第22話 再びのダンジョン

 ――40日目。




 思い返してみればおかしな事だった。


 エレナから話を聞いて『大呪術師ボーディスを封印せよ』というメインクエストが活性化したが、メインクエスト③だった。


 ダンジョンからの脱出が①であるはずなのだから、メインクエスト③との間には②が存在していなければならない。




「さすがに何の手掛かりもない状態だとメインクエストも発生しないんだ」




 勇者との邂逅から5日掛けてサマリアルまで戻って来た。


 冒険者ギルドを中心にカインがダンジョンから出てきた日の前後での噂を集めれば、詳しい目的地は分からないものの勇者が近くの街を目指しており、何かを探しているという情報が得られた。




 街――ラポルカ。


 目的――聖剣の入手。




 現在の勇者は聖剣の収集を目的にしており、聖剣に関する噂を耳にしたなら緊急性のある問題がなければ駆け付けてしまう。


 そんな勇者がラポルカへ向かったことから聖剣の存在が噂されるようになった。


 本来ならダンジョンから脱出したばかりの頃にどこかのタイミングで聖剣の存在を知ることになり、ラポルカへ向かうこととなった。




「詳しい日付を調べたら勇者が聖剣を手にしたのは、祭りの日の早朝だった」




 どれだけ急いだとしてもギムナ崩壊には間に合わない。




「俺が関わらなくても勇者は聖剣を手にした。聖剣を手に入れた時は騒ぎになったから、その日について調べるのは簡単だった」




 問題はラポルカまでの勇者の足取りだ。


 どれだけ調べてもラポルカに到着するまでどこにいたのか知ることができず、ラポルカにどれだけ滞在していたのか知ることができなかった。


 勇者の所在は国にとっても秘匿事項。簡単に調べられるはずがなかった。




「俺がどうしたところで勇者が聖剣を入手するのを早めることはできない」




 最も確実な解決手段は早い段階で勇者に接触し、聖剣の入手を急いでもらうよう説得することだった。


 だが、どこにいるのか分からない勇者に接触するのは不可能だと諦めた。




「そうなると選択肢は限られますね」


「ああ」




 聖剣はラポルカにある遺跡の奥深くで発見されたらしい。


 遺跡の内部には強い魔物がおり、勇者のように特別な力を持つ者でなければ聖剣のある場所まで辿り着くことができない。


 特別な力を持つ者……




「メインクエストもあるんだ。俺が回帰して聖剣を入手してくる」




 それが最も確実な方法だ。




「そのメインクエストですが、以前は女神様から何も言われなかったんですよね」


「そうだ」


「色々と条件があるみたいですね。その辺りの詳細は女神様から教えてもらえないのですか?」




 エレナの問いにカインは首を振る。


 勇者との邂逅からも数日が経過し、再びやる気になった今でもブランディアは姿を現していなかった。




「あの方は方針について口出しするつもりがないみたいだから」




 今も本当は近くにいるが、アドバイスをする気がないため姿を現さないだけなのかもしれない。




「自分たちでどうにかしなければならない」


「では、集めてみた情報を整理します」




 冒険者ギルドの壁に掛けられた地図の前で二人が話をする。


 地図の前で今後の予定を話し合うのは冒険者にとって珍しい光景ではなく、ギルド内にいる人々はとくに気にした様子を見せていない。




「ギムナはサマリアルから見て北東方向です。ですが、ラポルカは南東方向です」




 北と南で反対方向である。


 もしラポルカを経由してからギムナへ向かえば、サマリアルから真っ直ぐ向かうよりも二日多く移動時間を要することになる。距離は長くなっているが、ラポルカからギムナは道が整備されていることもあって移動時間は短縮することができる。




「タイムリミットは16日だけです」




 カインが使徒になった日から16日後にはボーディスが封印から解放されてしまう。




「カインさんには勇者が入手するよりも早く聖剣を入手していただきます」




 ギムナへの移動を考えれば14日目には聖剣を手に入れる必要がある。


 サマリアルからラポルカまでの移動に3日。


 それから聖剣の入手に動かなければならない。




「おい、聖剣の入手に費やせる時間が5日ぐらいしかないぞ」




 ダンジョンから急いで脱出して6日目の早朝だった。


 レベルが上がった今ならさらに早めることもできるだろうが、それでも1日程が限界だった。




「随分とギリギリなスケジュールですね」


「回帰があるから何度でもチャレンジすることはできるけど、たった数日で勇者でも簡単には手に入らない聖剣を手に入れることができるのか?」


「いえ……女神様がこのような試練を用意するでしょうか」




 限られたスケジュール。


 カインに与えられた時間は無限にも等しいが、スケジュールは限られてしまっている。


 その中で、どれだけ時間を生み出せるのか。




「私に考えがあります」




 ある場所へ向かおうとする。






 ☆ ☆ ☆






「ここがダンジョンの奥……カインさんが目を覚ました場所ですか」


「そうだ」




 エレナが向かった先はカインが使徒になって目覚めた場所。


 この場所まではカインが最短コースで案内した。もう何度も通った道であるため迷うことなく辿り着けたが、それでも見つかりにくい場所を通る必要があることも影響して辿り着くまで数日掛かる場所だというのは変わらない。


 そんな場所までエレナは文句一つ言うことなく従っていた。




「たしかにこれなら5日掛かりますね」


「やり方次第で短縮はできるだろうけど、期待しない方がいいだろうからな」




 たった1日だけでは心許ない。


 猶予を持たせるなら、さらに二日は短縮させたかった。




「あちこちに通路がありますね」


「ほとんどは行き止まりで、中にはグルッと迷路のような道を回り込んだ末にここまで戻って来るなんていう道まである。迷い易いから気を付けてくれ」




 脱出に使えるルートは二つだけ。


 カインが使用しなかった方のルートは遠回りであるため、脱出に使うのだと正解のルートは限られていた。




「全ての道を確認したのですか?」


「いや……」




 強い魔物が待ち受けているせいで確認することのできなかった道もある。


 もしかしたら、そこを通った方が移動時間を短縮することができるかもしれない。




「……ここがどのような場所なのか分かりました」


「何をするつもりだ?」




 隣で魔力が高まるのを感じて問わずにはいられなかった。


 エレナは【鑑定】を使用する際、目に魔力を集中させて触れている相手の情報を覗き見ることができるようになる。


 普段はエレナを注意深く認識していなければ気付けない程度の魔力しか消耗していないためスキルを使用していると悟られにくい。


 だが、今は消耗している魔力が普段とは比べものにならないほど膨大だ。




「……ッ!!」




 顔を苦痛にゆがめながらも【鑑定】を使い続ける。


 魔力を大量に消費している、ということは普段以上にスキルの力を強めているということ。多くの情報を得られるようになるが、比例するように肉体への負担も大きくなってしまう。




 エレナが何を目的としているのかカインは知らない。


 カインには見ていることしかできない。それがもどかしく思えてならないが、スキルに関しては何の手伝いもできない。




「……終わりました」




 時間にすれば3分程度。しかし、体への負担を考えれば数時間に思えてしまうような時間が経過したようにエレナには感じていた。


 それでも必要な情報が彼女には視えていた。




「こちらです」




 エレナがある道へと進む。




「ここは……」




 カインにも覚えがあった。


 最初に選んだ道で、先には大蛇が待ち構えている。




「この道の先は確認してないのですよね」


「ああ」




 すぐに大蛇に飲み込まれてしまい、少し進んだ先に何があるのかも知らない。




「この道の先へ行きましょう」


「本気、か」




 疲れた体でもエレナの視線は奥へ向けられていた。


 一度は殺されてしまった相手がいる場所。カインも意を決すると短剣を携えて先へと進む。




 岩の向こう側から丸太のような長いものが飛び出してきた。


 当然ながらカインが初めて遭遇した時とは日付が違う。当然だが、あの日と同じ行動をしているわけがなかった。


 大蛇も自分に近付く気配を察知していた。




「はっ!」




 カインは慌てて持っていた短剣で大蛇の頭を斬った。




「えっ……?」




 頭を叩いたことで襲い掛かって来る大蛇の方向を変えることには成功したが、斬ることができずに弾かれてしまった。


 短剣は無事だ。普通の短剣で斬っていたなら間違いなく折れていただろうが、宝箱から入手した頑丈に造られていた。




「青礫のグラヴェル」


「あいつの名前か?」


「そうです。ダンジョンだと下層にしか出現しない魔物で、岩のように硬い青色の鱗を持つことから名前がつけられました」




 瞬殺されず時間ができたおかげで大蛇の姿を確認する余裕ができた。


 青色の鱗がグラヴェルの全身を覆っており、まるで甲冑を纏っているかのように隙が一切なかった。


 短剣では歯が立たないのも納得だ。




「エレナ、手伝ってくれ!」


「いえ、ダメです」


「なんでだよ!?」


「回帰した後、合流するまで私は一緒に行動することができません。カインさんが一人で倒せるようになっている必要があります」




 後ろで見ているエレナに向かって叫ぶ。


 硬い鱗を持つ魔物には魔法を使用するのがセオリーだ。賢者候補のエレナの魔法ならグラヴェルが相手でも倒せるが、回帰した後で同じ方法での討伐は不可能だ。




「――来る!」




 エレナと会話をしている間に生まれた隙を狙い、グラヴェルが再び襲い掛かって来た。


 凄まじい速度。


 それでも最初の時のように何も反応できないまま食われる、などという状況にはならない。見えていなかった大蛇の動きがちゃんと見えていた。




 速度値の力だった。


 強くなったステータスは、たしかにカインの力となっていた。




「随分と腹が減っているみたいだな」




 大蛇が口を大きく開けて襲い掛かった瞬間、カインは素早く体をひねって大蛇の攻撃を避ける。


 カインへ突っ込んだ大蛇は回避されたことでカインの後ろの壁に激突することになる。


 大蛇の縦横無尽な動きを活かすには洞窟は狭すぎた。




「これでもくらえ!」




 口を開けたまま気を失いかけていた大蛇の口を短剣で斬る。


 硬い鱗は体表の全てに及んでいたが、口の中までは鱗に覆われていない。さらに【風魔法】を発動させながら短剣を振ったことで大蛇の口の中で斬撃が荒れ狂っていた。




「今の魔力の半分ぐらいを費やした攻撃だ。これで死なないなら困るぞ」




 カインの心配は杞憂に困る。




「レベルが上がったな」


「おめでとうございます」




 以前は殺されてしまった相手に勝つことができた。


 なんとも言えない喜びを噛み締めながら奥へと進む。






 ☆ ☆ ☆






「これは?」




 通路の先は行き止まりになっていた。


 だが、短剣を手にした宝箱があったのと同じように、地面に刻まれた魔法陣を見つけることとなった。


 今は起動させる為に必要な魔力が足りていないが、魔力が充填されれば光を放つことになり、特殊な力を発生させることになる。




「転移魔法陣ですね。どうやら地上付近まで移動が可能なようです」


「じゃあ、これを使えば……」


「はい。回帰した日のうちにサマリアルまで戻ることが可能です」




 初めて回帰した直後の事をカインは思い出していた。




 ――でも、最初にアタリを引いたのは運がいいわね




 初めての回帰を経験したばかりのカインに対してブランディアはそのように選んだ道を評価していた。


 その時は初めて経験する回帰に動揺し、思わず聞き流してしまった。


 だが、最速での脱出を考慮するなら『アタリ』だと言える。




「これで準備は完了ですね」




 広場にあるブランディアの銅像前まで戻って来る。




『どうやら再起する気にはなったみたいね』




 エレナとは違う女性の声がカインの頭の中に響いた。


 何度も聞いた声。それでも久しぶりに聞いたせいで思わず感動を覚えてしまった。




「ブランディア様」


『久しぶりね。目標が明確になったせいか顔つきが全然違うわ』




 ブランディアは認識できないだけでカインの動向を覗き見ていた。




「俺のやろうとしていることは正しいですか?」


『そんなこと分からないわ。私は力と機会を与えるだけ。そこで何をするのかは貴方次第よ』




 否定はしなかった。


 カインにとってはそれだけで十分だった。




「私が協力できるのはここまでです」




 エレナが頭を下げる。




「回帰した翌日にはサマリアルまで戻ることができるようになりました。その日の私は南門の前で出入りする人を眺めていました。全ての事情を話して協力を取り付けてください」


「ああ」




 エレナの目的は呪術に耐性を持つ者を探し、協力してもらうこと。


 その時は冒険者ギルドにいる者に頼むのを諦めており、外から訪れる者に狙いを定めて【鑑定】していた。


 居場所が判明しているのはカインにとって好都合だった。




『最初の関門はそこね』


「分かっています」




 既に似たような状況で失敗している。


 今度は以前以上の情報があるため説得には自信があった。




「じゃあ、また」


「はい。ここにいる私たちがどうなるのか分かりませんが、やり直した世界が今よりも救われることを祈っています」




 短剣を左胸に突き刺す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る