02
翌日、授業がすべて終わって、私とトモエは保健室でおしゃべりをしていた。放課後の教室は一軍たちのたまり場になるため、スクールカースト最下位の生徒は素早く帰宅するか、思い思いの場所で友達と語り合う。私達が行きついたのはこの保健室だった。
「毎度になるけど、一応言うね、ここは談話室ではなく保健室だからね」
保健室の先生が呆れた様子で声をかけてくる。私は「分かっていますよ」とだけ言って、トモエに向き直った。私達は体調が悪いわけでもないし、教室に行く事ができない生徒でもない。保健室の先生からすれば、ずっといてもらっては、本当にここを必要とする生徒に使ってもらえない可能性がある。かと言って強くも言えない。そんな感じなんだろう。保健室の先生は「ちょっと用事で出てくる」と諦めたように口にして、出て行ってしまった。
「そ、そういえば昨日のリアルBLカップルについて、か、考えてみたの」
先生が出て行ったからではないと思うが、ちょうど会話が途切れたタイミングでトモエがそう切り出してくる。
「聞こうか」
やっぱり気になっていたらしく、勉強どころではなかったのかもしれない。私も気になっていた。リアルなBLという物を見てみたいし、その顔も拝みたい。
「と、東城氏がBLカプを逃がしたとかどう?」
おそらく一番最初に思いつくのがそれだろう。私も考えて、すぐ否定した。私のそんな考えを、当然知らないトモエは自信満々で続ける。
「わ、私達の声を聞いて、逃げようとしていたリアルBLカップルを、わ、私達が正面の方のドアから入ってくるタイミングと同時に、う、後ろのドアから脱出させたとか」
「それで、イオリ氏が私達に嘘をついたか」
トモエが頷く。
「イオリ氏がリアルBLカップルを助けるのはあるかもしれない、が今回に関しては不自然と言わざる負えない」
不思議そうな表情をして、トモエが首を傾げる。私は出来る限りわかりやすい様に言葉を選び、続けた。
「状況としておかしい、イオリ氏が目の前にいるのにリアルBLカップルはイチャイチャしていた事になる、例えばイオリ氏が脅迫してイチャイチャさせていたとしたら、聞こえてきた声が自然すぎるし、脅迫とかではなかったのなら、イオリ氏は席を外す事もせずにそれを眺めていた事になる、普通に考えるならリアルBLカップルは自分たちの関係を隠したいだろうし、誰かに見られながらなんかではなく、二人きりの方がいいと考えるだろう」
一気に言いすぎて、トモエは少し混乱した表情になった。それでも何とか飲み込んだらしく、新たな考えを口にする。
「り、リアルBLカップルにそういう性癖というか、そ、そういう趣味があって、東城氏に頼んで見てもらったとか?」
「面白い考えだね、でもそれも違和感があるな、イオリ氏がグルだったのなら一緒に脱出してしまった方がいい、一応後ろめたさもあるだろうからそっちの方が思いつきやすいだろうし、そもそも残る意味がない、残っても面倒なだけだ、現にイオリ氏が残った事で私達に変な勘繰りをされている訳だしね」
私の言葉にトモエは少し唸る。脅迫ではないだろうし、偶然居合わせたとしたら、席を外さないイオリも、そのままそこでおっぱじめたリアルBLカップルも不自然。性癖や趣味という可能性の方は、グルだったなら一緒に逃げなかったのは何故か。やっぱりどっちも違和感がある。スッキリ説明できるストーリーはなんだろうか。
私が考え込んでいると、トモエが思いついたように口を開く。
「じゃ、じゃあリアルBLカップルのどっちかが、と、東城氏とか」
後輩君の方は佐藤だから、イオリとは苗字が違う。そう考えると、ありえるなら先輩君の方だけど、イオリは私達と同じ一年生だ。後輩がいない。それに。
「そもそも、声が違ったでしょう」
閉めきられた窓越しでくぐもった声だったから、絶対違うと言い切れないが。トモエが追い打ちをかける様に反論する。
「そ、そういう事をする時は、お、男っぽい声になっちゃうとか」
可能性は無いとは言い切れない。でも、と私は返す。
「むしろそういう時こそ、飛び切り可愛い声を意地でも出すのでは、と思うけど」
「……まぁ、そうかなぁ」
少し納得していない様子で呟くトモエ。例えイオリの声がそうだったとしても、やっぱりイオリだけが脱出せずに残るのは違和感がある。その辺をわざわざ追及する必要もないかと思っていると、トモエはスマホを取り出していじり始めた。自ら話題に出しておいて、飽きてしまったらしい。それとも考えをすべて吐き出して満足したか。
私は少し呆れながら昨日の状況を思い出してみる。
私達は忘れ物を取りに、教室に向かっていた。その時に教室を出入りした人間は居なかった。つまり少なくともイオリは、私達が教室のある廊下に差し掛かる前に教室に入った事になる。また、リアルBLカップルも同じだろう。イオリとリアルBLカップルの入った順番は分からないけど。
教室の前までくると、リアルBLカップルのくぐもった声が聞こえてきた。廊下に面した窓とドアはしっかり閉まっていたから、はっきり聞こえなかったのだ。声を聞いた私達は、興奮して少し声を漏らし、それから身をひそめた。その時金属が擦れるような音、掃除道具入れが開けられる音がする。しばらく何かを片付ける様な音がして、また掃除道具入れが閉められた。
私達は何食わぬ顔で教室に突入。でも中にはイオリが座ってスマホをいじっているだけだった。
イオリは自分しかいなかったと言って教室を出る。その後、外側の窓を確認したが、すべてきっちり施錠されていた。掃除道具入れの中も確認したが、誰も隠れていなかった。
こんな流れだっただろう。私は考えを巡らせる。イオリの置かれた立場を考えると、トモエの考えた可能性が無いとは言い切れないのが悩ましい。いろいろ可能性を考えていると、ふとさっきトモエが納得していない表情をしていた事を思い出す。
「トモエ氏よ、そういえばどうして、イオリ氏が男っぽい声になっているかもと言ったのだ?」
「ん? な、なんか聞き覚えがあったんだよ、リアルBLカップルの声、ど、どっちの声か分からないけど、なんだか覚えがあるような」
思い出せないという顔で首を傾げるトモエ。でもすぐに表情を変えて口を開いた。
「り、リアルBLカップルが誰なのかわかったら、ヒ、ヒントにならないかな」
「……ヒントにはならないと思うが、誰なのか判明させたいのは確かだね」
昨日顔が見れなかった。今後のオカズの為に、正体を判明させておきたかったが、できなかった訳だ。でも落ち着いて考えれば、絞る事は出来るかもしれない。
「ヨ、ヨリコ氏の頭脳で、な、何とか見つけ出して」
トモエが期待のこもった視線を向けてくる。
「私の頭脳はそんな優秀ではないよ……でも考えてみよう、トモエ氏も知恵を貸してほしい」
私の言葉で、トモエは勢いよく首を縦に振る。
「じゃあまず、名前が判明している佐藤の方かな」
「せ、先輩の方は、な、名前分からないもんね」
佐藤に先輩と呼ばれていた事以外に、手掛かりがない。
「一つの事実として、佐藤氏は、先輩がいる以上、三年生ではない」
「う、うんじゃあ先輩の方も、い、一年生ではないって事かな」
トモエの言葉に私は頷いて見せる。
「そしてもう一つ、私達一年生の教室でそういう事をしていたのだから、どちらかは一年生の可能性が高い」
イケナイ事をしようとしていたのだ。全く縁も所縁もない教室でそういう事をしようする勇者ではないと仮定すれば、どちらかの自分の教室という事になるだろう。
「つ、つまり?」
やっぱり勘の悪いトモエは気づかない。まぁそういう所が可愛らしい部分でもあるのだが。私は少し笑って見せてから口を開く。
「佐藤氏は私達のクラスの人間という可能性が高い、先輩が一年生という事はありえないからね」
「ク、クラスメイト?」
「そう、イケナイ事をしようというのだから、自分の教室を使う可能性が高い、という事だよ」
「な、なるほど」
トモエは理解できているのか疑わしい感じだが、気にせず続ける。
「さて、ここで悩ましい問題が起こる」
「な、悩ましい問題?」
「そう、佐藤という日本一の多さを誇る苗字は、私達のクラスに四人もいる」
もう少し特殊な苗字だったら、特定も簡単だったのに。まぁ文句を言っても始まらないから、クラスメイトの佐藤を私は思い浮かべた。
「で、でもそれなら、ひ、一人しか!」
「気が合うね、トモエ氏もそう思うかい」
おそらくトモエも、佐藤たちの顔を思い浮かべたのだろう。そうなればもう一人しかいない。
「水泳部の佐藤だね」
「そ、そう! イ、イケメンだから!」
トモエの言葉に私は頷く。ほか三人の佐藤は、ブサイクと普通しかいない。こうなるとBLが似合うのはイケメンの水泳部佐藤しかいないだろう。うん、それしかいない。
「でゅふでゅふでゅふ、さ、佐藤氏か、じゃ、じゃあお相手は渡仲氏!」
「そう! 分かっているね! トモエ氏! でゅふでゅふでゅふ」
私達は日頃から怪しい男子二人組をチェックしている。イケメンの仲良し二人組はほぼBLで間違いないから、動向をチェックしているのだ。オカズにする為に。
「さ、佐渡カプかぁ、あ、あの二人やっぱり」
「そうそう、私達の狙った通り、カップルだったんだよ」
それから私達はどういうシチュエーションだったかなど、予想と妄想を言い合い語り合った。
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