第16話 スキルブック

 ――13日目。




 翌朝。


 本祭を3日後に控えた日とあってギムナの街は早朝から賑やかだった。領主であるヴァーエル家も祭りの準備で忙しくなるはずだった。




 だが、想定していた理由とは別の理由で忙しく動いていた。


 与えられた客室の窓から外を見れば大きな箱を二人で抱えた衛兵が屋敷へ入るのが見えた。人がすっぽり入ってしまいそうなほど大きな箱だが、その中には意識を失って高速された人間が入れられていた。運んでいる箱も屋敷と同じように呪術を無力化する力が施されていた。


 眺めていると部屋の扉がノックされる。




「はい」


「失礼します」




 ダルキスがエレナを伴って部屋へ入ってきた。




「慌ただしくて申し訳ない。あれから色々と分かって当家も大変なんだ」


「タイミングも悪いですから仕方ないですよ」




 地下室を出て数分後にはトマスが貴重な情報を口にしてしまった。


 呪術師としてボーディスから力を与えられ、主人であるボーディスに不利益となる場合には自分の命を散らす覚悟をしていたが、拷問に耐えられるだけの精神力は持っておらず、結局は挫けてしまった。




「どうぞ」




 報告は長くなる。ヴァーエル家にいる間は貴族の令嬢としているエレナが二人に紅茶を出す。幼い頃に教わった教養は長い冒険者生活を経ても抜けていなかった。




「商人のモンド、大工のバルド、娼婦のフィアとリーザ……」




 ダルキスが何人もの名前を口にする。


 彼らは拷問を受けたトマスが自分と同じようにボーディスから呪術という力を授けられた人物だと明かした者で、昔からギムナで生活していて何かしらの不幸に見舞われたものの社会に復帰できた者たちだった。




 商人のモンドは仕入れの最中に馬車が盗賊に襲われて荷物が全て奪われてしまった。彼が運搬していたのは高価な宝石類で、大損失を出してしまったもののしばらくして全て無事に手元へ戻ってきた。


 大工のバルドも仕事中に足を滑らせて高い所から落ちて大怪我を負ってしまった。後遺症の残る傷で仕事に復帰するのは絶望的だと思われていたが、いつの間にか怪我が全快していた。


 借金から娼婦となっていたフィアとリーザだったが、客から譲り受けたという宝石を売って得た金で借金を返済し、その金を元手に小さな雑貨店を始めていた。




 社会復帰できた彼らだったが、復帰の陰にはボーディスの協力があった。


 ボーディスは彼らの願いを叶える代わりに、自身が必要とした時には協力するよう願った。


 そこに願いを叶えた者の拒否権は存在しない。




「呪術師との契約だ。当然ながら、その取引には強力な呪いが掛けられている」




 叶えた願いに相応しい対価を差し出さなければならない。


 彼らはいずれも願いを叶えてもらわなければ死んでいた者たち。ボーディスから死を伴う命令を下されたとしても従わなければならない。




 任務失敗で死。


 情報漏洩で死。


 ボーディスの解放に命懸けで奔走し、情報が露呈した時には自らの命を絶つことで防ぐ。




「そんな、酷いことを……」




 エレナが言葉を失う。


 多くの人が住むギムナであるからこそ救えず苦しんでいる人はいる。領主としてそのような人々がいることを心苦しく思っており、どうにかしたいと思っていたところを救済してくれたことには感謝したいが、その後の処遇はあまりに悲惨だ。




「じゃあ俺が捕まえたトマスとかいう奴も……」


「彼も心に傷を抱えていた」




 幼少期に親から虐待を受けており、彼の顔にあった傷は虐待によるものだった。子供の頃は目立つ場所にある傷が原因で虐められ、顔が恐ろしく見えてしまうせいで接客業にも向かなかった。


 そんな彼が叶えた願いは、何年も自身を苦しめた親の排除だった。


 誰も助けてくれない中、呪術によって病死と変わらないように虐待を終わらせ、大人になるまでに必要な遺産を用意してくれた。




「捕らえた彼らの処刑は免れないが、本祭を3日後に控えた状況でボーディスの眷属を捕らえられたのは僥倖だ」




 もちろんトマスの証言だけを頼りにしたわけではない。捕らえた者全員にも同様の尋問を行っており、ボーディスの眷属と思われる者の名前を聞き出していた。


 捕らえた者たちも全員がヴァーエル家の地下にある牢に閉じ込められている。そこなら外部からの呪術を防ぐことができるため呪殺されてしまう心配もない。


 カインが心配しているのはダルキスの様子だ。




「これで息子の敵を討つこともできた」


「どういうことです?」


「どうやら5年前に呪術を掛けた者はボーディスではなかったらしい」




 今回捕らえた者の中に実行犯が紛れていた。


 封印されているボーディスでは強力な呪術の行使は難しく、封印された状態でできるのは声を届け、自らの呪力がこめられた道具を送ることぐらい。


 そのため封印されている状況で複数人を狂乱させるのは不可能。


 誰かが実行犯になる必要があった。




「これでボーディスの再封印が完了すればヴァーエル家も安泰だ」


「……」




 カインには気掛かりがあった。しかし、ダルキスの高いテンションに流されて考えるのが中断されてしまう。




「これで今年は安心して過ごすことができる」


「それはよかったです」


「一応、招いた呪術師だけでなく冒険者にも警戒させるが、君は好きに過ごしてもらってかまわない。もちろん今回の協力で報酬も出させてもらおう」


「俺は自分にできることをしただけです」


「君のおかげで当家が助かったのは事実だ。働きに報いるのは当然のことだ」






 ☆ ☆ ☆






 時間に余裕ができたカインは街へと飛び出していた。繰り返した時間の中で情報収集を目的に露店を覗いたものの全く楽しめていなかった。


 祭りの本番は二日後。今日はメインイベントに備えて多くの人が集まり、騒ぐことを目的にされていた。おかげで大通りを行きかう人々の顔は明るい。




 せっかくだから露店で楽しもう。


 協力した礼としてダルキスが支払いを受け持ってくれるとあって可能な限り楽しむつもりでいた。




 だが、案内役を買って出てくれたエレナに連れられて到着したのは本屋。


 キィ……と音を立てながら古い扉を開いて店内へ入ると漂う古紙の香りに自然と惹かれてしまう。中はとても静かで、少しだけ薄暗く、二人以外の客はいない。




「いらっしゃい」


「ここは、いつ来ても寂れていますね」




 頬杖をついたままカウンターにいた老婆が挨拶をする。


 エレナは慣れた様子で老婆の前まで歩いていく。




「余計なお世話だよ。アタイが道楽でやっているだけの店だし、今日は祭りに客が取られているんだから仕方ないんだよ」




 老婆は客のいない店を本当に気にしていなかった。




「で、そんな日に領主の娘がどうしたんだい?」


「私は家を飛び出した身だからね。家のことはお兄様やお姉様が引き受けてくれるわ」


「ハッ、貴族の令嬢だっていうのに随分と気楽なもんだね」




 エレナの兄姉で家にいる者は祭りの手伝いで慌ただしくしていた。その忙しさ故にカインも会う機会がなかった。




「ところで魔法のスキルブックはあります?」




 スキルブックとは魔法スキルが封じ込められた本のことで、本に描かれた魔法陣を見るだけで魔法スキルを授かることができる貴重な代物だ。ただし、その貴重性故に使い捨てで現代の技術では作ることができず、ダンジョンのような未知の場所でしか得ることができないため非常に高価となっている。




「残念だけど、アンタが必要とするような物は入荷できていないね」


「私が必要としているんじゃないんです」




 ようやく老婆はエレナが連れて来たカインへ目を向けた。


 無視していたわけではなく、魔法使いとしては能力が不足していたため客と認識していなかった。




「挨拶が遅れたね。アタイはこんな田舎で本屋なんてやっているダリアっていうもんだよ。スキルブックを必要としているんだってね」


「いや、俺は……」




 カインは案内されただけで特に目的はなかった。




「少し前に魔法を使えるのが羨ましいって言っていたじゃないですか」


「……ああ」




 思い出すのに少し時間が掛かってしまった。


 ギムナまでの道中で馬車に揺られながら魔法が使えるエレナの話題になった。自分も使えるようになってみたい、と憧れから思ったカインだったが、残念ながら魔法の才能がなかったせいで基本を教えてもらっただけで、使えるようになれなかった。


 使えるようになりたいなら、という方法として提示されたのがスキルブックによる習得だった。だが、スキルブックは下級の物でも高価であるためカインでは無理をしなければ入手が不可能だったため諦めるしかなかった。




「今回の報酬の前払いも併せてヴァーエル家で支払います」


「いいのか?」


「それだけの貢献をしてくれた、ということですよ」




 笑顔を浮かべるエレナ。


 祭りまで日がなく追い込まれていた。そんな状況で現れたカインはまさに救世主にも等しく、到着した日のうちに結果を出してくれた。




「そういうことならちょうどよかったね。祭りでギムナに来ていた商人やら冒険者が色々と売ってくれたところだよ」




 ダリアが店の奥へと向かい、少しして3冊の本を持ってくる。


 『回復魔法・下級』


 『光魔法・下級』


 『風魔法・下級』


 本の表紙にはタイトルが書かれており、魔法ができるのが分かる。




「いいんですか? けっこう貴重な代物ですよね」


「そうでもないよ。このレベルのスキルブックならダンジョンの中層でも手に入れられる。経験を積んだ冒険者なら何回かに1回のペースで手に入れられるだろうね」


「私も手に入れたことがありますよ。もっとも既に習得済みの魔法だったので、自分では使わずに売ってしまいましたけど」


「こっちとしては商売になるなら譲ってあげてもいいよ」




 カインがエレナを見ると頷いてくれた。


 試しに『回復魔法』の本を手に取って中を見てみると、見たことのない文字と紋様が書き綴られていた。まともな教育こそ受けてこなかったカインだったが、冒険者として依頼票を読む必要があったため独学で最低限の読み書きはできていた。


 スキルブックの文字や紋様が理解できないのは仕方ない。これまでに多くの学者が解読しようと試みたものの読むことができるのは、表紙に現代の文字で書かれたタイトルのみ。中の解読ができればスキルを自由自在に与えることができると考え、解読する隙すら与えてくれない。




 本の中身へ目を通していく。




「あ……」




 すると読んだ部分から文字が消え、全てを読む頃には本から文字や紋様が完全に消失していた。


 これこそ解読が全く進まない理由。






==========


【名 前】カイン


【年 齢】15


【レベル】4


【職 業】なし


【体 力】15


【筋 力】20


【速 度】25


【知 力】4


【スキル】月の女神の加護 短剣術 回復魔法


保有ポイント40


==========






 それまで【短剣術】しかなかったはずのスキルに【回復魔法】が追加されていた。


 【短剣術】はダンジョンの奥で武器を手に入れてから短剣を使用してのダンジョン脱出を何度も行ったおかげで、技能がスキルとして表れていた。これにより短剣の扱いが意識していなくても自然になる。


 それに比べて【回復魔法】は何もしていなくても習得できたようなものだった。




「こんなに簡単だなんて……」




 冒険者として大成しようと先輩から話を聞き、見様見真似でスキルの練習をして苦労しても得られず、命懸けの戦闘を繰り返したことで得られたというのにスキルブックを使用すれば簡単に習得できる状況になんとも言えない気持ちになっていた。




 残り二つのスキルブックもプレゼントされ、結局【光魔法】と【風魔法】も習得することとなった。


 合計三つのスキルを手にすることができたが、慢心するのは危険だ。度のスキルも下級であるため簡単な現象を引き起こすことしかできない。カインの実力次第では魔法道具を使用した方が強い場合もあるので費用削減にしかならない。




「見たところ冒険者だね。しかもエレナが連れて来たんだから、そのスキルで何をしてくれるのか楽しみにさせてもらうよ」


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