第17話 呪術師への囮

 ――15日目。




「それにしても本当によく食べますね。屋敷で朝食を召し上がったはずですが、足りませんでしたか?」




 円形のテーブルで、正面に座るエレナが呆れた様子で食事を摂るカインのことを見ていた。


 昼食時。エレナが案内したのは大衆食堂だった。恰幅のいい女店主が広い食堂を切り盛りしており、祭りの影響もあって繁盛していた。


 エレナとも面識があり、忙しい状況でも快く接客してくれていた。


 カインの前には皿が二人前あり、既に空となっている。




「いや、ちゃんと食べたよ」




 ただしマナーが重視される貴族の屋敷での食事。孤児だったカインだが、それでも気を付けなければならないことぐらいは理解していたため、咎められない程度に注意しながら食事をしていた。


 それは成長期のカインにとっては少しばかり不足だった。




「ただ、俺自身も妙に腹が減っていることに驚いているんだよな」


『それはステータスが急激に上昇したことによる影響ね。加護による強さの変化に肉体がついていけてないのよ。だからエネルギーを求めて食事量が増えてしまう』




 カインにだけ認識できるブランディアが説明してくれるが、意識は運ばれてきたばかりの料理へと向けられていた。


 肉が乗せられたスパゲティをあっという間に平らげる。


 3人前の料理がなくなったところでカインの手がようやく止まる。




「これからどうしますか?」


「祭りのメインイベントって何なんだ?」


「まず明日の奉納舞がメインになります」」




 街の中心部にある広場で火を焚き、火の前で選ばれた女性が伝統ある舞を奉納する。舞を披露する女性は昔からギムナにある教会から選出され、今年の舞を披露する女性も決められていた。今日も明日の為に練習しており、ヴァーエル家としては最終的な確認をするだけだ。


 ただし、それは儀式的な意味合いが大きい。一般大衆に好まれているのは前日である今日の方だ。




「夜になると花火が打ち上げられます。かなり派手なので、これを見たいが為にギムナまで来る観光客が多いので、明日よりも今日の方が盛り上がります」


「たしかに昨日や一昨日よりも人が増えているな」




 会計を済ませると食堂を出て適当に街を歩く。


 食堂を出て大通りにいる人をパッと見ただけでも人が増えているのがハッキリと分かる。


 今日が稼ぎ時だと言わんばかりに大通りに面した場所に陣取った商人が声を張り上げているせいで隣を歩くエレナの声が聞き取りにくく感じるぐらいだ。




「――エレナ様」




 そんな状況においてもはっきりと聞き取れる声が二人の耳に届いた。単純に大きな声を出したわけではなく、聞き取りやすく声が発せられていた。


 声がした方へ振り向く。




「アグニス」




 そこにいたのはヴァーエル家の屋敷でカインとエレナを出迎えてくれた執事だった。雑踏の中にいても執事服を纏っているため目立っていた。


 現当主であるダルキスが生まれるよりも前からヴァーエル家に仕えてくれた男性で、若い頃は騎士をしていたこともあってヴァーエル家の人間が最も信頼している人物だと言っていい。




「お迎えに上がりました」


「何があったの?」


「旦那様がお呼びです」


「要件は?」




 最初こそ執事の登場に笑顔で対応していたエレナだったが、話している最中から感情が抜け落ちたように真面目な顔へと変わる。


 周囲から見れば祭りを楽しんでいるだけのように見えるかもしれないが、二人にとっては大事な仕事の最中だったからで、邪魔されたような形になってしまったからだ。


 執事の迎え、ということは実家の案件だ。




「私も詳しいことは伺っておりません」


「それは急がなければならないの?」


「私はすぐ戻ってくるよう言葉を預かっているだけです」


「見れば分かると思うけど、今はお父様の指示でお客様の対応中なの」




 クラウスの目がエレナの隣にいるカインへ向けられる。


 瞬間、エレナの手から放たれた火の弾がアグニスの顔を撃ち抜く。




「ちょ、なにやっているんだよ!?」




 着弾したことで直撃した顔面で爆発が起こりアグニスの体が後ろへ吹き飛ばされる。




 カインが慌てるのも無理はない。


 クラウスとエレナ――少女と執事が話をしていたため一定の距離を置いて避けていた。それでも中心で攻撃魔法が使用されれば騒ぎにならないはずがない。




「きゃあああぁぁぁぁぁ!!」


「魔法を使いやがったぞ!」




 女性が悲鳴を上げながら逃げ、腕に覚えのあるらしい男性が身構える。




「おい、本当になにやっているんだよ」




 改めてカインが尋ねる。賢者候補であるエレナの魔法は威力を抑えていたとしても街中で使用していいものではない。


 だが、エレナの視線は魔法で吹き飛ばした方向へ固定されたままだ。




「気を付けてください。まだ終わっていません」


「何を……」


『いつまで呆けているの。彼女が気にしているのは執事のステータスよ。分かりやすく貴方にも見せてあげるわ』




 ブランディアが覗いたアグニスのステータスがカインの視界に表示される。






==========


【名 前】アグニス


【年 齢】55


【レベル】47


【職 業】執事


【体 力】115


【筋 力】98


【速 度】101


【知 力】43(+1000)


【スキル】格闘術 短剣術 剣術 身体強化 奉仕 作法 (呪術) (呪法) (呪具製作) (ボーディスの加護)


==========






 レベルやステータスの数値は鍛えられた元騎士の執事らしい。




『どうやら分かっていないようね』




 何が問題なのか理解していないようなカインにブランディアが苦言を呈する。


 ステータスに表示されている()は高レベルの鑑定でなければ看破することができない普段は隠蔽されている情報。


 習得しているはずの呪術関連のスキルが隠蔽されている。




「やっと見つけたわ」


「そういうことか」




 カインも剣を抜く。




「どうやら私を捜していたようですね」




 何事もなかったようにアグニスが姿を現す。


 ダルキスは大呪術師ボーディスの協力を見つけ出したことで安心してしまっていたが、カインとエレナは問題が解決されていないことを知っていた。もし、本当にボーディスの復活を阻止できたのならクエストは終了となるはずだが、終了したと認識されていなかった。




 まだ何か、誰かがいる。


 そこで二人は街を歩いてボーディスの協力者を探した。


 手掛かりとなるものは何もなく、相手からのアクションを待つしかなかった。




「敵にとってカインさんは封印からの解放を邪魔した憎い相手よ。こうして目立つ行動をしていれば敵の目に留まると思ったわ」




 襲撃してきたところを対処する。


 そのまま奇襲でやられてしまう可能性だってあったし、何も起こらない可能性の方が高かった。それでも何事もなければそれはそれで問題ないし、失敗してしたのならカインはやり直せばいい。




「本当に『まさか』な相手よ」


『屋敷にいる人間が敵だなんて思わないから仕方ないわよ』




 身近にいる人間に対しては【鑑定】で事前にステータスを確認していた。もし、ボーディスと関係のある者なら今回のように現れるからだ。


 アグニスに対してもエレナが【鑑定】を使用していた。しかし、そこには呪術関連の情報が表示されることはなく、以前にも見たことのある執事のステータスが表示されていた。


 呪術関連の情報が表示されなかったのは、エレナの【鑑定】よりもアグニスに掛けられた【隠蔽】の方が強力だったからだ。




『残念だったわね。どれだけ強い呪術師だったとしても、神まで欺けるとは思わない方がいいわ』




 祭りが近いせいで忙しく動き回っている執事。ブランディアと共にいるカインがアグニスと会うことはなく、偶然にも会うことのできたエレナがステータスの確認を行っていた。


 エレナが確認した時は誤魔化せた。


 だからこそ油断してしまった。




「答えなさい! いったい、いつからボーディスの眷属になったの!?」




 信じたくなかった。


 エレナにとっては家族と同等に信じられる相手だった。最初から敵対している相手などではなく、やむを得ない事情によって最近敵対することとなってしまった。


 そんな甘い願望を抱いてしまった。




「いつから……50年ほど前でしょうか」


「そんな……」




 エレナどころかダルキスが生まれるよりも前。


 アグニスは順風満帆な人生だったわけではない。物心ついた頃には汚れたスラムでゴミを漁って生きていた。


 毎日のように時間ができると路地裏から明るい大通りを眺めていた。




「そんな風に羨んでいる私の心は美味だったのでしょう。ボーディス様の目に留まることとなったのです」




 アグニスの目が怪しく光る。




「一つだけ訂正するなら、私を二日前に捕らえた彼らと同じだと思わない方がいいですよ、お嬢様」




 言葉はたしかにアグニスの口から発せられている。


 それでも別人が発しているかのような感覚がカインにはあった。




『まともに聞いてはだめよ』


「……ハッ!!」




 エレナが正気を取り戻す。


 周囲で野次馬のように騒ぎを見ていた人の中には震えているだけでなく、倒れ込んでしまう人もいたが他者を助けられるほど余裕のある者はいない。




「どうしたんだよ」




 多くの人が影響を受けている状況だったが、カインだけは平然としていた。




「やはりヴァーエル家の魔女は厄介な人間を連れて来ていたか」


「アグニス」




 魔女。


 それは悪事を働いた女性の魔法使いに対する蔑称だった。公に口にすることは憚れるし、執事が主の娘に対して使っていい言葉ではない。




 二人の目の前にいる男は執事などではなかった。




「どうやら精神に作用するような呪術は通用しないらしい」




 アグニスが前へ1歩踏み出す。


 たった1歩近付いただけだというのに体を締め付けられるような力が浴びせられることに二人とも気付いた。


 膝をついて体が軋みそうになるのを耐える。




「まさかアグニスが裏切っていたなんて……」


「裏切ってなんかいませんよ」


「え……」


「私は最初からボーディス様の忠実な臣下です。ヴァーエル家に本当の意味で忠誠を誓った覚えはありませんよ」


「……」




 エレナが拳を握りしめる。


 これまで自身が抱いていた想いは届いていなかったと痛感させられた。




「……トマスたちの証言は間違いだったんだ」


「間違いではありません。使い勝手のいい駒として扱っていた連中は全員が捕まりました。おかげで私自らが動かなければなってしまっただけです」




 トマスたちを捕らえるだけでは不足していた。


 ここまではカインとエレナの予想通りだった。




「……これは参ったな」


「私は明日の為に準備を何十年も密かに行ってきました。ここで邪魔されるわけにいかないので、このまま潰させていただきます」




 さらにアグニスが近付く。すると二人に掛かる圧力が強力になり、アグニスの左腕があらぬ方向へ曲がる。強い力によって相手を圧し潰す呪術だが、代償に術者であるアグニスも圧力を受けて体が曲げられてしまった。


 自身へのダメージも厭わない攻撃。


 簡単には逃れられそうになかった。




「そうじゃないわ。奇襲された状況を私たちは想定しなかったわけじゃないわ」




 奇襲されて致命傷を負った場合でも敵の正体を知ってから回帰する。


 それが囮になる上で必要な攻略条件で、想定していた条件は達成されていた。




「相手がアグニスだったことは誤算だったわ」




 回帰した後、アグニスこそ最も捕らえなければならない相手だとエレナに伝える必要がある。そうでなければヴァーエル家の協力が得られず、ヴァーエル家に最も長く仕える執事を相手にすることとなる。




「カインさん、どうにか私を納得させてください」


「納得って……どうすればいいんだよ」




 眼前まで近付いたアグニスが両手を合わせて握り締める。


 直後、エレナの頭が弾けて周囲の地面を真っ赤に染め上げる。




「単純な力は防げないようだな。こちらにも相応のリスクを伴う攻撃だが、こちらの仕掛けに気付かれるわけにはいかないんだ」




 カインの方へ向き直り、同じように両手で磨り潰すような動きをする。




「魔女と連れて来た男の死亡を確認。これで儀式を邪魔する者はいなくなった!」




 高らかに叫ぶアグニス。


 注目を集めてしまっているが、明日にはヴァーエル家に潜入していた目的が達成されるため姿を見られたところで問題ないと余裕を見せていた。


 実際、ボーディスの解放を見届けることとなる。




『残念ね。カインが回帰したことで、貴方は望んだ未来へ辿り着くことはできないわ』




 足りなかった、というのなら何度でもやり直すまで。

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