第2話
「おいっ、見ろよ」
大学の食堂でナポリタンを食べるのが日課になっている俺の隣で、慌ただしく何かを見つけたキヨは糸のように細い目をグワッと見開き興奮した様子で勢いよく話しはじめた。
「何だよ」
「あれだよ、あれ!国際学部2年の
「あ〜、前に言ってたアイドルだっけ?」
「ちげぇよ!アイドルみたいにロリってねぇし、マドンナだよ」
確かに、多くの友人に囲まれ、いかにもリア充な彼女は、造形的に言えば、すらりと伸びた手足が身長の高さを窺わせ、艶やかな黒髪ロングヘアーに少しつり気味なアーモンド形の瞳が気の強そうな "いわゆる、美人だ "
キヨは手に持っていた箸から食べかけの唐揚げが落ちたことにも気付かず、目尻を下げながら " 桜木晴夏 " の方をじっと見入っていた。
それどころか彼女の周りにいる男たち全ての視線が彼女に注がれているのがこちら側から見ると良くわかる。
今だってほら、彼女の後ろを通り過ぎるアイツも、斜め後ろの席に座ってるヤツも彼女に夢中な余り、ぽかんとだらしなく口元が緩んでいる。
そう、ここまで来ると彼女は "害" だ。
アガパンサスどころか、まるで食虫植物が自分のテリトリーに獲物がかかるのを待っているようだ。
つまり、彼女という存在自体が危険だということだけは良くわかった。
「マドンナねぇ〜」
わざとらしく声に出してみるがキヨには全く聞こえていないようだ。
ったく、くだらない。
アイドルだろうがマドンナだろうが俺には関係ない。
女なんて感情だけで生きてるような生物、興味を持ったら最後、絶対面倒なことになるだけだろ。
俺はそんな面倒はまっぴらごめんだし、例え少子化に貢献出来なかったとしても独身を貫く予定だ。
「おっ、おい、
残りのナポリタンを一気に口へ放り込むと完全に骨抜きにされているキヨを残して部室へと向かった。
食堂を出て中庭の裏に続く一本の小道は昼間でも少し薄暗くて、奥へ進むにつれて植栽と雑草の境界が曖昧になり、やがて茂みが広がっていく。
開放的な造りになっているこのキャンパスの " 光と影 " といった所だろうか。
小道を抜けるとポツリとひとつ、雑草に覆われたトタン屋根の古いプレハブ小屋が見える。
大学の改修工事前からあるこの小屋は倉庫として以前は使われていたらしい。
所々錆びた屋根は雨の匂いに混ざって微かな鉄の匂いが鼻腔を刺激する。
どこから見ても倉庫にしか見えないこの建物が俺は好きだ。
新しく作り替えられた構内の近未来的な建物とは対照的に時と共に色褪せながらひっそりと佇む姿がどこか哀愁を感じさせ、ドア下の隙間から吹く風や立て付けの悪い窓といった不自由さが理想ばかり謳うこの世界の現実を教えてくれている気がしていた。
俺はバックパックから無造作に入れられた茶封筒を取り出し写真の束を机に広げた。
そしてパイプ椅子へ深く腰を下ろすと、天井から聞こえて来る雨音に耳を傾けた。
雨音はトタン屋根に軽快なリズムを響かせ、それに合わせて俺は" デューク・エリントン " の" it don’t mean a thing "を鼻歌に乗せて歌った。
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