第19話 封印の棺

「アグニスはどうなったんだ?」


「残念ながら呪術の反動もあって死亡しました」




 多大なリスクを伴うリスク。術が成功しなかった場合には、成功した時以上の反動が術者を襲うことになり、術者の命を尽きてしまうことが多い。




「これで大丈夫でしょう」


「このような事になってしまって本当に残念だ」




 ダルキスにとっては年の離れた兄のように接してくれた相手だった。




「このような事!? アグニスが死んだんですよ。お父様はどうしてそんなに冷静でいられるんですか!」




 戦闘時は緊急であることもあってダルキスを守ることに夢中だったエレナだったが、時間ができて冷静になれるとアグニスが死んだことを受け入れてしまった。


 エレナが幼い頃は落ち着いた執事で、屋敷の多くを任されていることもあって頼りになる存在だった。そんな相手がいなくなれば冷静ではいられない。




「私もアグニスのことは信頼していた。だが、優先されるべきは領主としての責任だ。ボーディスの封印を維持する方が必要不可欠だ」


「それは……」




 アグニスといた時間はエレナよりもダルキスの方が長い。


 それでも自分の感情を必死に押し殺していた。




「君が女神の使徒だということは聞いて知っている。それでも今がどういう状況なのか私たちには詳細が分からないから教えてほしい」


「そうですね。5回前の世界で――」




 街にいるとアグニスが現れ、正体を知られてしまったことに気付いたことでアグニスが襲い掛かってきた。


 そこで敗れてしまったカインは、まずエレナと協力してアグニスに対応するべくアグニスが敵であることを伝えたが信用してもらうことができず、どうしたらいいのか考えながら屋敷内を歩いていたところ気を失うようにして死んでしまったことを伝えた。屋敷はアグニスにとって拠点とも言える場所なのだから何があってもおかしくなく、カインの言動は信用されていなくてもアグニスにとって不都合なものだった。


 次にカインは一人でアグニスと対峙しても勝てるようにアグニスの行動パターンを限定して、どのような行動をするのか知るようにしった。




「三度も死んでアグニスの戦いにおける動きは把握しました。そうして倒したのが今回です」


「そうだったのか。どれだけ礼を言っても足りないな」


「これで信頼してもらえたと思います」




 カインの動きが、相手がどのように動くのか分かっていた上でのものだというのは戦闘を見ていれば分かる。


 使徒の力をなんとなく実感することはダルキスにもできた。




「そろそろ大呪術師の封印というものが、どういうものなのか教えてくれてもいいんじゃないですか?」


「……いいだろう」




 悩んだ末にダルキスは決断した。






 ☆ ☆ ☆






 地下に造られた道をダルキスに案内されて進む。


 道は石で覆われており、簡単には破壊されないことが分かる。




「ギムナという領地を任されることになったヴァーエル家の初代だったが、当時のここは何をしても改善されるような状況ではなかったらしい」




 土地は荒れ放題で、人が住めるようにするには数十年の時間が必要だった。


 しかし、領主として期待されていたのは数年以内の開発で、その証拠に5年間だけ税の免除が認められていた。


 思いつく限りの方法を試し、伝手を辿って学者からも知恵を借りた。




 ヴァーエル家の初代は、ある貴族の家に生まれた四男で、国に騎士として仕えていたが奇妙な巡り合わせから功績を残してしまい、褒章として領地を与えることになった。そこに彼の活躍を好ましく思わない貴族の思惑が絡まったせいで、拒否権のない未開地の開拓を任されることになった。


 失敗の許されない開拓。失敗すれば彼に未来はない。


 だから、どんな手段を用いてでも開拓を成功させる必要があった。




「困っていた時、偶然にも大呪術師ボーディスの角の一部が裏のオークションで出品されているのを知ったらしい」




 開拓用の資金として国から預けられた資金に手を出してまで購入した。


 結果が出なければ彼の処刑だけで済まされない事態だったが、見事に大呪術師の体の一部を利用した呪術は成功し、ギムナは大穀倉地帯へと発展を遂げることができた。




「土壌の改良から農作物にとって都合のいい天候への操作。全て呪術師の遺体を供物としてささげることで可能としたんだ」


「それがいけないことだという自覚は?」


「あったのかもしれない。だけど、それだけ追い詰められていたんだ」




 呪術師の遺体を供物にする。


 土地への祝福はギムナを中心に広がり、同時に呪いも蓄積させることとなった。蓄積された呪いは、角だけであったボーディスに新たな体を与えることになり、完全に外へ出られるタイミングを窺っている。




「楽な手段に逃げただけでしょう」




 我慢できずに思った言葉が自然と口から出てしまった。




「落ち着いてください」




 エレナがカインを宥める。


 彼女を見て少しは落ち着いた。エレナはボーディスが復活するという脅威だけを教えられ、封印している理由にヴァーエル家がどのように関与しているのか知らされていなかった。


 同様にダルキスも踏襲となった時にヴァーエル家が抱える問題について知らされた。蓄積された呪いを考えればタイミング的に自分が当主である間に対処しなければならない問題が起きると知らされた。


 恨みもした。けれども恨むべき初代も既に亡くなっている。


 二人とも先祖の犯した罪を、子孫だからという理由で償っているだけだ。




「ヴァーエル家が封印の維持にこだわる理由が分かりました」




 封印があるからこそギムナは豊かな土地でいられる。




「それよりも復活される前にどうにかする必要があります」


「……そうだな。これからは呪術に頼ることなく土地を発展させていくしかない」




 ダルキスも覚悟ができた。


 当主を継いだ時、ヴァーエル家が抱える問題を知らされ、同時に封印の維持こそが当主の使命だと知らされた。


 だから自分の後継が亡くなった時も封印の破棄に踏み切ることができなかった。




「ここだ」




 案内されたのは通路と同じように石で造られた広間。


 周囲を囲う石の一つ一つに呪術に対抗できる力が込められており、簡単には外へ出てこられないようになっている。




「私が連れて来られたのはここなんですね」




 5年前にエレナもこの場所を訪れている。ただし、この場所を訪れることができるのはヴァーエル家の領主と後継者だけであり、どうしても外部の者を招く場合には詳細な位置が知られないよう招かなければならない。


 以前は目隠しをされた状態で連れて来られたため、こうして自分の足で歩いて訪れるのは初めてのことだった。




「そうだ」




 感慨に耽っているような余裕はない。


 広間の中心には真っ黒な棺が安置されており、中を確かめるまでもなく何が入れられているのか分かった。




「随分とどす黒い瘴気をまき散らす棺ですね」


「え、私が前に見た時よりも黒くなっている!?」




 エレナが見た時も黒かった。しかし、その時よりも暗く淀んだ色をしていた。




「5年前から徐々に色を濃くしていた。それだけ呪いが蓄積されている、ということだろう」




 だからこそ今年は呪術師を招いて封印を強化するつもりでいた。




「ここは街にある広場の真下ですね」




 ヴァーエル家の屋敷の奥に隠された地下へ続く階段。


 そこから歩いてきた距離と方角を考えてエレナが現在地を割り出した。


 地上では2日後の夜に地上で舞が披露される。それが土地に宿る神を喜ばせることになり、豊作を約束してくれることになっていた。


 だが、実際は真上で決められた舞を奉納することで呪いを取り除き、封印から解放されるのを遅らせていた。




「それが祭りの目的だ。大規模にしているのは、国の目を地上に向けさせて地下に何があるのか悟らせないためだ」




 代償は必要だが、豊穣を約束してくれる。


 非常に危険な手段であるため国が禁止しており、知られた場合には厳しく罰せられることになる。




「祭りを楽しみにしているは多くいるんですよ。その目的がこんな危険なことだって知られたらどうなるか……」


「分かっている!」




 ダルキスも個人としては苦しかった。


 だが、領主としては先祖たちと同じことをしなければならず、結局は限界を迎えることとなった。




「最後まで悩んだんだ。だが、誰の手にも負えなかった」




 屋敷へ招いた呪術師。


 当初は彼らに封印の強化や別の方法による封印を要請した。




「誰も、どのような方法で封印されているのかすら分からなかった」




 高い金を出して雇ったにもかかわらず詳細は不明だった。


 まるでボーディスの方から封印されているようだった。




「最終的に彼らが出した結論が『呪いが取り除かれる時に干渉する』という方法だ」




 舞によって蓄積された呪いが除去される瞬間、自分たちの呪術で除去される量を増やす。呪いを取り除く奉納舞も呪術であるため干渉することができた。


 それぐらいの解決策しか見出すことができなかった。




 だから舞が行われる祭りの最終日までヴァーエル家の屋敷に滞在していた。




「だが、アグニスが裏切っていた。他に誰が裏切っているのか分からない状況では消極的な方法ではいけない」


「他に裏切り者がいたとしても次に活かすようにしますよ」


「それでも、ここにいる私にとっては現在しかチャンスがないんだ」




 棺に向かってダルキスが手を翳す。


 棺はヴァーエル家の領主にのみ開閉が可能で、意思を持って近付くことで開けることができる。




「これが……」




 人が入れるサイズの棺に白骨死体が入れられていた。肉や皮のない骨だけの体だが、右側の側頭部から紺色の角が突き出ていた。


 棺の中にいた人物こそ大呪術師ボーディスだ。




「私が最初に見た時は上半身しかなかった。それが最近の数年だけで下半身まで作られていた」




 全ての肉体が作られた時、ボーディスは封印から完全に解放されると伝えられていた。


 5年前は息子へ引き継がせる前に対策をしようと考えて呪術師に要請した。


 結局、封印の強化が失敗に終わっただけでなく、封印からの解放を早めることになってしまったのかもしれない。




「申し訳ないが、君の手で壊してくれないだろうか」


「俺がやるんですか?」


「私には呪いが蓄積された体を破壊するような力はない。これが少しでも君の力に役立ってくれるなら嬉しい限りだ」




 遺体の上に手を翳して魔力を集中させる。


 物理的な方法による攻撃がどれだけ効果があるのか分からず、呪術に対して有効な手段を採ることにした。


 呪術師であったアグニスに有効だったようにボーディスにも効果があるはず。




「待ってください。私もやります」


「エレナ?」


「これはヴァーエル家がやらなければならないことです。カインさんに頼ってばかりもいられません」




 エレナの手からも光が放たれ、【聖撃】が棺の中にあった遺体を焼き尽くす。


 光が消えた時、棺の中には何も残されておらず、真っ黒だった棺の色も少しだけ薄くなっていた。




「お父様、これからが大変になります」


「そうだな。このような事実を公表するわけにはいかないから、領民には収穫が悪くなってしまったことをそれとなく伝えなければならないな」




 ボーディスの封印がなくなった、ということは封印があったからこそ得られた恩恵も消失してしまったことを意味していた。


 今後に対して憂うエレナとダルキス。




 だが――カインだけは納得できていなかった。




「まだ終わっていない」

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