あの日、僕は春風のような君に恋をした

辻 粋蘭

第1話

人生なんてくだらない–


世界はいつの間にか画面の向こう側にあって、何気ない日常はいつも誰かに共有されているんだ。


みんな、すれ違う人の顔さえ覚えてないくせに、指先ひとつで繋がってたりして。


そんで世界の全てをわかったみたいな顔してさ。


結局、みんな同じなんだよ。


同じような価値観持ってさ。


必死になってアピールしてる。


自分らしさだって?


周りに合わせてマジョリティを演じてるだけだろ?


俺はそんなのどうだっていい。


だってそうでしょ?


こんなくだらない世界で孤独じゃない方がどうかしてるよ。



−だからさ、君の話を聞かせてよ−



君は「くだらない俺の人生」の中に起こった、たった一つのリアルだから。







14時25分着予定のニューヨーク−羽田258便は約40分遅れで羽田空港へ到着した。


隣に座るサラリーマン風の中年男は、持参した携帯用スリッパを脱ぐと座席下に押し込んでいた靴を取り出しそそくさと履き替えていた。


ガタイも良く"いかにも"仕事ができそうな感じの男は、この逃げ場の無い窮屈なエコノミー席に別れを告げるかのように両腕を伸ばすと深く深呼吸をしてみせ、はぁーっと大きく息を吐き出した。


窓側に座る俺はというと、実際には口にする度胸も無いくせに「早く立ち上がってくんねぇかなぁ」なんて、考えながら男の顔を横目に携帯の機内モードを解除していると、勢いよく立ち上がった男の肘が俺の腕へとぶつかった。


「あっ、すいません」


男の声は想像通り太くて良く通る声をしている。


「いぇ、、、」


俺は声にもならないような、か細い声を出すのがやっとで、腕に手をあてながら会釈をした。


大学を中退してから日本を出て、あてもなく世界をフラフラ旅しながら日銭を稼いでた俺はベトナムの安宿で知り合ったバックパッカーのウィルに誘われるままニューヨークへ渡った。


あれから7年、日本の携帯電話はまだ解約していない。正確には3年前、実家に帰省したときに機種変はしたけど。


ってか、そんな事はどうでもよくて。


やがて機内の人の列がゆっくりと進み始め、押し出されるように俺は飛行機を降りた。


「お疲れ!もうすぐこっち着く?」


「いつまでこっちいる?時間あるときメシ行こうぜ」


くたびれたジーンズのポケットにしまっていた携帯が細かく二回ほど振動すると、画面に"キヨ"の2文字があった。


入国手続きへと向かう長いエスカレーターには『ようこそ、日本へ!』の言葉と共に壁一面に貼り出された、きっと世界でも人気であろうアニメキャラクターが、無精髭を生やし肩まで伸びたボサボサ頭の野暮ったい俺をとびきりの笑顔で出迎えてくれた。


なんか「日本に帰ってきたなぁ」なんて、こんな所でしみじみ考えたりして、俺は空港を後にした。


渋谷行きのリムジンバスは乗客の疲労感でちょっとしたカオスだ。


子供の泣き声に合わせるかのように時折ガタンと揺れながら海沿いを走っていた。


長時間のフライトと時差のせいか、ズキンと嫌な感じに脈打つ頭痛に襲われるのを我慢しながら、頭を窓へ傾けもたれるように窓の外へ目をやった。


港に停泊する船は少しずつ影に染まりはじめ帰りそびれた海鳥の宿木になると、今日1日を全うするように太陽は残された時間をかけて自身を静かに燃やしていた。


やがて闇に消える運命にあるその景色は、赤と黒の絶妙なコントラストが印象的でキラキラと海面に反射する光がより儚さを感じさせていた。


俺はその光景をぼんやりと眺めながらあの日のことを思い出していた。

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