第21話 遅れたクエスト

 ――30日目。




 ギムナの呪毒、と呼ばれることになった事件から数日が経過していた。


 屋敷にいたカインは落ちてきた屋根に挟まれ、身動きができなくなった状態で救助された。


 おかげで回帰できずにいた。


 いや、その後でも自殺すればやり直すことはできた。




「あんなのどうしろっていうんだよ」




 ボーディス復活から時間が経過した今も回帰できずにいた。


 やり直したところでどのようにすればいいのか分からない。復活したボーディスの力は強大で、普通の人間に太刀打ちできるようなものではなく、対抗策がないまま回帰したところで事態は解決しない。


 時間だけが虚しく過ぎていた。




 ただし無為に過ごしていたわけではない。


 ボーディスが暴れたことによってギムナにあった建物はほとんどが倒壊しており、農作物を育てていた土地も使い物にならなくなってしまった。


 多くの人が日常から弾き出されてしまっており、見過ごすことのできなかったエレナが復興の手伝いで瓦礫の撤去にも従事しており、自然とカインも手伝っていた。




「手伝ってくれてありがとうございます」




 カインを手伝う者はヴァーエル家の中にもいた。


 屋敷の倒壊によって生存者など絶望的だと思われた。当主であるダルキスは体の大部分が潰された状態で遺体が発見され、屋敷にいた他の使用人も体が原型を留めていればまともだと言える状況だった。


 そんな中でエレナはとっさに使用した【防御魔法】のおかげで助かった。


 今はエレナがヴァーエル家の当主代理となって復興の指揮を執っていた。




「あの日に戻って、俺にできることがあればこんな復興しなくてもいいんだけどな……」




 回帰すれば、それまでの事が全てなかったことになる。


 亡くなった人たちも全員が死ななかったことになる。




「あまり自分を責めないでください。あれは人間にどうこうできるような相手ではありませんよ」


「だからこそ、だ」




 自分は特別な人間になることができたと思っていた。


 だが、実際は絶望的な強さを前にして何もすることができなかった。




「俺は使徒になった。アレをどうにかするのは俺の使命だったはずなんだ」




 被害が大きくなった理由には、ボーディスという特異な存在の影響も大きい。


 呪いの集合体とも言えるボーディスは、その姿を視界に収めるだけでも耐性スキルがなければ精神に異常を来してしまうほどで、解放されたばかりの頃は効果が発揮されていなかったが街へ侵入した頃には誰も逃げられなくなってしまった。


 ヴァーエル家を潰し、縛り付けていた土地を荒らしても満足することはなく、国まで滅ぼそうと進路を王都がある方向へと変え、途中にある村や街を次々に蹂躙していた。


 休むことなく邁進するボーディス。王都までは三日もあれば辿り着けるはずだったが、今も王都は無事な姿を保っている。




「おい、勇者が来たらしいぞ」


「マジか! こんな田舎まで来てくれるんだな」


「バカ。勇者だからこそ来てくれるんだろ」




 瓦礫の撤去作業をしていた二人の青年が街の門があった方へと走り去っていく。彼らは協力してくれるだけで、エレナの管理下にあるわけではないため仕事を放り出しても文句を言われることはなかった。




 勇者。


 使徒のように神から力を授けられた者。使徒と違うのは神との関りが弱く、力だけを恩恵として受け取っているところだ。そして、勇者が手にした力は人の限界を超えている。


 まさに人々が憧れる存在。


 そんな者だからこそ化け物を前にしても臆することなく戦い、王都へ辿り着く前にボーディスも討伐することができた。


 おかげで最悪の事態だけは免れることができた。




「エレナ」


「分かっています。勇者の目的はここでしょう」




 しばらくするとカインとエレナの耳に複数の鎧の音が聞こえてくる。


 戦闘にいるのは白銀の鎧を纏った高身長の青年。すぐ後ろにはスーツを着た男性がおり、彼を護るように5人の騎士が立っていた。


 大呪術師ボーディスを勇者が討伐した噂は数日前にはギムナまで届いており、いずれはギムナを訪れることが二人にも予想できていた。ボーディスの存在が公になることで責められる可能性があったからだ。




「ヴァーエル家の者か?」




 勇者と思われる青年の後ろにいた男性が前へ出る。




「はい」




 もうヴァーエル家の生き残りはエレナしかいない。ダルキスだけでなく、跡取りだったエレナの兄も亡くなってしまい、彼の問いに応じられる資格がある者がいるとしたらエレナだけだ。




「私は王国から派遣された者です。突如としてギムナに出現した化け物――王都を目指していることもあって急遽勇者殿を派遣して討伐してもらうことで騒動は収束しました。ですが、それまでに街が3つと村が11滅ぼされました」




 被害状況だけでも最初に化け物が現れたのはギムナだと簡単に分かる。




「……」




 予想以上の被害にエレナが言葉を失う。


 正確な数字が示されたことで事実を受け止めざるを得なかった。




「ここへ来るまでに色々と話を聞いてギムナの状況は凡そ知っています。貴女にはヴァーエル家の人間の人間として知っていることを報告する義務があります。何があったのか教えていただけますね」


「……もちろんです」




 それが破滅を意味することになろうとエレナに拒否権はない。


 嘘の供述などしても男の隣には勇者がいる。神から愛された勇者の前では不純な考えなど見抜かれてしまい、嘘をつくことなどできない。


 逃げることもできないため正直になるしかない。






 ☆ ☆ ☆






 ギムナにある空き家。


 来客に備え、ある程度の持て成しができるよう優先的に用意していた家を利用させてもらっていた。


 同じように無事だったテーブルの前に座って説明する。




「なるほど。ギムナが劇的な発展を遂げたのには呪術師の遺体を利用したからなのですね」


「はい」


「呪術の利用は禁じられています。それは現状を見れば理解できますね?」


「もちろんです!」




 エレナは役人からの言葉に頷くことしかできなかった。


 カインは役人との話し合いに護衛の冒険者として参加させてもらっていた。実力やランクを思えば護衛として不適格だが、エレナが強く要望したことで承諾してもらうことができた。


 祭りの警備としてヴァーエル家が雇っていた冒険者が他にもいたはずだが、彼らは自分の命を優先させてギムナから離れてしまった。




「その事実はヴァーエル家の人間であっても当主以外は知らされておらず、貴女も知らされたのは化け物が出現する直前だった、ということですね」




 ボーディスの存在を知った者は、ボーディスに操られてしまう。


 例外となるのは強い耐性を持つエレナやヴァーエル家の当主になった際に引き継がれることとなる封印を維持する者が持つ特別な力のみ。後継者にもヴァーエル家の秘密は直前まで秘匿されていた。




 尋問はエレナに対してのみ行われる。


 カインは部外者であるはずだし、賢者候補であり領主の娘でもあったエレナが知らない事実を把握しているはずがない、と決めつけているからだ。


 それでも問題ない。そもそも彼の仕事は尋問ではない。




「エレナ・ヴァーエル……いや『エレナ』よ」


「はい」


「国の決定を通知します。残念ながらヴァーエル家の爵位と領地は国が没収することとなりました。すぐに代官が赴いてギムナの復興に従事します。本来は引き継ぎが行われるべきですが、このような状態では不可能ですし、貴女には最初から領地から早急に離れていただくつもりでいました」




 100年もヴァーエル家によって統治されてきた土地。


 領主がいなくなっても後継者の資格を持つエレナが生きている。家臣の中には街が今のような状況になってもヴァーエル家に仕え続けようとする忠義に篤い者もおり、そういった者との間に無用なトラブルが起きないようエレナには領地から離れてもらう必要があった。


 そうなるとエレナは復興に従事することができない。


 無名での寄付などは可能だが、直接的な関与は許されない。




「わかりました」




 生まれ育った領地をこのままして自分だけが新しい生活を始めるのは心苦しかった。それでも国からの命令には貴族として従わなければならない。


 役人が空き家を出て行こうとする。もちろん護衛の騎士と勇者も一緒に出て行こうとする。




「あの……!」




 咄嗟にエレナが呼び止める。


 相手は勇者だ。




「勇者様が化け物を倒したと聞きました。名乗れなくなってしまう前にヴァーエル家の人間としてお礼を言わせてください」


「いや……お礼を言われるほどのことじゃない。倒すことができたけど、僕が駆け付けるまでの間に多くの村や街が滅ぼされてしまった。僕がここの近くにいれば、もっと多くの人を助けられたかもしれないのに」


「それは欲張りすぎですよ」


「分かっている。それに僕の力だけだと足りなかったみたいだからね」




 勇者が腰に差していた白い短剣に手を添える。反対側には勇者の象徴とも言える白銀の剣――聖剣があるため見比べてしまうと劣ってしまう。




「それは?」


「化け物と戦う数日前にいたラポルカという街で入手した聖剣だ」


「これも聖剣なのですか?」


「そうだよ。どうやら【光魔法】との相性がいいらしく、大呪術師と戦った時には役立ってくれた。もし、この聖剣がなかったら負けていたかもしれない」




 結果的にラポルカにいたから救えた。


 もっとも早い段階で勇者の耳にボーディスの存在が伝わっていたとしても、都合よく討伐できるにはギリギリのタイミングだった。短縮することができたとしても半日程度が限界だろう。


 勇者であっても全てを都合よく救えるわけではない。


 それでも勇者として救えなかったことを悔やんでいた。




「すごいな」




 自分との違いを見せつけられてカインは思わず呟いてしまった。


 もし、勇者に回帰できる力があって、あの日に間に合わせることができたならギムナを救うこともできたはずだ。




 ――バンッッッ!!




 テーブルを叩いてカインが立ち上がる。


 大きな音に反応した空き家から出ようとしていた護衛が剣に手をつけようとしてしまう。




「大丈夫だ」




 冷静な勇者が手で制する。




「彼に敵意はない」


「ですが……」


「僕が同行したのは化け物を出現させたヴァーエルがどのような者なのか見定める為です。少なくとも唯一の生き残りである彼女は責任を負わせるような悪人ではありません。勇者である僕の使命は弱者を救うことです。彼女と、彼女の護衛に危害を加えるつもりなら僕は助けます」


『……』




 護衛は強い。それでも勇者には5人で戦っても敵うはずもない。




「すみません。ちょっと思い出したことがあって驚いてしまっただけです」


「そうですか」




 勇者に押されるように役人と護衛が出て行く。




「え……」




 空き家から出て行くのを見送ってからエレナが振り返ると、後ろで立っていたはずのカインが地面に額をつけて土下座している姿が目に入った。




「何をしているんですか!?」


「謝罪のしようもない。すべては俺が間違っていた」


「どうしたんですか?」


「今さらになって新しいクエストを受け取ったんだ」




 ボーディスの襲撃で気絶したカイン。目覚めたからブランディアの姿を見たことはなく、呼び掛けても反応がなかった。


 そんな状況で受け取ったメインクエスト。




「よかったではないですか」


「その内容が問題なんだ」




 自分が何を間違えたのか理解した。






 ――メインクエストが活性化しました。


   メインクエスト②聖剣『白嵐』を入手せよ

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