第4夜 人の罪か 人形の過ちか



 その日は、昼間の仕事は特にない日だった。

 よくある事だから珍しくもないのだけれど。時間があまっている。

 つまりは、ものすごく暇ということになる。

 ソファに座るマスターは、何かの本を読んでいる。

 書類仕事は終わってしまったようだ。

 シアはというと……また鼻歌を歌いながら、室内を掃除している。

 うるさくならないようにしながら、雑巾がけをしているようだ。

 鼻歌の曲はなんなのかと聞いてみたが、正確な曲名は知らないらしい。

 なんだか音が外れてるように思うのは、気のせいなのか。

 彼女がさっきから何度も同じところばかり掃除しているのは――

 やはり終えてしまうと、何もやることがなくなってしまうからだろう。

 音に気を付けるのならば、鼻歌は止めるべきなのでは?

 でも、退屈を紛らわせるために必要なのかもしれない、彼女には。

 もともと、私の仕事は夜がメイン。

 シアがてきぱきと掃除をしてしまうと、ほぼ仕事がない。

 こういった時、人間ならば趣味にでも走るのだろうが……あいにく私は人形。

 特別、好むことなど何もない。私もマスターにならって本を読むべきか?

 時間の潰し方など、眠るか立ち尽くすぐらいしか思いつかない。

 。さっき起きたばかりなのに。

 昼の仕事はなくとも、夜の仕事はしっかりとある。

 だがそれまでが問題だ。資料など何度も確認する必要はない。

 本当にどうしようか。

 考えあぐねた私は、彼に聞いてみることにした。


「マスター、ちょっとよろしいですか」

 読みかけの本から視線をこちらに向ける彼。

「構いませんよ。なんですか、ルナさん」

「暇なのです。どうしたらいいでしょう」

「あなたがやりたいことをすればいいでしょう?」

「それがないから、持て余しているのです」

 私がそういうと、彼は困ったように首をかしげた。

「ない、というのもまた珍しい。シアさんなんかずっと掃除をしているのに」

 彼はそういって、今度は棚を磨きだしたシアを見た。

 さっきとほぼ様子は変わらないが、おんなじ場所ばかり磨いている。

「シア、掃除はもう終わったのですか?」

 私がそうきくと、彼女の顔がくるりとこちらを向いて。

「もう終わってますよ~? 暇なんですよぉ」

 暇な人形が二体と暇な人が一人。

 彼女の返事を聞いて、マスターが苦笑した。

 読んでいた本をぱたんと閉じて。

「ようするに皆さん暇ということですね。それなら……昔話でもしましょうか」

 せっかくなら、アル様の昔話が聞きたいです! という声は無視された。

 「貴女達は、戦争のことは知っていますね?」

「はい。有名ですから」

「本に書かれた知識なら、記憶していますが」

「実際の話は聞いたことはないのですよね?」

 そのとおりですと、私とシアは答えた。

 私は、正確には知らないわけではないのだが……

 戦中は、アトリエにこもっていたから。

 それならば、と彼は私達を手招きした。

「話しておくのもいいでしょう。なにせ暇ですから。

 シアさん、何か飲み物を用意してくださいな」

 わかりましたとシアがキッチンへとぱたぱた歩いて行った。

 マスターの年齢は……たぶん二十代。

 年齢から考えれば、戦時中を体験していることになる。

 私は、彼の向かい側の場所に座った。

 少しして、シアがコーヒーを彼の前に置いた。

 そうして私の横に彼女が座ったのを見てから、彼がいった。

「さて、どこから話しましょうか……」

「歯車戦争のきっかけって、わたしたちなんですよね?」

「ええ、そうですよ。モノトーンの人形達がきっかけです」

 歯車戦争……それは人形が人間たちに対して起こした、反乱。

 人形から見れば革命で、人間からみれば反逆となる。

「自我のある個体と、協力者が先導してね。使われるのが嫌になったんでしょう」

「作ってもらっておいて、ケンカ売るのもどうかと思いますけど?」

 シアが不思議そうにそういった。

 こういう言葉をきくと、彼女も人形なのだと実感する。

「昔の人形は、今の私達とは考え方が違っていた可能性もありますね」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。

 それで、人形達がわらわらと集まったんですよ」

「各地から集まったり、僻地でドンパチやったんですよね?」

「ええ。人間も黙ってるわけにはいかないですからね」

 そこかしこに、屍とスクラップの山ができたと本に記されていた記憶。

 使えない道具ならば、処分しなければならないのは当然だ。

 ドサクサに紛れて、関係のない人も多く処分されたとも。

「結局は人間が勝利したと、本にはありますが」

 それはもちろんです、と彼がうなずく。

「どっちも大変な被害があったみたいですが。人形の機能を止めるものを作りまして」

 それは、初耳だ。本にはそんなことは書かれていなかった。

「あ、それ聞いたことある。電波でしたっけ、音波でしたっけ」

「まぁそんな感じです。今はほとんど、使われてないですけどね。」

 反旗をひるがえしたとて、作り手には結局かなわなかったのだろう。

 最初からわかっていて争いを起こしたのだろうか。

「それ以来、必要以上の機能は与えないようにしたんです。

 自我も、今ではあまり好まれていません」

「嫌なら、作らなければいいじゃないですか。めんどうですねー」

「それは人の性でしょう。仕方がありません」

 昔は、人形を作る人形なんてものもあったんですよ……彼はそう続けた。

「それに人形側についた人間もいたんですよ」

 そんなことは知らない。自分たちで作ってしまった責任感?

 壊されゆくヒトガタに憐れみの情でも抱いたのだろうか。

「その人達はどうなったのですか?」

「ほとんどは、殺されましたよ。人形と一緒に処分です」

「人間からみたら、裏切り者めって感じなんですかねえ?」

 のほほんとシアがそんなことを言った。

 いつの世も、異端とされるものは処分されてしまう。

 本や人の記憶の中に残るばかり――

「でも僅かな人たちは、生き延びたという話もあります」

 実際に目にしたわけではないのですけれどと彼がいう。

「きっと、優しい人形が逃がしてあげたんですよ!そうにきまってます」

 妙に力みながら、シアがそう返した。

 もしも、本当に生き延びた人間がいるとしたのなら。

 その人の中では、まだ機械人形は優しいものなのだろうか。

 一度たりとも、そういう瞬間が過去にあったのだろうか。

 私にはわからないことばかりだ。人形の事も人間の事も。

 ただ、昔の人形は今よりも人間らしかったことはうかがえる。

 喜ばしい事なのか、忌むべき事なのか。

 人形を作り、天秤が傾くまでは気付くことができなかったのだろうか。

 人の手に余るものなら、いずれ問題は起きるだろうに。

 私がそんな考えにふけっていると、マスターが言った。


「大体……こんな所ですかねぇ。あぁ、まだありました」

 思い出したかのような彼に言葉に私は耳を傾ける。

「戦争以降、人形を作る時、必ず付け加える制限がありまして」

「人間に逆らうなーとかですか?」

 興味深そうに言ったのはシア。

 それは制限をつける以前の話なのでは……?

「近いといえば、近い。

 主や、人間を殺害した場合、機能停止するようにしたんです」

 それも道具としては、当然だろう……人を、殺したら?

「あの、私の場合などは一体どうなっているのでしょう?」

 思わず、私は彼にそう聞いてしまった。

 仕事で日常的に心当たりはあるのが、特に問題は起きていない。

 シアが首を傾げながら、私の事をじぃっと見ている。

 どことなく後ろめたく感じ、視線だけを私はそらす。

 彼女は何も知らない。それに知らなくていいと思った。

「それはですね、所有者かららの命令ならば許されているんですよ」

 私は依頼人、ひいては彼からの命令で殺しているからか。

「止まるのは、自分の意思で人を殺した時だけ」

「また面倒なの作ったんですね…… あたしたちのが不利じゃないですか」

 ぷうと頬を膨らませてシアがいった。

 いや、自我がない人形には、起こり得ない結末だ。

「通りすがりの人に、あそこの人やってきて、って言われたらダメじゃないですか」

 あぁ、それは中に仕組みがあるんですよ、とマスターがいう。

「所有者の声で認証をする機構がありましてね。

 基本的には、持ち主にのみ強制力がありますよ。

 組織で共有されている場合は、あてはまりませんけれど」

 どっちにせよ面倒くさいじゃないですが、とぶつぶつシアはいう。

「不利も何も、実行しなければいいだけでしょう」

 なにせ、どこぞの誰かを自ら始末しようとなんて、必要がなければ思いつかない。

「えー! ルナちゃんはそう思ったことないんですか?」

 私は逆に問いたい。今までに誰かを殺してしまいたいくらいの殺意。

 それを彼女は抱いたことがあるのだろうか。

「別に。そう特別な人はいませんから」

「えぇえ、うっとおしいのはたくさんいますよね?」

「その度に始末してどうします。人間と同じになってしまいますよ」

 私怨で人を殺すなど。今までに何度も見てきたが……

 今の私には、理解しがたい。重要な人など、主とマスターくらいしかいない。

 いまだぶつぶつというシアを彼がたしなめる。

「まぁ、殺らなければいいんですよ」

 どうとっても問題発言にしか聞こえない。彼はそういう所のある人、今更だろう。

 いいですか、と彼は姿勢を正してからいった。

「こういう事は埋もれさせてはいけないんです。

 人だけじゃなくて――人形達にも、しっかりと伝えないといけません」

 忘れないでくださいね? と微かに微笑しながら彼は言った。

「はーい、わかりました」

「了解いたしました。私達は、忘れる事などありません」

 今の自我の私が忘れても、胸の歯車の中で永遠に廻り続ける。

 この赤い歯車が壊されなければ……の話になってしまうけど。

 彼の話は終わった。さてどうしたものかと思っていると。

「そういえば、戦争中……アル様って何してたんですか?」

「年からして……学校に行かれていたのでは?」

 彼女の問いを補足するような言葉になってしまった。

 人形師ならば、ほぼすべての人が通っていたであろう。

 返事を待っていると、どこか遠くをみながら彼は答えた。

「一時期は学校にもいましたけどね。後半は旅をしていましたよ」

「ずいぶん度胸あるんですねぇ。危なそうですよ?」

「若気の至りですよ」

 浮ついたようにも、どこか真剣にも聞こえる声音だった。

「まだ十分お若いと私は思います」

 そういうと、それはどうも、とそっけなく返された。

「旅しながら、作ったりしたんですか? 需要ありそうですけど」

 人形を作っていたのかどうかという事だろう。

「私はどこぞの誰かさんじゃありませんから――おっと失礼。

 今まで、自分の為に作ったのは一体だけです」

 どんな子だったんですか? とシアが妙に嬉しそうに尋ねた。

 何故そこで声のトーンがあがるのか、わからない。

 ちらと私をみた後に、マスターは言った。

「彼女はルナさんにそっくりでしたよ」

 そう聞いて、私はその人形がすこし不憫に思った。

 似ているのは造形なのか、自我のことなのか。どうせなら……

 シアのような人形に似たのならよかっただろうに。

 私がそう告げると、彼は何故か嫌そうな顔になって。

「あぁ! ひどいですアル様! おてんばのどこが悪いんですかっ」

 むすっとしながら、彼女が声を張り上げた。自覚していたようだ。

「いや、貴女のことじゃなくてですね。

 芋づる式に、ちょっと嫌な人を思い出して。シアさんは素敵でしょう」

 最後の、とってつけたような一言が妙に気になる。

  慌てて取り繕うかのような言葉も、珍しい。

「シア、私などよりはあなたのほうが、よくできた人形でしょう」

 とりあえず便乗して、そんなことをいってみた。良い人形ってなんだろう。

 よくわからないが、それでも彼女の機嫌は上向きになったようで。

「ありがとうございますっ」

 すねたり笑ったり、見ててなんとなく忙しく感じてしまう……

 パン、とひとつ手を叩いて彼がいう。

「それでは、そろそろお開きにしましょうか?

 また知りたいことがあったら、聞いてくれて構いませんので」

「ありがとうございました」

「楽しかったです~アル様」

 彼女はそういうと、ぴょこんとおじぎをした。ちょこまかとした動きが多い。

 私も、マスターに向けて一礼をした。

 知らないことも知れて、貴重な時間だったと思う。

 私は世界のことは、ほとんど知らない。知らないものばかりだ。

 その事実に、若干情けなく感じる。

 この狭い知識も、所詮は人形の証なのだろうが。


「それじゃあ、あたしはもう帰りますね~?

 ご飯は冷蔵庫に作ってありますから~後はルナちゃんにお願いします」

 シアが、事務所を出る寸前、私にそういった。後……?

 私は思わず立ち上がった。

「温めればいいのですね。了解しました」

 そう返事すると、ぱたぱたと彼女は事務所を出て行った。宿に帰ったのだろう。

 ふとマスターを見ると、冷蔵庫を開けて何やら確認している。

「生卵は使ってませんね。加熱済みでした」

 彼はそういうなり、私に向かって微笑んだ……それは、なにより。

 あれは最初の頃。本当に最初の頃だった。

 卵をそのまま電子レンジにかけ、大惨事を起こしたことがある。

 何故不得手だと言っていたものに、チャレンジしてしまったのか。

 いやそもそも、何故そこだけできないのだ?

「マスター、まるごとでなければ大丈夫です」

 とりあえず私はそう付け加えた。

 私がやったら機器を破壊する気しかないから。

 どうあがいても料理は向いてない。

 飲食の必要のない人形にとっては、知識を省かれることも多いのだ。

 そうでしたね、といって彼は笑った。

 その後、ソファーの横に立つ私へと質問を投げかけた。

「ああそうだ、ルナさん。貴女はどう思いますか?」

 唐突にそんなことを聞かれて、私は困った。

「何についてのことでしょうか?」

「人形の、制限のことです。あれは人間側の都合ですから」

 そちら側からだと、どう見えるのかと思ったんですよ。

 彼はそう言った。どう……答えればいいのだろうか。

「それは、シアに聞いた方が答えがでるのではありませんか」

 彼女の方が、同じ人形なのに思考が柔軟だから。

「面倒くさいといっていましたよ? それが答えなのでしょう。

 貴女は、どう思いますか?」

 蒼い瞳が私をとらえる。私は彼の問いに答えなければならない。

 だけど――答えがわからない場合は。正解があるのかすらわからない。

 ただ、違和感を感じているのは確かだから。

「正直、納得はいきません。理不尽というのでしょうか。

 そんなことを考えている時点で、不良品なのかもしれませんが」

 私がそういうと、彼の眉が吊り上る。

 あぁ、しまった、まずい言葉選びだったかもしれない。

「ルナさん――不良品なんて、いわないでくださいね?

 それで、貴女はどうしたら納得するのです?」

 予想よりも怒られない代わりに……そう切り返された。どうしたら?

 どこが、気に入らないのか。それは理由?

「人を殺す可能性……それだけで、制限が設けられたこと、でしょうか」

「へぇ。それで?」

「危険だから……それ以外の理由があるのならば、まだすっきりする気がします」

 つっかえつっかえ、私はそう答えた。今の私に考えられる限界。

 そうなる可能性があることをわかっていて、作ったのに。

 選択肢を取り上げられているような、腑に落ちない部分がある。

 あぁでも、自我をつけなければただの人形にすぎないのだから……

 なんだろう、制限が邪魔なのだろう。自由が欲しい? 仮初のヒトガタの身が?

 答えてなお、考えてしまうけれど、見つかりそうにない。

 そんな私にマスターが言った。

「返事があっただけ、マシですかね。

 それじゃあ、悩めるルナさんに、ヒントを一つ差し上げましょう」

 そういって彼は目を細める。

「裏切られたくないから――縛っているのかもしれませんよ?」

 それは、いったいどういう意味。人形に、裏切られたくないから?

 意味を聞こうと口を開いたが、言葉がなかなかでてこない。

「はい、お話は今度こそ終わりです。自分で考えてみてくださいね」

 彼はそういうと、私に背を向けて、階段をのぼり始める。

「それでは、今夜の仕事も、適当にお願いします」

 彼の姿が、二階へと消えて行った。一人になっても、私はまだ考え込んでいた。

 出口は見つかりそうにないけれど。

 その夜の仕事はなんなくこなしたが……考えるべきことが、一つ増えてしまった。

 いつか、マスターにしっかりと答えなければ。

 昔の人形ならば、答えを知っているのだろうか。聞く術もないのに。

 初めての、寝つきが悪い夜となった。

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