第5夜 紫焔と蒼茫の邂逅


 その日、私は普段よりも遅い時間に目を覚ました。

 服を着替えようとベッドから降りると、何かが視界に入る。

 テーブルの上に、書類が置かれていた。

 恐らくは仕事絡みだろう……部屋に置かれているのは、珍しいけれど。

 軽く目を通してから、階段をおりていく。

 事務所のソファーがちらりと見えた時だった。

「きゃっ……あぁあーー!!」

 変てこな悲鳴と、重いものが倒れるような音が聞こえた。

 朝から騒がしい。誰が原因かは、だいたいわかった。

 残りの階段をすっとばして降りる。階段のすぐそばには、マスターがいた。

 ソファー付近ではシアが倒れている。その周りには、割れた食器が散乱している。

 それを遠巻きに眺めながら。

「おはようございます、マスター」

「ああ、おはよう御座います、ルナさん」

「おはようございます~ルナちゃーん」

 彼に挨拶をしたつもりだったが……床に伸びているシアからも返事が。

 倒れているシアに近寄り、引っ張り起こす。やはり重い。

 すると、ありがとうございます、といってから食器を片づけ始めた。

「これはまた、随分と勢いがよかったようですが」

 遠い目で食器の残骸を見ている彼に、聞いてみた。

「何もないところで、上手に転びましてねぇ……」

 転び方にうまいもへたもないだろう。嫌味にしか聞こえない。

 何もないところで転ぶのは、確かにすごいと思うけれど。

 そう思っていると、てきぱきと破片を片づけたシアが寄ってきた。

「とりあえず、終わりました~割れるなんてびっくりしちゃいました!」

「私は貴女が転んだ事に驚きましたよ。皿が割れるのは当然です」

 派手な音のわりに、どこも破損していないのは、やはり機械人形らしい。

「割れたものは平気なのですか?」

「私個人のものですから……大丈夫ですよ。 お客様のではないですから」

 それは……全然大丈夫じゃないと思う。もてなすことなど、ほぼない。

「あぁ――すいませんでした。以後気を付けます」

 本当に気を付けた方がいいと思った。

 次から次へと転んでいたんじゃ、いつか大事な部品まで壊しかねない。

「じゃああたしは、洗い物に戻りますね~。」

 お皿は後で、ちゃんと並び替えておきますねー。

 そういってシアはキッチンへと引っ込んでしまった。

 そうか、洗ったものをしまっている途中での大惨事だったのか。

 納得はしたが……特にそれに意味がないことに気が付いた。

 まだ寝ぼけているらしい。

「マスター、今は何かやることはありませんか?」

 意味もなく首をふりふり、彼にそう尋ねる。

「夜の依頼はありましたけど……昼は、ないですね」

「そうですか。最近、昼は暇なことが多い気がします」

「いいじゃないですか。平和な時間も大切ですよ」

「やることがないと、どうしていいかわかりません。

 最近は静かですね、この街も。」

「今は落ち着いている時期なのでしょう。

 暇なら、本でも読んでみてはいかがです?」

 この間も暇だったが……今も暇だ。

 たいてい必要な知識は入っているから、読む必要などはまったくないのだけど。

 逆にいうと、私が製造された後に書き足されたことは、記憶されていないから。

 時間つぶしくらいなら、見てもいいのかもしれない。

 いつのまにか彼はソファーに座っている。

 私は本棚から適当に一冊選んで、座って読もうとした。

 すると、事務所のドアをノックする音が聞こえた。


 読めないのを残念がるべきか、暇がつぶれたと喜ぶべきか。

「おやお客様ですかね」

「あたしが出ますね~」

 小走りで、同じく暇を持て余していたシアがドアへと向かう。

 そしてドアを開けてから――ものの一瞬で閉めた。

 ……何故開けたドアを閉める?

 微笑んだ表情のまま、シアがこちらへと歩いてくる。

 どことなく、動きがいつもよりも人形じみている。

「アル様、お客様でした~」

「それはそうでしょう。お知り合いで?」

「あたしの知り合いなんかじゃないですよ? ええ、あいつなんか」

「シア。どうしてドアを閉めたのですか……」

「何らかの理由で、彼女は閉めたくなったんじゃないですか?」

 さらりと、彼がそんなことをいう。見てすぐに閉めたくなる人?

「アル様に、用があると言っていましたよ?」

 さきほど、有無を言わせず、速攻ドアを閉めていたのは見間違いだろうか。

 一言たりとも、来客は発言をしていないはずなのに。

「その人は、まだいるのですか?」

「たぶん、ドアの前にいるんじゃないですかね」

 シアの言葉を聞いて、彼がソファーから立ち上がった。

 つかつかとドアに向かい、半開きにすると、外の誰かと何事かを話している。

 私の位置からは、彼の姿と声しかわからない。

「お客様――じゃないですね。貴方」

 マスターの知り合いだったのだろうか。しばらくの沈黙の後。

 彼と一緒に、一人の男が中に入ってきた。その姿は……

「変な人ですね…………」

 思わず、私はそう口にだしてしまった。

 入ってきたのは、以前に路地裏で会った男だったから。

 どうやら、マスターの知り合いというのは本当らしい。

 男は、じろりと私を見てから、彼に話しかけた。

「失礼な人形がいるな。ここがお前の仕事場か。久しいな、アル」

 全くもって変わっていないと、呟く男。

「人を化け物か何かみたいに言うの、やめてもらえませんかね?

 貴方は何をするにも、突然ですね。いい迷惑です」

 ため息をついている彼へと、声を掛ける。一応、聞いておいた方がいいだろう。

「それでマスター。どなたなのですか」

「あぁ。こいつは私の知り合いです、一応」

 ひどい言いぐさだな、とぼそりと呟く男。

 だが彼ははまったく気にしていなさそうだ。

 私は、何か面倒なことが起こりそうだと、何故か思った。

 淡い金色の髪に、瞳は珍しい紫色をしている。

 顔だけ見れば整っている部類だろうが、やはり眼帯が目を引く。

 髪の色は明るいが、明るい場所で見ても、身に着けた茶のコートのせいか……

 暗く、くすんで見える。

 見た感じの年齢は、マスターと同じくらいだろうか。


 さんざん室内を見渡した後、男はソファーに座っている。

 向かいには、マスター。私はその傍に立っている。

 シアが手早く紅茶を用意して、男の前へと置いた。

 無言で受け取り、そのまま口をつける。

 その間、彼女はあらぬ方向を見ていた。

 さきほどから、ちょっと普段と様子が違うような……?

 それも気になるが、男が何の用なのかも気になる。

「それでマスター、知り合いとのことですが……」

 なんとお呼びすればいいのでしょうか」

「あぁ。一応紹介しておいたほうが、いいんですかね」

 じろりと傍らの男を見て、彼がそういった。

「彼は、ルイといいます。学生時代の……まぁ、アレです」

 さっきより、だんだんひどい扱いになっている。

「ルイ様、ですか?」

「ルクロディ=エルフィスだ。適当な呼び方で構わない」

「承知いたしました」

 私は、失礼に値しない程度に、男を見る。

 雰囲気とでもいうのだろうか。見た感じでは、マスターとそりが合わなさそうだ。

 服のせいもあるだろうが、全体的に暗めな印象を受ける。

 マスターはこういった人物は、好まないはずなのだけれど。

 いや、知り合いなだけで、親しくはなさそうだったか。

「あのアル様、今日はやること、まだありますか?」

「片づけが終わったなら、帰っても構いませんよ」

 食器棚の件だろう。途中で帰るのだろうか? 珍しいことだ。

 彼女にもなにか、用事があって当たり前なのかもしれないが。

「やぼ用を思い出したので……失礼しますね?」

 そういうと彼女は、脱兎のごとく事務所をでていってしまった。

「逃げるように帰ったな」

 男の言葉にも、うなずかざるを得ない。かなりの速さだった。

「それにしてもアル様か? いい御身分になったものだ」

「五月蠅いですよ、ルイ」

 ぶすっとしていうマスターに、男は事実だろう? と返す。

「それでいったい何の用です? ここは教えていないはずですが」

「ここも、だろう。様子見に来ただけだ。

 仕事を始めたのなら、教えてくれればいいものを」

「なんで貴方教える必要があるんですか。関係ないでしょう」

 毎回毎回、ろくでもない事ばかり持ち込むんですから……

 じろりと向かい合う男を睨めつけている。

「別にいいだろう。俺は退屈しているんだ」

 一応ルイの言葉に対して、返事は返しているものの……

 相手をしているマスターの顔はけわしい。うっとおしそうだ。

 なんだか、不毛なやりとりになりそうな気がする。

 私は、気になることがあるので、聞いてみることにした。

「あの、ルイ様?」

「なんだ」

「マスターの学生時代は、どのような感じだったのですか?」

 彼は私の顔をじっと見て、マスターはきょとんとした顔になった。

 こんなことを聞くとは思いもしなかったのだろう。

 私はマスターについて、あまり知らない。学生だったとはこの間聞いた話。

 仕える主の事。知っておいても、問題はないだろう。

「そうだな……変わったヤツだったな」

 私からすれば、二人とも変わっている部類に入ると思うのだが。

 そういう諺があった気がする。

「ルイ、余計な事は話さないでください。

 貴女も、なんでそんなこと聞くんですか……」

「単なる好奇心、興味だと思います」

「はっ。いい機械人形じゃないか。なあ?」

「まったく貴方達は……」

 マスターを見ると、がくっと落ち込んでいる。

 そんなに嫌なのか、隠したいことでもあるのか。

「だが面白い。話してやろう」

 そうしてルイは昔話を始めた。

「こいつは、昔っから人間嫌いだった」

 特に今と変わらない情報だ。潔癖症のようなもの……なのだろうか。

「女も男も、とにかく人が嫌いなようだ。よく孤立していた。

 その代わり、教官の受けはよかったが」

「仕方ないでしょう。嫌なものはいやなんですから」

「女顔だと思うが、もてていたぞ」

「まさか。腫れ物扱いされてただけですよ」

「何をいう。ひとりだけ、付き合いがあったろうに」

 しかも昔は、今と話し方がだいぶん違う。

「私、だなんて未だに違和感しかないな」

「処世術ですから、気にしないことです」

 マスターならば、どんな一人称でも似合うと思った。

 それにしても、二人が通っていた学校は、どんなものだったのだろう。

「機械人形の制作などを学ぶ場だ。人形師なら通っている」

「教官は下衆でしたけど、知識は役に立ちました」

「そこで知り会ったのですね」

「気がついたらいたんですよね」

「何かやらかしそうで、見張っていた」

 まったく、ストーカーみたいな人ですよ、これは。

 彼がそういって、大げさにためいきをついた。


「毎日まいにち、用もないのにくっついてきて――

 あぁ、思い出すだけでもイライラしますね」

 それは……マスターならば非常に気になるタイプだろう。

「なんで付きまとっていたんですか」

「単なる興味だ」

「なら、話しかければいいでしょう。」

「ろくに聞かないだろう。無視するし」

「だからって、無言で追い回さないでください」

「お前が逃げるからいけないんだろうが」

 かなりルイには失礼になってしまうが――

 目の前のこの男に、無言でつきまとわれたら、私もたぶん逃げる。

 もっと他に、何か交流手段はなかったのか。

「マスター、逃げておくのは、間違いではない気がします」

 私の言葉を聞いて、ほら見ろといわんばかりの顔になるマスター。

「なんだ、主に忠実な人形だな。つまらん」

「人の機械人形を侮辱しないでくれると、嬉しいですね」

 話が毎回ずれていくのは、何故なのだろう。

 仲が悪いとそうなるものなのか……?


「人形といえば、アレがあったな」

 彼が思い出したかのように、手を打つ。

「なんです、いきなり」

「俺の右目」

 とんとん、と軽く眼帯の上をこづく仕草。

 ルイの右目は眼帯で隠されているが、何か関係があるのか。

 マスターは、仕事の時みたいな顔をしてから。

「それは、ストップです。彼女は知らなくていい事ですから」

 人形の私が知らなくていいこと。

 それには人間同士のいざこざも含まれているのだろうか。

 私が望めば、知ることができるのだろうか?

 マスターからは教えてはもらえなさそうだけれど。

「ケチな男だ。で、結局こいつは学校を途中で退学した」

「何故?」

 そこは、さっきの話が絡んでくるんだが……とルイは続けた。

「気にしないでください。それなのに、彼は追いかけてきたんですよ」

「それはまごうことなき、ストーカーですね」

 ストーカーというのは、粘着質でしつこいと、本に書いてあった。

「しかも、私の仕事の邪魔ばかりをするんですよ」

「人を使ったこともあったな。お前がふらふらしてるから」

「刺客の間違いでしょう。わずらわしいったらない」

「お互い様だろう。俺も何度か死にかけたぞ」

「貴方は殺したってくたばりませんよ」

 マスターの意見には同意だ。今紅茶を飲んでいるこの男……

 ルイは、なかなかしぶとそうだ。というか腹黒そうだと私は思う。

「何も戦争中に送ることないだろうが。修羅場だった」

「それは、ご愁傷様です」

 あっけらかんと、悪気の欠片もなさそうに、マスターが言った。

 彼なら、同じ言葉をいいながら、ルイに銃を向けるだろうだと思った。

 なんだか普段見れない、マスターの姿ばかりの気がして。

 私はそのまま質問を続けた。

「戦争中、ルイ様は何をされていたので?」

「戦争に使われるモノを作っていた。俺も人形師のはしくれだからな」

 機械人形は使い捨て。彼は至って一般的な思考の持ち主なのだろう。

 そのことに関してだけ、は。

 ところで、とマスターがルイへと話しかけた。

「貴方、今は人形を作っているのですか」

「仕事のはな。自分のは、少し前に一体きり」

「どのような人形を作られたので?」

 この男が作った人形……私に負けず劣らず、無機質で、感情がなさそうだが。

「…………ぼけてるというか。

 家事全般得意なのが、唯一の救いだな。戦闘もこなせるが……」

 ちらと私の方を見てから、彼はいった。

「お前には、かなわないだろうな」

 人形師ともなると、ヒトガタの質くらいは見抜けるのでしょうか。

「今は、姿が見当たりませんが」

「首輪だけつけて、放し飼いにしてある」

「面倒だから、放置しているんですね」

「放任主義といってもらいたいな」

 ルイの下にいる人形は、色々と大変そうだ……

 私がそう告げると、彼は少し笑いながら。

「お前の主も変わりものだろう。そう大差はない」

「私は、別にそうは感じておりません」

 結局のところ、人間同士が一番恐ろしいということになるのか。

 そう確認していると、ルイが壁掛け時計を見ながら言った。

「もう夜か。そろそろ、俺は失礼する」

「では、私がお送りいたします。少々お待ちを。着替えてきます」

「見送りは外までて結構。着替え?」

 階段を昇る私の後ろから、二人の話し声が聞こえる。

「お仕事ですよ。貴方と違って、優秀ですから」

「いちいち失礼なやつだな」

 私は客もいるので、部屋へいくとすぐさま着替えた。

 五分もかからずに戻ると、ルイが驚いた顔をしていた。

「随分と早いな」

「マスター、送ったら、そのまま仕事にいってまいります」

「はい、いってらっしゃい」

 私はルイと一緒に事務所を後にした。


 時計を見てもあまり感じなかったが、外はすっかり夜の帳がおりていた。

「ここまででいい。ご苦労だった」

 上から目線なのが気になるが、そういう性格なのだろう。

「あの、ふたつほど、お聞きしたいことがあるのですが……」

 主と縁のある人物に、あるいは人形師に。

 もうひとつは、単なる興味関心から。

 不審そうに眉が吊り上がったが、送りの手間賃だと許可がでた。

 一礼をしてから、私は話を切り出した

「自分の作られた人形を、どう思っていますか?」

 私の言葉に、彼は首をかしげてから。

「機械人形は人間の道具だろう。俺はそう考えている。

 自分で作ったものも、同じだ。それ以上でも、それ以下でもない」

 彼らしい、もっともな意見だと私は思った。

「何故そんなことを聞いた?」

「なんとなく、です。自分でもよくは理解していません」

「自我のあるやつは、何を言い出すかさっぱりわからんな」

 そういうと、彼は小さくためいきをついた。この男も、夜が似合う。

「覚えておけ。人形はヒトガタで、それ以外の何者でもない。

 少なくとも、自分で価値を見出すまでは、な」

「人形は人形ということですか。自覚しております」

「それくらい、自分で考えろ。その為の自我だろう。人形はヒトガタ。

 人間にあらず。これは俺の考えだ。 同一視するものもたまにいるが……」

 マスターなどは、そのタイプかもしれない。

「残念ながら、否定はできない。確信もないし実証もできない。

 中身だけでいえば、可能性は否定できない。ないない尽くし、だ」


「なるほど、ありがとうございます。もうひとつだけ……」

 やけによく動く口を不思議に思うけれど。

「右目のお話が気になります」

「そんな事を聞いてどうする?」

 目を欠損している方は、初めてみたのです。

 正食に伝えてみる。

 厳密には、代替え手段があるだろうに、そのままにしている姿だけれど。

 彼はしばらく、品定めでもするかのように私を見た。

 あまり気分のいいものではない。やがて……

「知りたいなら構わないが。この右目はな、からっぽだ」

 から……空洞ということだろう。失明。

「抉り取ったのは、アルフォンスだ」

 この男のいう事を信じれば、マスターが彼の眼球を抉ったらしい。

 本当のようにも、この男のほら話のようにも思える。

「取られるようなことでも、されたんですか?」

 マスターの性分なら、やり返すことはありそうだが。

「そこまで話す義理はない。自業自得だがな。聞きたいなら、アルに聞けばいい」

 望むのなら、教えてもらえるんじゃないか?

 そういって彼はくつくつと笑った。

「よくわかりました。ありがとうございます。それでは、お気をつけて」

「話がすんだら、用なしか。まったく似たもの同士だ」

「お帰りにならないので?」

 私がそう尋ねると、彼は、まだあいつに話があるといった。

 それなら、わざわざ外にでることはなかったろうに。

「お前はお前の仕事をしたらどうだ。もう見送りは終わったろう」

 まだマスターに話があるのならば、仕方がない。

 私は私のやるべき事をこなさなければならない。

「それでは失礼いたします。お帰りの際は、夜道にお気を付けください」

「ああ。また会うかもしれないな」

 私はその言葉を背に聞きながら、仕事へと向かうために歩き出した。

 ◇

 赤髪の機械人形がいなくなって、ほんの数分後の事。

 事務所のドアが開き、銀髪の男が外へとでた。

 ドアの傍らにたたずむのは、金糸の男。

「なぁ。仕事って、何をしているんだ?」

「ただのゴミ掃除ですよ」

 お前らしい、とルイは苦笑した。悪びれた様子はない。

「で、貴方の用件はなんです。様子見なんて、どうせ嘘でしょう」

「本当さ。ま、それだけじゃあないがな」

 二人の声は、夜闇の中でもよく通って、響いた。

「どうだ、俺と一緒に仕事をしないか?」

「断ります」

 即答された男は、腕を組んで続ける。つれない態度も気にせずに。

「こんな場所より、もっといい所だってある。何故ここに留まる。

 お前の腕なら、引く手数多だろうに」

「貴方とじゃなければ、行くかもしれませんよ? 貴方は嫌です」

 銀髪の男はゆずらない。けれども金糸の男もまたしつこい。

「何がお前をここに繋ぎ止めている?」

「お前には、関係がない」

「なら、その糸解いてやろうか? 引き千切っても構わない」

 愉快そうに笑う男。

 アルの口調が少し違うのに、気が付いているのかどうか。

「余計なおせっかいは結構。また壊すのか」

「さあな。今度は俺は壊さない。掻き乱すだけだ」

「嘘吐き」

「終わりにするのは俺じゃない。お前自身だ。いつだって、な」

 貴方が壊すのがいけないのでしょう、と銀髪の男が呟く。

 壊れたなら直せばいいだろう、と金糸の男が答える。

 そっくりそのまま写し取るのは、手慣れているだろう? と嘲笑う。

「修復不可能にするのは、どちら様ですかね」

「お前からマシな返事がこないのはわかってたけどな。そこで、だ」


 賭けを、しないか?


「賭け?」

「ああ、至極簡単だ。どちらの人形が、忠実か。それだけだ」

「そんな事、いまさらでしょう。それに意味もない」

「俺は退屈しているといっただろう。お前のせいで」

 何をしていても、満たされやしない。

 そんなの初耳ですけれど? とアルが返す。

 それでも、彼はルイに尋ねた。

「賭けるのはいいですが、それで?」

「勝った方の望みを聞く、というのはどうだ?」

 そういってアルの方を流し見るルイ。

 しばし、考え込むそぶりを見せてから……銀髪の男がうなずいた。

「いいでしょう、のります。貴方は何をお望みで?」

「俺はお前の目玉が欲しい」

「悪趣味ですね。なら、私が勝ったあかつきには――

 私の目の前から、消えてください。永遠に」

 その言葉を聞いて、いいだろうとルイはうなずいた。

「交渉成立、といったところですかね。おっと、賭け事でした」

「なんでもいいさ。忘れるなよ」

「ええ。それだけは約束しましょう」

「俺は街の宿屋にいる。用があるなら来い」

「私から伺うことはありえません」

 相変わらずつれないな、とルイが笑う。

「それじゃあまた、な」

「ええ。目に物をみせてあげますよ」

 私は、裏切りは許さないんです。

 去りゆく男の背に向かって、銀の髪を持つ男が呟いた。

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