第13話 使徒の情報収集

 --12日目




「はじめまして。ヴァーエル伯爵家当主であるダルキスだ」


「カインです」




 1回目や2回目と変わらずエレナと共に訪れた屋敷でヴァーエル伯爵と挨拶が行われる。


 既に2度も経験した出来事であるため問題なく辿り着くことができた。




「彼を連れて来たのは……」


「時間がどれだけあるのか分かりません。面倒な説明を省くことにしましょう」




 本来ならカインを連れて来た理由をヴァーエル伯爵がエレナに尋ねる。


 しかし、カインにとっては既に2度も体験したことのある出来事。不要であるなら同じ事を何度も繰り返すつもりはないし、取り繕う気もなかった。


 本当の意味での自己紹介を行う。




「月の女神の使徒です」


「使徒……」




 神の代行者にして、神から認められた者。


 名前だけは聞いたことがあった。しかし、伯爵であっても会えるような人物ではないため実際に目にしたことはなかった。




「何か証拠があるのか?」


「さて、証拠を求められても困ります。使徒の情報は高レベルの【鑑定】でも見破るのが難しいです」




 カインの言葉にエレナが黙ったまま頷く。


 エレナなら必要なレベルを満たしている。ただし、事前に話を合わせているだけだと言われればそれまでだ。




 使徒としてカインに与えられた能力は『回帰』の力だけ。やり直したところを見せることは不可能だ。


 だが、カインに提示できるものが何もないわけではない。




「大呪術師ボーディス」


「な、何故その名前を……」




 伯爵がエレナを見る。


 詳しい情報を知っているのは身内ぐらいで、彼女から聞き出していてもおかしくないと判断した。




「俺が知っているのは大呪術師と呼ばれたボーディスという物がギムナのどこかで封印されており、4日後の本祭が開始されるときに復活する可能性が高く、大呪術師をどうにかする為に【呪怨耐性】を持つ者を伯爵が探していた、ということぐらいです」


「……!?」




 エレナが驚愕から目を見開く。


 ある程度の事情を話していたが、自分が話した以上の情報をカインが得ていたからだ。




「そうだ」




 非難するような目が伯爵からエレナへ向けられる。


 二人が一緒に来た状況を考えればヴァーエル家にとって最も秘密にしなければならない事実を知られていたのだから、事実を教えられているエレナが口を滑らせてしまったと考えてもおかしくない。


 しかし、エレナにとっても不服だった。




「勘違いしないでください。彼女から簡単な事情は聞きましたけど、秘密にしなければならないことまでは聞いていません」




 エレナの願いを依頼とするなら、仲介人であるエレナではなく本当の依頼人であるヴァーエル伯爵から話を聞かなければならない。


 それが冒険者としてのマナーだった。




「では、君は先ほどの情報をどこで手に入れた?」


「あなたですよ」


「なに?」


「使徒には神から特別な力――権能が与えられます。終の女神の使徒に与えられた権能は、決められた時間の中で何度もやり直す力です。今のあなたにとって俺は初対面かもしれませんが、先ほどの挨拶は俺にとって3回目なんです」




 ヴァーエル伯爵が必死に記憶を探る。カインと出会った記憶がどこかにないかと思っての行動だったが、出会った事実そのものが消えてしまっている以上、そんなことをしたところで無意味だ。




「使徒である俺の傍には常に女神ブランディアがいます。もっとも、彼女には自我があって俺から50メートル程度なら離れても問題ないそうです」




 さすがにブランディアから触れたり話し掛けたりすることはできないが、離れた場所で見聞きすることはできる。




「彼女は実在します。だけど、俺以外に彼女の存在を感知することはできない」


 スキル【鑑定】は、稀に目に見えない存在までも見抜くことができると言われている。だが、エレナの力ではカインを介してブランディアの存在を感じ取るのが限界で、彼女だけでは感じ取ることができない。


「迂闊でしたね。あなたたち二人は俺が部屋から出て離れたことまでは確認していましたが、それだけで安心して内密な話を始めてしまった」




 1回目の時点で深刻な話が行われているのは予想できた。しかし、その時は中で行われている話が重要だとは捉えておらず気にしなかった。


 2回目に部屋を離れながらもブランディアを派遣し、中でどのような話をしていたのか知ることができた。


 もっとも知ることができたのは、記憶の狭間へ移動してからだ。それまでは落ち着いて話を聞いていられるほどの余裕がなかった。




『私にそんなことをさせていたの?』




 今、カインの隣にいるブランディアは知らない。


 彼女のそのようなことをした記憶はない。ロードすれば記憶が消えてしまうのは分かっていたため、カインとの会話から推察するしかない。




『これでも神であることに変わりないわ。そんな相手を小間使いのように使うなんて何を考えているのかしら』




 提案した時は協力的だった。しかし、すでに使われた後では話を聞いていると扱き使われたように感じてしまった。本人にその時の自覚がないのも大きく影響しているのだろう。




「とにかく俺はギムナが抱える問題を知っています」


「なぜ……」


「だから二人の会話を教えてもらったからで……」


「そうではない。私たちはたしかに困っている。無関係なはずの君が助けてくれるのか分からないんだ」


「そっちですか。単純に利害が一致しているだけです」




 提示されたメインクエスト。


 最初はメインクエストに導かれるだけだったが、エレナと一緒に訪れたというだけの理由で二度も殺された――そんな奴らを許せない。


 なにより初めてだった。




「エレナは平静を装っていましたが、それでも必死さは伝わってきました。誰かに頼られるなんて……初めてだったんです」




 いつも見下される立場だった。


 誰かの役に立てるような力など持っていなかった。




「使徒としてやらなければならないこととも一致しています。なら、やらない理由なんてありません」




 だが、何事にも建前は必要だ。




「報酬は弾んでくれるんですよね」


「それはもちろん。成功報酬だけになってしまうが、成功させた時の報酬については期待してくれてかまわない」


「それでは――答え合わせをしましょう」




 部屋の中で行われた会話から凡その事情は察した。


 それでも本人たちから得られる情報もある。






 ☆ ☆ ☆






 カインが出て行った後の執務室。




「お父様、せっかく来てくれた彼に対してあのような態度を取るなんて失礼だとは思わないのですか」




 エレナはカインが離れるのに十分な時間をおいてから話し始めた。


 盗み聞きしている存在がいるとは思っていなかった。




「お前が連れて来た人間だ。信頼できる人物なのかもしれないが、全く無名な人間だ。その能力まで信用するわけにはいかない」




 使徒と言っても信用されていなかった。そのためカインの実力について伯爵から信頼を得ることができず、追い出されるように出て行くこととなった。


 これは仕方ない、と後に話を聞いてカインも諦めた。カインの見た目は強者とは程遠く、能力も分かりやすいものでないため証明するのが難しい。




「彼が特別な力を持っているのは間違いありません」


「そうなのだろう。だが、下手に協力者を得たところで犠牲者を増やすだけにしかならない。エレナも5年前の悪夢を覚えているだろ」


「もちろん覚えています」




 ギムナで夏になると毎年行われている祭り。人々には豊穣を願う祭りだと知らされていたが、実際には全く異なる理由があり、ヴァーエル家の当主にのみ伝えられていた。


 ところが問題があったせいで当主以外のヴァーエル家も知るところとなった。


 エレナも真実を5年前に教えられたばかりだ。




「大呪術師ボーディスの復活です」




 約100年前に傍若無人で有名だった大呪術師ボーディスの一部がギムナで封印された。


 その封印は永続的なものではなく、時間の経過と共に劣化していずれは解放される構造になっていた。




「まさか豊穣祭がボーディスの封印維持に必要な儀式だったなんて」




 封印の維持には儀式が必要だった。詳しい原理まで伝えられなかったが、封印を施した者が残した呪術から大規模な篝火を1年に1回行う必要があった。


 そうして維持しても100年が限界だった。




 封印が破壊される予定だったのは今から5年前。自分の代でボーディスが封印から解放されると知っていた伯爵は呪術に詳しい者を秘密裏に集め、万が一の場合に備えて自身の跡を継ぐ長男に事情を説明した。


 後から思えば伯爵の行動は全てが裏目になってしまった。




「封印が機能しなくなるのは5年前の祭りの日。3日間の祭りによって土地を活気づかせ、篝火による呪術に土地の力が影響を及ぼすようになる」




 何日も前から封印の調査は伯爵が招いた呪術師によって行われた。しかし、当日になっても分かったのは、彼らの手に負えるような代物ではない、という事実のみだった。


 仕方なく解き放たれたボーディスに対処することとなった。




「エレナもあの時の事は覚えているだろう!」


「もちろんです。後ろで見ていただけのはずのお兄様が剣を突然抜いて呪術師の方たちに斬りかかったのですから」




 その頃から魔法使いとしての才を見せ始めていたエレナ。特別に見学する許可を得ていたため後ろの方にいた。


 だからこそ兄の異変にすぐ気付くことができた。


 目は爛々と輝いており、口角は吊り上がっていた。


 そんな表情で斬りかかっていくものだから奇襲された当初は対処することができなかった。だが、商機を失っていると判断した護衛の騎士によって倒されて止まることとなった。




「あの時の騎士の行動を責めることはできない」




 殺意の篭った視線が伯爵へ向けられた。騎士に最優先で護るべきは主である伯爵だ。彼を護る為、騎士は剣を振らずにはいられなかった。


 結果的に長男が命を失うこととなり、伯爵は生き延びることになった。




「あいつは人間を操ることができる」




 ボーディスによって操られた。


 その後、正気を失った理由を説明する為、長男の側近にのみ敵の正体について説明した。決して長男本人が精神に異常を来してしまったわけではない、ということを親として知ってほしかった。そんな思いからの行動だった。




 だが、伯爵の親心は更なる不幸を招くこととなった。


 ボーディスの存在を教えた者全員が正気を失った。しかも時間を置いてから発狂し、祭りで楽しんでいる最中に人々を襲う事件が勃発することとなった。




 何十人もの犠牲者が出た事件。


 豊穣祭が始まってから最大の不祥事だと5年経った今も噂されている。もっともボーディスに関することは伏せられ、祭りのせいでおかしな連中が暴れ出したというように落ち着いていた。


 状況からボーディスの存在を仄めかすわけにもいかなかった。




「協力を頼むならボーディスの存在について教えないわけにはいかない。だが、教えた瞬間に敵となる可能性がある。だからこそ最低でも【呪怨耐性】やボーディスの呪いに強い抵抗をできる者が必要なんだ」




 状況からして人を操る為に必要な条件は、ボーディスの存在を知っていること。


 ヴァーエル家の当主には強い耐性能力が引き継がれ、エレナは魔法の才能のおかげで耐性能力が高かったから操られることはなかった。


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