
「喧嘩するほど仲がいいって、よくいわないですか?」
知って、知らぬか、シアはそう私に話しかける。
「せめてライバルにしてあげてください」
マブダチは、かわいそう過ぎると思った。
ちらと見ると、彼はそっぽ向いていた。
すると、マスターが席を立ち上がり、やってきた。
「二人とも、話は終わりましたか?そろそろ帰りましょう」
「お二方の話は終わったのでしょうか?」
「顔が怖い人が、こっち見てますけど……」
シアがいうのは、エルフィスのことだろう。さらっとマスターが言った。
「ええ、憂さ晴らし程度には役立ちました」
「やつ当たりですね、それ」
小さくシアがつぶやいた。そうとしかいいようがない。
ふと隣のテーブルを見ると、紅茶が空になっている。
……あれを飲み干したのだろうか。
「とりあえず、わかりました」
「あたしも帰ります~楽しかったですよ」
「それはよかったですね」
彼はそういうと、自分の分の伝票だけもっていった。
私達にだされた水は、サービスなので費用は掛からない。
てっきり、伝票でも押し付けていくのかと思ったが。
シアは、さっさと店をでていってしまった。
店を出る間際、席を振り返る。
エルフィスは、冷たくなったであろうコーヒーを飲んでいた。
「じゃあ、買い物に行かないとですね」
「まだついてくる気でしたか」
「おや、お邪魔ですか?」
「別に、構いません」
そういって、私達は店をでた。
変哲がないが、穏やかな一日だった。
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